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第8話 その態度で通ると、本気で思っていたらしい
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第8話 その態度で通ると、本気で思っていたらしい
隣国皇城の応接室は、静かだった。
豪奢ではあるが、威圧するための装飾はない。必要なものだけが、正確な位置に配置されている。
その中央に、エルフレイド・ヴァルシュタインは腰掛けていた。
隣には、ゼノス・フォン・バルドール――ではない。
今日、この場に皇帝は同席していない。
それだけで、意味は十分だった。
「……では」
入室してきた男が、わざとらしく咳払いをする。
旧王国の紋章を胸に付けた外交使節――とは名ばかりの、実質は“伝令役”だ。
「我が国、アラルガン王太子殿下よりのご意向をお伝えに参りました」
エルフレイドは、視線を向けるだけで言葉を発しない。
促しもしない。
使者は一瞬、間を持て余したが、構わず続けた。
「殿下は……今回の件を、寛大なお心で水に流してくださるそうです」
その言い回しに、応接室の空気がわずかに軋んだ。
「貴女が感情的になり、国を出たことについても、責任は問わない、と」
エルフレイドの眉が、ほんのわずかに動く。
「……それで?」
静かな声だった。
だが、その低さが、逆に使者を緊張させる。
「王国は、貴女の帰還を歓迎します。
以前と同じ立場……いえ、多少の配慮は検討すると」
“配慮”。
その単語を、エルフレイドは心の中で反芻した。
「条件は?」
「は?」
「帰還の条件です」
エルフレイドは、淡々と問い返す。
「職務内容、権限、責任の所在。
予算決裁権はどこまで認められますか?」
使者は、明らかに面食らった。
「……細かいことは、戻られてから――」
「答えになっていません」
ぴしゃりと切る。
「そもそも、私は現在、隣国の魔導予算統括責任者です」
使者は、鼻で笑った。
「それは、一時的な仮職でしょう。
貴女も分かっているはずです。
王太子殿下の婚約者という立場の重みを」
その瞬間。
応接室に控えていた隣国の官僚が、思わず視線を逸らした。
――言ってはいけないことを言った。
「……訂正します」
エルフレイドは、ゆっくりと口を開く。
「“元”婚約者です」
声は穏やかだが、言葉は鋭い。
「婚約は、正式に破棄されています。
王国の夜会において、公然と」
使者が口を開こうとする前に、彼女は続けた。
「その場で、私は“無能”と断じられ、職務から外され、追放されました」
「それは……感情的な発言で……」
「公的な場での発言は、公的な決定です」
反論の余地はない。
「それに」
エルフレイドは、書類を一枚取り出した。
「こちらをご覧ください」
机に置かれたそれを、使者は訝しげに覗き込む。
「……契約書?」
「私個人が開発した魔導回路および運用設計に関する権利書です」
淡々とした説明。
「王国に使用権を“貸与”していただけ。
所有権は、最初から私にあります」
使者の顔色が変わる。
「な……そんな話、聞いていない!」
「でしょうね」
エルフレイドは、微笑んだ。
「理解しようとしなかったのですから」
使者は、慌てて言葉を探す。
「だ、だが!
