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第9話 なぜ断られたのか、本気で分からないらしい
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第9話 なぜ断られたのか、本気で分からないらしい
旧王国・王宮執務室。
厚い扉の向こうから、怒鳴り声が響いていた。
「――つまり! 追い返されたと言うのか!」
アラルガン王太子は、机を叩きながら立ち上がっていた。
報告を終えた使者は、冷や汗を流しながら深く頭を下げている。
「は……隣国側は、正式な交渉条件が整っていないとして……」
「条件だと?」
王太子は、鼻で笑った。
「こちらが“戻ってこい”と言ってやっているんだぞ。
それ以上の条件が、どこに必要だ!」
使者は、喉を鳴らす。
「……エルフレイド殿は、現在、隣国の魔導予算統括責任者として正式に迎え入れられており……」
「だから何だ」
即答だった。
「元は、我が国の人間だ。
しかも、俺の婚約者だった女だぞ」
その言葉に、同席していた重臣たちの表情が強張る。
――そこが、もう違う。
「殿下」
財務卿が、慎重に口を挟んだ。
「彼女は、夜会の場で公然と婚約破棄され、
職務から外され、事実上の追放処分を受けています」
「感情的な行き違いだ!」
王太子は、声を荒げる。
「女というのは、そういうものだろう。
少し時間を置けば、冷静になる」
その認識が、すでに致命的だった。
「……加えて」
使者が、恐る恐る続ける。
「彼女は、自身が開発した魔導回路の使用権が、
個人に帰属すると主張しておりまして……」
「は?」
王太子の動きが止まる。
「そんな話、聞いていないぞ」
「契約書を提示されました」
使者は、震える声で言った。
「王国は、あくまで“使用権を借りていた”だけだと……」
一瞬、沈黙が落ちた。
次の瞬間。
「――ふざけるな!」
王太子は、机の上の書類を叩き落とした。
「国のために使われていたものだ!
個人の所有物なわけがあるか!」
ローディアス次官は、静かに口を開いた。
「……契約内容自体は、確認しました。
形式上は、彼女の主張が正しい」
その言葉が、火に油を注ぐ。
「貴様まで、あの女の肩を持つのか!」
「事実を申し上げただけです」
ローディアスは、目を伏せた。
「彼女は、あらゆる契約を“法的に”整えていました。
王国側は……それを精査していなかった」
正確には、精査しなかった。
興味がなかったのだ。
「……つまり」
王太子は、苛立ちを抑えきれずに言う。
「今の事態は、すべてあの女のせいだと?」
その問いに、誰も答えなかった。
答えられなかったのではない。
答えが、真逆だったからだ。
「……もういい」
王太子は、深く息を吸う。
「使者が無能だっただけだ。
次は、正式な使節団を送る」
その言葉に、重臣たちが顔を上げる。
「条件も、用意する」
「……殿下」
財務卿が、慎重に言う。
「“条件”とは、具体的に?」
王太子は、自信満々に言い放った。
「以前と同じ地位だ。
それで十分だろう」
沈黙。
「……それ以上は?」
「必要ない」
断言だった。
「どうせ、向こうも困っているはずだ。
魔導予算を任されているなら、責任も重い。
戻る口実が欲しいだけだ」
その思考は、あまりにも都合が良い。
一方、その頃。
隣国皇城。
エルフレイドは、ゼノスと並んで報告書を見ていた。
「……想定より、感情的ですね」
「王太子は、最後まで理解しない」
ゼノスは、淡々と言った。
「自分が選ぶ側だと信じている」
「選ばれる立場になったことが、一度もないのですね」
エルフレイドは、そう分析した。
「だから、相手が拒否するという前提が、そもそも存在しない」
ゼノスは、短く笑った。
「哀れだ」
「ええ」
彼女は、静かに頷く。
「ですが……そろそろ、こちらも準備が整います」
「何の準備だ」
「“正式交渉”です」
エルフレイドは、書類を閉じる。
「彼らが理解できるのは、
数字と現実だけですから」
その言葉通り。
旧王国では、魔導障壁の数値が、さらに一段階落ちていた。
だが、王太子はまだ、それを“偶然”だと信じている。
自分が切り捨てた女が、
もはや交渉相手ですらない存在になっていることを――
理解できないまま。
