婚約破棄して「無能」と捨てた元婚約者様へ。私が隣国の魔導予算を握っていますが、今さら戻ってこいなんて冗談ですよね?』

鷹 綾

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第12話 助けてほしいと言えない国が、ついに言葉を失う

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第12話 助けてほしいと言えない国が、ついに言葉を失う

 王宮の会議室には、重い沈黙が落ちていた。
 誰もが机の上の書類を見つめ、誰一人として口を開こうとしない。

 ――いや、正確には。

 開けないのではなく、開けなかった。

「……第三報です」

 魔導庁次官ローディアスが、かすれた声で告げる。

「王都外縁部にて、魔導障壁の不完全遮断を確認。
 魔物一体が侵入、負傷者が出ています」

 その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気が一段、冷えた。

「……死者は」

「……現時点では、ありません」

 誰かが、小さく息を吐いた。
 だが、それは安堵ではない。

 時間の問題だと、全員が理解している。

「なぜ……」

 アラルガン王太子は、椅子に深く座り込み、呟いた。

「なぜ、こんなことに……」

 誰も、答えなかった。

 答えは、分かっている。
 だが、それを口にすることは、
 自分たちの判断が間違っていたと認めることになる。

「……殿下」

 財務卿が、慎重に言葉を選ぶ。

「これ以上の遅延は、国として許されません」

「何が言いたい」

「……隣国に、正式な支援要請を」

 その一言が、会議室を凍りつかせた。

「支援……だと?」

 王太子の声が、低くなる。

「我が国が、他国に頭を下げろと言うのか」

「現実を見てください」

 軍務卿が、珍しく感情を滲ませた。

「魔導障壁は、国家防衛の根幹です。
 これが崩れれば、王都は持ちません」

 沈黙。

「……条件は?」

 王太子が、ようやく口を開いた。

「……相手の、条件次第です」

 その瞬間、全員が理解した。

 ――条件を出される側になったのだと。

「……エルフレイド・ヴァルシュタイン」

 王太子は、忌々しげにその名を口にする。

「結局、あの女しかいないということか」

 誰も否定しなかった。

 否定できなかった。

 その日の夜。

 旧王国は、正式な外交文書を作成した。
 文面は、慎重に、丁寧に、言葉を選び抜いたものだった。

 《魔導障壁安定化に関する技術協力のお願い》

 そこには、「命令」も「要請」もない。
 あるのは、遠回しな懇願だけ。

 それが、どれほど屈辱的なことかを、
 王太子は、歯を食いしばりながら噛みしめていた。

 一方、隣国皇城。

 エルフレイドは、その文書の写しを机に置いていた。

「……来ましたね」

 静かな声。

 ゼノス・フォン・バルドールは、腕を組んで言う。

「予想より、半日遅い」

「内部で、相当揉めたのでしょう」

 彼女は、淡々と文面を読み進める。

「“お願い”と書いてありますが、
 まだ自分たちが選べると思っています」

「どういう意味だ」

「条件が、書いていません」

 エルフレイドは、紙を指で叩く。

「本当に困っている人間は、
 最初から“譲れるもの”を書き出します」

 ゼノスは、低く笑った。

「なるほど」

「ですから」

 エルフレイドは、別の白紙の紙を取り出した。

「こちらで、条件を書きます」

 ペンを取り、迷いなく走らせる。

 ――感情は、不要。

 必要なのは、事実と、対価だけ。

「第一条。
 本支援は、魔導障壁の“応急安定化”に限定する」

「完全修復は、しないのか」

「はい」

 即答。

「完全修復は、再び依存を生みます」

 ペンが、止まらない。

「第二条。
 使用する魔導回路・設計思想は、すべて私の管理下に置く」

「当然だな」

「第三条。
 未払いの技術使用料および、過去五年分のライセンス料を精算」

 ゼノスは、眉を上げた。

「過去分も、取るのか」

「はい」

 エルフレイドは、淡々と答える。

「彼らは、“無料で使っていた”と誤解していただけですから」

 さらに書き進める。

「第四条。
 支援期間中、王国は一切の決定権を持たない」

「……容赦がないな」

「いいえ」

 彼女は、顔を上げる。

「これは、最低限です」

 最後に、一文を加えた。

「――なお、本条件は交渉の余地なく、一括での受諾を求める」

 ペンを置く。

「これで、ようやく対等になります」

 ゼノスは、しばらくその紙を見つめてから、静かに言った。

「君は、残酷だな」

「いいえ」

 エルフレイドは、首を振った。

「現実的なだけです」

 その夜、旧王国へ向けて、隣国からの返信が送られた。

 短く、簡潔な文面。

 だが、その条件は、
 王国の誇りを、完全に試すものだった。

 アラルガン王太子は、まだ知らない。

 この文書に署名するということが、
 自分が切り捨てた“無能”に、正式に頭を下げる行為であることを。

 そして――
 それ以外に、生き残る道が残されていないことを。


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