それでも貴女は王国の臣民で――」
「いいえ」
きっぱりと否定する。
「私は現在、隣国に正式に迎え入れられています。
身分も、契約も、すでに更新済みです」
その言葉は、刃のようだった。
「つまり」
エルフレイドは、使者をまっすぐに見据える。
「“戻ってこい”と言われる筋合いはありません」
応接室が、完全に沈黙した。
「……では」
使者は、苦し紛れに言った。
「殿下は、貴女に恩を――」
「恩?」
初めて、声にわずかな感情が滲んだ。
「七年間、昼夜を問わず王国の魔導基盤を支え、
その結果を“誰でもできる仕事”と切り捨てられた私が?」
使者は、何も言えなくなる。
「話は以上です」
エルフレイドは、立ち上がった。
「正式な交渉をご希望であれば、
次は“条件”を揃えてお越しください」
そして、最後に一言。
「その態度では、交渉以前です」
使者が退室した後、部屋には静寂が戻った。
そこへ、扉が開く。
「……見事だ」
ゼノスだった。
「わざと、泳がせたな」
「はい」
エルフレイドは、息を整える。
「彼らは、まだ現実を理解していません。
だからこそ、次は――」
「本命が来る」
ゼノスが言う。
「ええ」
彼女は頷いた。
「今度は、頭を下げに」
その予想が、どれほど正確かを、
旧王国が思い知る日は――もう、近い。
隣国皇城の応接室は、静かだった。
豪奢ではあるが、威圧するための装飾はない。必要なものだけが、正確な位置に配置されている。
その中央に、エルフレイド・ヴァルシュタインは腰掛けていた。
隣には、ゼノス・フォン・バルドール――ではない。
今日、この場に皇帝は同席していない。
それだけで、意味は十分だった。
「……では」
入室してきた男が、わざとらしく咳払いをする。
旧王国の紋章を胸に付けた外交使節――とは名ばかりの、実質は“伝令役”だ。
「我が国、アラルガン王太子殿下よりのご意向をお伝えに参りました」
エルフレイドは、視線を向けるだけで言葉を発しない。
促しもしない。
使者は一瞬、間を持て余したが、構わず続けた。
「殿下は……今回の件を、寛大なお心で水に流してくださるそうです」
その言い回しに、応接室の空気がわずかに軋んだ。
「貴女が感情的になり、国を出たことについても、責任は問わない、と」
エルフレイドの眉が、ほんのわずかに動く。
「……それで?」
静かな声だった。
だが、その低さが、逆に使者を緊張させる。
「王国は、貴女の帰還を歓迎します。
以前と同じ立場……いえ、多少の配慮は検討すると」
“配慮”。
その単語を、エルフレイドは心の中で反芻した。
「条件は?」
「は?」
「帰還の条件です」
エルフレイドは、淡々と問い返す。
「職務内容、権限、責任の所在。
予算決裁権はどこまで認められますか?」
使者は、明らかに面食らった。
「……細かいことは、戻られてから――」
「答えになっていません」
ぴしゃりと切る。
「そもそも、私は現在、隣国の魔導予算統括責任者です」
使者は、鼻で笑った。
「それは、一時的な仮職でしょう。
貴女も分かっているはずです。
王太子殿下の婚約者という立場の重みを」
その瞬間。
応接室に控えていた隣国の官僚が、思わず視線を逸らした。
――言ってはいけないことを言った。
「……訂正します」
エルフレイドは、ゆっくりと口を開く。
「“元”婚約者です」
声は穏やかだが、言葉は鋭い。
「婚約は、正式に破棄されています。
王国の夜会において、公然と」
使者が口を開こうとする前に、彼女は続けた。
「その場で、私は“無能”と断じられ、職務から外され、追放されました」
「それは……感情的な発言で……」
「公的な場での発言は、公的な決定です」
反論の余地はない。
「それに」
エルフレイドは、書類を一枚取り出した。
「こちらをご覧ください」
机に置かれたそれを、使者は訝しげに覗き込む。
「……契約書?」
「私個人が開発した魔導回路および運用設計に関する権利書です」
淡々とした説明。
「王国に使用権を“貸与”していただけ。
所有権は、最初から私にあります」
使者の顔色が変わる。
「な……そんな話、聞いていない!」
「でしょうね」
エルフレイドは、微笑んだ。
「理解しようとしなかったのですから」
使者は、慌てて言葉を探す。
「だ、だが!
それでも貴女は王国の臣民で――」
「いいえ」
きっぱりと否定する。
「私は現在、隣国に正式に迎え入れられています。
身分も、契約も、すでに更新済みです」
その言葉は、刃のようだった。
「つまり」
エルフレイドは、使者をまっすぐに見据える。
「“戻ってこい”と言われる筋合いはありません」
応接室が、完全に沈黙した。
「……では」
使者は、苦し紛れに言った。
「殿下は、貴女に恩を――」
「恩?」
初めて、声にわずかな感情が滲んだ。
「七年間、昼夜を問わず王国の魔導基盤を支え、
その結果を“誰でもできる仕事”と切り捨てられた私が?」
使者は、何も言えなくなる。
「話は以上です」
エルフレイドは、立ち上がった。
「正式な交渉をご希望であれば、
次は“条件”を揃えてお越しください」
そして、最後に一言。
「その態度では、交渉以前です」
使者が退室した後、部屋には静寂が戻った。
そこへ、扉が開く。
「……見事だ」
ゼノスだった。
「わざと、泳がせたな」
「はい」
エルフレイドは、息を整える。
「彼らは、まだ現実を理解していません。
だからこそ、次は――」
「本命が来る」
ゼノスが言う。
「ええ」
彼女は頷いた。
「今度は、頭を下げに」
その予想が、どれほど正確かを、
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