婚約破棄して「無能」と捨てた元婚約者様へ。私が隣国の魔導予算を握っていますが、今さら戻ってこいなんて冗談ですよね?』

鷹 綾

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第11話 隠せなくなった異常は、街に現れる

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第11話 隠せなくなった異常は、街に現れる

 王都中央区。
 昼下がりの通りは、いつもと変わらぬ賑わいを見せていた。

 露店の呼び声、馬車の行き交う音、子どもたちの笑い声。
 それらを包み込むように、王都全域を覆う半透明の光の膜――魔導障壁が、今日も静かに揺らめいている。

 ――少なくとも、見た目は。

「……ん?」

 露店で果物を選んでいた商人の男が、ふと足を止めた。

「今、揺れなかったか?」

「揺れ?」

 隣の客が空を見上げる。

「気のせいだろ。
 結界なんて、そんな簡単に――」

 その言葉が終わる前だった。

 びり、と空気が震えた。

 音ではない。
 衝撃でもない。

 だが、確かに“何かが歪んだ”。

「……今の、何?」

「魔導障壁……?」

 次の瞬間、中央区の街灯が一斉に明滅した。

「きゃっ!」

「うわっ、何だ!?」

 悲鳴と怒号が上がる。
 街灯はすぐに復旧したが、不安は消えない。

「最近、多くないか?」

「前は、こんなことなかったよな……」

 人々の視線が、自然と空へ向かう。

 魔導障壁は、まだ存在している。
 だが――完全ではない。

 その報告は、即座に王宮へ届いた。

「中央区にて、結界の瞬間的な歪みを確認!」

「出力低下率、三・二%!」

「再現性あり!」

 魔導庁は、蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

「なぜ、事前に察知できなかった!?」

 ローディアス次官が、机を叩く。

「監視数値は、常に正常値の範囲内でした!」

「“範囲内”だと……!」

 彼は、歯噛みする。

 ――エルフレイドなら、気づいていた。

 正常値の揺らぎ。
 平均値の歪み。
 “まだ壊れていない”という段階の、微細な警告。

「……緊急補正だ」

「どの設計で?」

 部下の問いに、ローディアスは言葉に詰まる。

「……最新のものを」

「最新とは、どれですか?」

 沈黙。

 王宮上階。

「結界が、揺れただと?」

 アラルガン王太子は、報告書を睨みつけていた。

「……一瞬です。
 すでに復旧しています」

「なら問題ない」

 即断。

「民が騒ぎすぎているだけだ」

 側に控える“聖女”が、不安げに口を開く。

「で、でも……街の人たちが……」

「だから、君がいるんだろう」

 王太子は、苛立ちを隠さない。

「祈れ。
 民が安心するまで」

「……はい」

 彼女は、広場で祈りを捧げた。
 だが、何も起きない。

 光も、癒しも、奇跡も。

 人々は、ざわめいた。

「……あれ?」

「聖女様、何も……」

「前は、祈ると結界が光ったのに……」

 不安は、不信へと変わっていく。

 その夜。

 王都北区で、二度目の異常が起きた。

 今度は、魔導暖房が停止したのだ。

「寒っ!」

「何だこれ!?」

「子どもが……!」

 冬が近いこの時期、暖房停止は死活問題だった。

 魔導庁は、徹夜で対応に追われる。

「原因は!?」

「……魔導炉第二基の出力低下です」

「なぜ、そっちだ!」

 本来、余力があるはずの炉だ。

 だが――余力は、もうない。

 ローディアスは、額を押さえた。

「……彼女が言っていた通りだ」

 五年以内に破綻する。
 いや――もっと早い。

 その頃、隣国。

 エルフレイドは、静かに報告書を閉じていた。

「……出ましたね」

 隣で、ゼノスが言う。

「中央区、北区。
 次は、外縁部だろう」

「ええ」

 彼女は、淡々と頷く。

「均衡が崩れ始めると、負荷は弱いところから現れます」

「止められるか?」

「今からでは、難しいでしょう」

 エルフレイドは、少し考えてから続ける。

「少なくとも、
 私がいない状態では」

 ゼノスは、無言で窓の外を見た。

「……助けを求めてくるな」

「来ます」

 即答だった。

「ですが」

 彼女は、はっきりと言う。

「もう、“お願い”では済みません」

 その言葉通り。

 旧王国では、翌朝の新聞が、異例の大見出しを打った。

《王都魔導障壁に異常発生》
《安全性に不安の声》

 もはや、隠せない。

 魔導障壁は、国の象徴だ。
 それが揺らいだという事実は――
 王国そのものが揺らいだことを意味する。

 アラルガン王太子は、新聞を握り潰した。

「……なぜだ」

 理解できない。

「結界は、ある。
 壊れていないじゃないか……」

 だが、現実は、容赦なく突きつける。

 “まだある”と“正常に機能している”は、違う。

 その違いを、
 彼は最後まで、理解しようとしなかった。

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