そして、その理解不能こそが、
彼を破滅へと導く最大の理由になる。
旧王国・王宮執務室。
厚い扉の向こうから、怒鳴り声が響いていた。
「――つまり! 追い返されたと言うのか!」
アラルガン王太子は、机を叩きながら立ち上がっていた。
報告を終えた使者は、冷や汗を流しながら深く頭を下げている。
「は……隣国側は、正式な交渉条件が整っていないとして……」
「条件だと?」
王太子は、鼻で笑った。
「こちらが“戻ってこい”と言ってやっているんだぞ。
それ以上の条件が、どこに必要だ!」
使者は、喉を鳴らす。
「……エルフレイド殿は、現在、隣国の魔導予算統括責任者として正式に迎え入れられており……」
「だから何だ」
即答だった。
「元は、我が国の人間だ。
しかも、俺の婚約者だった女だぞ」
その言葉に、同席していた重臣たちの表情が強張る。
――そこが、もう違う。
「殿下」
財務卿が、慎重に口を挟んだ。
「彼女は、夜会の場で公然と婚約破棄され、
職務から外され、事実上の追放処分を受けています」
「感情的な行き違いだ!」
王太子は、声を荒げる。
「女というのは、そういうものだろう。
少し時間を置けば、冷静になる」
その認識が、すでに致命的だった。
「……加えて」
使者が、恐る恐る続ける。
「彼女は、自身が開発した魔導回路の使用権が、
個人に帰属すると主張しておりまして……」
「は?」
王太子の動きが止まる。
「そんな話、聞いていないぞ」
「契約書を提示されました」
使者は、震える声で言った。
「王国は、あくまで“使用権を借りていた”だけだと……」
一瞬、沈黙が落ちた。
次の瞬間。
「――ふざけるな!」
王太子は、机の上の書類を叩き落とした。
「国のために使われていたものだ!
個人の所有物なわけがあるか!」
ローディアス次官は、静かに口を開いた。
「……契約内容自体は、確認しました。
形式上は、彼女の主張が正しい」
その言葉が、火に油を注ぐ。
「貴様まで、あの女の肩を持つのか!」
「事実を申し上げただけです」
ローディアスは、目を伏せた。
「彼女は、あらゆる契約を“法的に”整えていました。
王国側は……それを精査していなかった」
正確には、精査しなかった。
興味がなかったのだ。
「……つまり」
王太子は、苛立ちを抑えきれずに言う。
「今の事態は、すべてあの女のせいだと?」
その問いに、誰も答えなかった。
答えられなかったのではない。
答えが、真逆だったからだ。
「……もういい」
王太子は、深く息を吸う。
「使者が無能だっただけだ。
次は、正式な使節団を送る」
その言葉に、重臣たちが顔を上げる。
「条件も、用意する」
「……殿下」
財務卿が、慎重に言う。
「“条件”とは、具体的に?」
王太子は、自信満々に言い放った。
「以前と同じ地位だ。
それで十分だろう」
沈黙。
「……それ以上は?」
「必要ない」
断言だった。
「どうせ、向こうも困っているはずだ。
魔導予算を任されているなら、責任も重い。
戻る口実が欲しいだけだ」
その思考は、あまりにも都合が良い。
一方、その頃。
隣国皇城。
エルフレイドは、ゼノスと並んで報告書を見ていた。
「……想定より、感情的ですね」
「王太子は、最後まで理解しない」
ゼノスは、淡々と言った。
「自分が選ぶ側だと信じている」
「選ばれる立場になったことが、一度もないのですね」
エルフレイドは、そう分析した。
「だから、相手が拒否するという前提が、そもそも存在しない」
ゼノスは、短く笑った。
「哀れだ」
「ええ」
彼女は、静かに頷く。
「ですが……そろそろ、こちらも準備が整います」
「何の準備だ」
「“正式交渉”です」
エルフレイドは、書類を閉じる。
「彼らが理解できるのは、
数字と現実だけですから」
その言葉通り。
旧王国では、魔導障壁の数値が、さらに一段階落ちていた。
だが、王太子はまだ、それを“偶然”だと信じている。
自分が切り捨てた女が、
もはや交渉相手ですらない存在になっていることを――
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そして、その理解不能こそが、
彼を破滅へと導く最大の理由になる。
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