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第34話 責任の所在は、音もなく移る
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第34話 責任の所在は、音もなく移る
その異変は、報告書の行間に紛れていた。
数値は、基準値の内側。
警告灯は沈黙。
稼働率も、安定している。
だが――
推移が、わずかに歪んでいる。
アラルガンは、朝の集計表を机に広げ、
指先で三日分の曲線をなぞった。
「……同じ誤差じゃない」
単発ではない。
偶然でもない。
“誰かが”ではなく、
“どこかが”変わり始めている。
午前。
臨時の小会議が開かれた。
参加者は最小限。
技師長、区画責任者、そしてアラルガン。
「第七区画の制御応答、
遅延が出ています」
「致命的では?」
「現時点では」
技師長は、
言葉を慎重に選ぶ。
「ただ、
判断が遅れれば、
連鎖します」
アラルガンは、
即座に問いを投げる。
「責任者は、
現場にいるか」
「……います」
「判断権限は?」
「……形式上は、
補佐官」
空気が、
ほんの一瞬、
止まった。
形式上――
それは、
便利な言葉だ。
実務は現場。
決裁は上。
だが、
境界は曖昧。
アラルガンは、
静かに息を吸う。
「……権限を、
現場に戻せ」
「補佐官?」
「判断の遅延は、
責任の迷子だ」
技師長が、
眉を上げる。
「それは、
補佐官自身の――」
「構わない」
即答。
「責任は、
音もなく移る。
なら、
移した方がいい」
沈黙。
やがて、
技師長が頷く。
「……了解」
その場で、
権限委譲の簡易文書が作られた。
署名は、
一つ。
アラルガンの名。
昼。
第七区画。
現場は、
いつもと変わらない。
だが、
空気が違う。
「補佐官……」
区画責任者が、
少し緊張した面持ちで近づく。
「今から、
判断は君が下せ」
「……よろしいのですか」
「だから来た」
短く答える。
区画責任者は、
一瞬だけ戸惑い、
それから頷いた。
「……分かりました」
数分後。
制御盤の前で、
現場判断が下される。
「流量、
一段階下げます」
「確認」
「二分で戻します」
作業は、
速い。
誰も、
上を見ない。
誰も、
許可を待たない。
結果は、
数値に現れた。
歪みは、
消えた。
「……問題、
ありません」
区画責任者の声は、
落ち着いていた。
アラルガンは、
ただ頷く。
「続けろ」
それだけ。
午後。
戻りの廊下で、
若い技師が、
小声で言った。
「……責任、
軽くなりました」
アラルガンは、
足を止める。
「違う」
「……え?」
「重くなった」
技師は、
目を見開く。
「自分で決めるというのは、
そういうことだ」
若い技師は、
しばらく黙り、
やがて頷いた。
「……はい」
夕方。
報告書が、
机に積まれる。
権限委譲の効果。
判断速度。
数値の安定。
どれも、
良好だ。
だが、
最後の欄に、
こう記されている。
《最終責任者:現場》
アラルガンは、
ペンを取る。
追記する。
《制度設計責任者:補佐官》
線は、
まっすぐだった。
夜。
窓の外、
王都の灯りが揺れる。
かつて、
責任は、
王冠の下に集まっていた。
今は、
分散している。
それは、
弱体化ではない。
持続性だ。
責任の所在は、
音もなく移る。
声高に宣言されることもなく、
拍手もなく。
だが、
確実に。
アラルガンは、
灯りを落とす。
自分の名前が、
前面に出ない日が増えた。
それでいい。
責任を抱え込む時代は、
もう終わった。
残るのは、
仕組み。
そして、
仕組みが動き続ける限り、
街は守られる。
明日もまた、
誰かが決め、
誰かが責任を負う。
それが、
正しい移り方だった。
その異変は、報告書の行間に紛れていた。
数値は、基準値の内側。
警告灯は沈黙。
稼働率も、安定している。
だが――
推移が、わずかに歪んでいる。
アラルガンは、朝の集計表を机に広げ、
指先で三日分の曲線をなぞった。
「……同じ誤差じゃない」
単発ではない。
偶然でもない。
“誰かが”ではなく、
“どこかが”変わり始めている。
午前。
臨時の小会議が開かれた。
参加者は最小限。
技師長、区画責任者、そしてアラルガン。
「第七区画の制御応答、
遅延が出ています」
「致命的では?」
「現時点では」
技師長は、
言葉を慎重に選ぶ。
「ただ、
判断が遅れれば、
連鎖します」
アラルガンは、
即座に問いを投げる。
「責任者は、
現場にいるか」
「……います」
「判断権限は?」
「……形式上は、
補佐官」
空気が、
ほんの一瞬、
止まった。
形式上――
それは、
便利な言葉だ。
実務は現場。
決裁は上。
だが、
境界は曖昧。
アラルガンは、
静かに息を吸う。
「……権限を、
現場に戻せ」
「補佐官?」
「判断の遅延は、
責任の迷子だ」
技師長が、
眉を上げる。
「それは、
補佐官自身の――」
「構わない」
即答。
「責任は、
音もなく移る。
なら、
移した方がいい」
沈黙。
やがて、
技師長が頷く。
「……了解」
その場で、
権限委譲の簡易文書が作られた。
署名は、
一つ。
アラルガンの名。
昼。
第七区画。
現場は、
いつもと変わらない。
だが、
空気が違う。
「補佐官……」
区画責任者が、
少し緊張した面持ちで近づく。
「今から、
判断は君が下せ」
「……よろしいのですか」
「だから来た」
短く答える。
区画責任者は、
一瞬だけ戸惑い、
それから頷いた。
「……分かりました」
数分後。
制御盤の前で、
現場判断が下される。
「流量、
一段階下げます」
「確認」
「二分で戻します」
作業は、
速い。
誰も、
上を見ない。
誰も、
許可を待たない。
結果は、
数値に現れた。
歪みは、
消えた。
「……問題、
ありません」
区画責任者の声は、
落ち着いていた。
アラルガンは、
ただ頷く。
「続けろ」
それだけ。
午後。
戻りの廊下で、
若い技師が、
小声で言った。
「……責任、
軽くなりました」
アラルガンは、
足を止める。
「違う」
「……え?」
「重くなった」
技師は、
目を見開く。
「自分で決めるというのは、
そういうことだ」
若い技師は、
しばらく黙り、
やがて頷いた。
「……はい」
夕方。
報告書が、
机に積まれる。
権限委譲の効果。
判断速度。
数値の安定。
どれも、
良好だ。
だが、
最後の欄に、
こう記されている。
《最終責任者:現場》
アラルガンは、
ペンを取る。
追記する。
《制度設計責任者:補佐官》
線は、
まっすぐだった。
夜。
窓の外、
王都の灯りが揺れる。
かつて、
責任は、
王冠の下に集まっていた。
今は、
分散している。
それは、
弱体化ではない。
持続性だ。
責任の所在は、
音もなく移る。
声高に宣言されることもなく、
拍手もなく。
だが、
確実に。
アラルガンは、
灯りを落とす。
自分の名前が、
前面に出ない日が増えた。
それでいい。
責任を抱え込む時代は、
もう終わった。
残るのは、
仕組み。
そして、
仕組みが動き続ける限り、
街は守られる。
明日もまた、
誰かが決め、
誰かが責任を負う。
それが、
正しい移り方だった。
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