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第10話 選ばれる側になったことを、誰よりも早く世界が知る
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第10話 選ばれる側になったことを、誰よりも早く世界が知る
隣国皇城の大広間は、いつもより人が多かった。
だが、ざわめきは抑えられている。
皆が、何かが起きると理解していたからだ。
エルフレイド・ヴァルシュタインは、広間の端で静かに立っていた。
華美ではないが、上質な礼装。
装飾は最低限、それでいて一切の隙がない。
――仕事用の装いだ。
「緊張しているか?」
隣に立つゼノス・フォン・バルドールが、低く声をかける。
「いいえ」
即答だった。
「内容は、すでに理解していますから」
ゼノスは、わずかに口角を上げる。
「君らしい」
やがて、重臣たちが整列し、広間の扉が閉じられた。
形式ばった場ではない。だが、発言の一つひとつが国の方針を決める場だ。
ゼノスが一歩前に出る。
「本日、諸君に共有すべき決定事項がある」
広間が静まり返る。
「我が国の魔導基盤は、先日の再編により安定段階に入った」
どよめきが走る。
わずか十日足らず。
それが、どれほど異例かを、ここにいる全員が理解していた。
「この成果は、一人の人間の判断と責任によるものだ」
ゼノスは、はっきりと言った。
「エルフレイド・ヴァルシュタイン」
視線が、一斉に彼女へ集まる。
「彼女を、我が国の魔導政策最高責任顧問に任命する」
一瞬の静寂。
そして、遅れて広がる驚愕。
最高責任顧問――それは、形式上は官職でありながら、
実質的には皇帝直属、他のいかなる官庁よりも上位に位置する。
「併せて」
ゼノスは、言葉を続ける。
「彼女が設計・運用する魔導回路および関連技術は、
今後、我が国の国家戦略技術として扱う」
重臣たちが、互いに視線を交わす。
――独占だ。
エルフレイドという存在そのものが、国の力になる。
「異論は?」
誰も、口を開かなかった。
反対する理由がない。
数字が、すでに証明している。
ゼノスは、満足そうに頷く。
「では、正式に通達する」
そう言って、彼は一枚の文書を示した。
「なお――」
その言葉に、空気が引き締まる。
「彼女は、次期皇后候補として、同等の待遇を受ける」
今度は、隠しきれないざわめきが広がった。
だが、誰も反論しない。
政治的にも、軍事的にも、そして合理的にも――正しい判断だからだ。
エルフレイドは、わずかに息を吐いた。
――なるほど。
これは、保護でも好意でもない。
囲い込みだ。
そして、それを不快に思わない自分がいることに、彼女は気づいた。
式典が終わり、控室に戻った後。
「……想像以上に、大事になりましたね」
エルフレイドが言うと、ゼノスは淡々と返す。
「想定通りだ」
「本当に?」
「君の価値を、曖昧に扱う気はない」
その言葉は、命令でも宣言でもない。
事実の確認だった。
「君を失うことは、我が国にとって損失だ。
だから、最も確実な形で確保した」
「それを、人は“溺愛”と呼ぶのでは?」
軽い冗談のつもりだった。
だが、ゼノスは否定しなかった。
「合理的溺愛だ」
即答。
「非効率ではない」
エルフレイドは、思わず小さく笑った。
一方、その頃――旧王国。
「……何だ、これは」
王太子の執務机に置かれた報告書。
そこには、隣国の公式通達が写しとして添付されていた。
《エルフレイド・ヴァルシュタイン、魔導政策最高責任顧問に任命》
「……顧問?」
声が、震えた。
さらに下へ目を走らせる。
《次期皇后候補として、国家機密に準ずる待遇》
「……ふざけるな」
王太子は、紙を握り潰す。
「ただの、元婚約者だぞ……?」
だが、その言葉に応える者はいない。
魔導庁から、緊急の追加報告が届いていた。
「殿下……」
ローディアスが、青ざめた顔で言う。
「魔導障壁の維持費が、想定を大きく超過しています。
このままでは……」
王太子は、報告書から目を離せなかった。
そこに書かれているのは、
自分が捨てた女が、選ばれる側に回った現実。
――違う。
――こんなはずじゃない。
そう思うほどに、
