婚約破棄して「無能」と捨てた元婚約者様へ。私が隣国の魔導予算を握っていますが、今さら戻ってこいなんて冗談ですよね?』

鷹 綾

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第13話 条件書を読めば、拒否できると思っていた

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第13話 条件書を読めば、拒否できると思っていた

 王宮最奥の執務室。
 重厚な扉が閉じられると同時に、室内の空気が張り詰めた。

 机の上に置かれているのは、一通の文書。
 隣国から届いた正式な返信――支援条件書。

 アラルガン王太子は、それを睨みつけたまま、しばらく動かなかった。

「……ふざけるな」

 低く、抑えた声。

「これは、条件じゃない。
 脅迫だ」

 重臣たちは、誰も反論しない。
 否定できないが、同時に――否定しても意味がないことを理解している。

「第一条、応急安定化のみ……?」

 王太子は、紙を掴み、音を立てて読み上げる。

「完全修復は行わない?
 国を半壊状態で維持しろと言うのか!」

「……殿下」

 ローディアス次官が、静かに口を開く。

「完全修復を行えば、再び彼女への依存が生じます。
 条件としては、合理的です」

「合理的だと?」

 王太子は、鋭く睨み返す。

「我が国の存亡が懸かっているんだぞ!」

「だからこそ、です」

 今度は、軍務卿が言った。

「彼女は、王国が“二度と同じ過ちを繰り返さない”ように、
 逃げ道を塞いでいます」

「……逃げ道だと?」

 王太子は、紙を投げ捨てた。

「第二条、魔導回路の完全管理権……
 第三条、過去五年分のライセンス料一括精算……」

 声が、次第に震え始める。

「どれもこれも、あの女に都合のいい話じゃないか!」

 財務卿が、深く息を吸った。

「殿下。
 金額だけ見れば、確かに痛手です。
 ですが――」

「だが、何だ」

「これを拒否すれば、
 支払うのは金では済みません」

 沈黙。

 王太子は、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

「……拒否すれば、どうなる」

「魔導障壁は、いずれ崩壊します」

 ローディアスは、淡々と告げる。

「段階的に。確実に。
 それは、彼女自身が警告していた通りです」

「……まだ時間はあるだろう」

 王太子は、そう言って自分を納得させようとする。

「完全に壊れたわけじゃない。
 応急処置なら、我々にも――」

「できません」

 即答だった。

「現場は、すでに限界です。
 設計思想そのものが、彼女一人に依存していた」

 王太子は、目を閉じた。

 ――違う。
 こんなはずじゃない。

「……だが」

 しばらくして、彼は顔を上げる。

「この条件を飲めば、
 我が国は、あの女に頭を下げたことになる」

 その言葉に、重臣たちの表情が曇る。

「殿下、それは――」

「分かっている!」

 怒鳴り声が、室内に響いた。

「分かっているが……
 それでも、認められるか!」

 沈黙が、長く続く。

 やがて、財務卿が静かに言った。

「……殿下」

「何だ」

「民は、もう気づき始めています」

 王太子は、眉をひそめる。

「何にだ」

「誰が国を支えていたのかに、です」

 その一言は、深く突き刺さった。

「街では、噂が広がっています。
 “エルフレイド様がいなくなってから、おかしくなった”と」

「……戯言だ」

「そう思いたいでしょう」

 財務卿は、視線を逸らさない。

「ですが、数字は正直です。
 障壁の揺らぎ、暖房停止、魔物侵入。
 すべて、彼女が去ってから起きています」

 王太子の指が、強く握り締められる。

「……拒否すれば」

 彼は、低く呟いた。

「拒否すれば、どうなる」

「次に起きるのは、
 “分かりやすい崩壊”です」

 軍務卿が言った。

「外縁部では、すでに兵の配置が足りません。
 結界が破れれば、被害は拡大します」

 王太子は、立ち上がった。

「……使者を出せ」

 重臣たちが、息を呑む。

「隣国へ」

「殿下、条件を受け入れるのですか?」

 その問いに、王太子は歯を食いしばった。

「……条件の“修正”を求める」

 その言葉に、誰もが悟った。

 ――まだ、分かっていない。

「こちらにも、譲れないものがあると伝えろ」

 王太子は、拳を握る。

「完全修復は必要だ。
 ライセンス料の一括精算など、認められない。
 管理権も、共有に――」

「殿下!」

 ローディアスが、思わず声を上げた。

「それでは、交渉が決裂します!」

「構わん!」

 王太子は、叫ぶ。

「こちらが折れなければ、向こうも――」

 言葉が、途中で止まった。

 ――違う。

 向こうは、折れる必要がない。

 だが、その事実を、彼はまだ受け入れられなかった。

 その夜。

 修正案を添えた返書が、隣国へ送られた。

 その内容は、
 相手の条件を理解していないことを、はっきり示すものだった。

 一方、隣国皇城。

 エルフレイドは、その返書を一読し、静かに目を閉じた。

「……予想通りです」

 ゼノスが言う。

「拒否しかけたな」

「はい」

 彼女は、淡々と紙を畳む。

「ですが、これは――
 最後の足掻きです」

 ゼノスは、低く笑った。

「では、次は?」

「次は」

 エルフレイドは、はっきりと言った。

「民が、選択を迫ります」

 王太子が拒否した条件は、
 王国にとっての“最後の救命索”だった。

 それを振り払った代償を、
 彼は――そして国は、これから知ることになる。
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