世界は、彼を置き去りにして進んでいく。
エルフレイドは、もう戻らない。
戻る理由も、必要も、価値も――ここにはない。
隣国皇城の大広間は、いつもより人が多かった。
だが、ざわめきは抑えられている。
皆が、何かが起きると理解していたからだ。
エルフレイド・ヴァルシュタインは、広間の端で静かに立っていた。
華美ではないが、上質な礼装。
装飾は最低限、それでいて一切の隙がない。
――仕事用の装いだ。
「緊張しているか?」
隣に立つゼノス・フォン・バルドールが、低く声をかける。
「いいえ」
即答だった。
「内容は、すでに理解していますから」
ゼノスは、わずかに口角を上げる。
「君らしい」
やがて、重臣たちが整列し、広間の扉が閉じられた。
形式ばった場ではない。だが、発言の一つひとつが国の方針を決める場だ。
ゼノスが一歩前に出る。
「本日、諸君に共有すべき決定事項がある」
広間が静まり返る。
「我が国の魔導基盤は、先日の再編により安定段階に入った」
どよめきが走る。
わずか十日足らず。
それが、どれほど異例かを、ここにいる全員が理解していた。
「この成果は、一人の人間の判断と責任によるものだ」
ゼノスは、はっきりと言った。
「エルフレイド・ヴァルシュタイン」
視線が、一斉に彼女へ集まる。
「彼女を、我が国の魔導政策最高責任顧問に任命する」
一瞬の静寂。
そして、遅れて広がる驚愕。
最高責任顧問――それは、形式上は官職でありながら、
実質的には皇帝直属、他のいかなる官庁よりも上位に位置する。
「併せて」
ゼノスは、言葉を続ける。
「彼女が設計・運用する魔導回路および関連技術は、
今後、我が国の国家戦略技術として扱う」
重臣たちが、互いに視線を交わす。
――独占だ。
エルフレイドという存在そのものが、国の力になる。
「異論は?」
誰も、口を開かなかった。
反対する理由がない。
数字が、すでに証明している。
ゼノスは、満足そうに頷く。
「では、正式に通達する」
そう言って、彼は一枚の文書を示した。
「なお――」
その言葉に、空気が引き締まる。
「彼女は、次期皇后候補として、同等の待遇を受ける」
今度は、隠しきれないざわめきが広がった。
だが、誰も反論しない。
政治的にも、軍事的にも、そして合理的にも――正しい判断だからだ。
エルフレイドは、わずかに息を吐いた。
――なるほど。
これは、保護でも好意でもない。
囲い込みだ。
そして、それを不快に思わない自分がいることに、彼女は気づいた。
式典が終わり、控室に戻った後。
「……想像以上に、大事になりましたね」
エルフレイドが言うと、ゼノスは淡々と返す。
「想定通りだ」
「本当に?」
「君の価値を、曖昧に扱う気はない」
その言葉は、命令でも宣言でもない。
事実の確認だった。
「君を失うことは、我が国にとって損失だ。
だから、最も確実な形で確保した」
「それを、人は“溺愛”と呼ぶのでは?」
軽い冗談のつもりだった。
だが、ゼノスは否定しなかった。
「合理的溺愛だ」
即答。
「非効率ではない」
エルフレイドは、思わず小さく笑った。
一方、その頃――旧王国。
「……何だ、これは」
王太子の執務机に置かれた報告書。
そこには、隣国の公式通達が写しとして添付されていた。
《エルフレイド・ヴァルシュタイン、魔導政策最高責任顧問に任命》
「……顧問?」
声が、震えた。
さらに下へ目を走らせる。
《次期皇后候補として、国家機密に準ずる待遇》
「……ふざけるな」
王太子は、紙を握り潰す。
「ただの、元婚約者だぞ……?」
だが、その言葉に応える者はいない。
魔導庁から、緊急の追加報告が届いていた。
「殿下……」
ローディアスが、青ざめた顔で言う。
「魔導障壁の維持費が、想定を大きく超過しています。
このままでは……」
王太子は、報告書から目を離せなかった。
そこに書かれているのは、
自分が捨てた女が、選ばれる側に回った現実。
――違う。
――こんなはずじゃない。
そう思うほどに、
世界は、彼を置き去りにして進んでいく。
エルフレイドは、もう戻らない。
戻る理由も、必要も、価値も――ここにはない。
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