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第35話 誰も責めない会議
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第35話 誰も責めない会議
その会議は、最初から静かだった。
怒号もなければ、
机を叩く音もない。
重苦しさすら、ほとんど感じられない。
だが、内容は軽くなかった。
「……第七区画、
昨日の対応は成功でした」
技師長が報告する。
「ただし、
判断が五分遅れていれば、
連鎖不安定に入っていた可能性があります」
壁際の時計が、
小さく時を刻む。
誰も、
「なぜ遅れた」とは聞かない。
アラルガンは、
席に座ったまま、
参加者の顔を見回した。
区画責任者。
若い技師。
教育担当。
そして、
自分。
全員が、
同じ資料を見ている。
――数値。
――時系列。
――判断点。
そこに、
感情は書かれていない。
「では、
次に進みます」
技師長が続ける。
「今回の事案を、
“誰の失敗”として扱うか」
一瞬、
空気が張りつめる。
アラルガンは、
何も言わない。
若い技師が、
恐る恐る口を開く。
「……失敗、
なんでしょうか」
技師長が、
その言葉を受け止める。
「結果は、
問題なしだ」
「なら……
失敗ではないのでは」
沈黙。
誰かが、
反論すると思われた。
だが、
誰も言わない。
アラルガンは、
そこで初めて口を開いた。
「……正しい」
短い一言。
「今回の事案は、
失敗ではない」
区画責任者が、
少し驚いた顔をする。
「だが」
続ける。
「改善点は、
ある」
技師長が、
頷く。
「判断点の共有が、
完全ではなかった」
「そうだ」
アラルガンは、
資料の一箇所を指す。
「この五分は、
誰かの怠慢ではない」
指先が、
止まる。
「仕組みが、
迷わせた時間だ」
若い技師が、
息を呑む。
「……誰も、
責めないのですか」
その問いは、
素朴で、
正直だった。
「責めても、
数値は良くならない」
淡々と答える。
「責めると、
次は隠す」
会議室に、
静かな理解が広がる。
区画責任者が、
口を開く。
「……なら、
どう記録しますか」
「こうだ」
アラルガンは、
即答した。
「制度上の判断点が、
現場判断と競合したため、
一時的に判断が遅延」
「……個人名は?」
「不要」
技師長が、
深く頷く。
「……分かりました」
その場で、
記録文言が修正される。
誰の名前も、
責任欄には書かれない。
だが、
改善担当の欄には、
全員の部署名が並んだ。
昼。
会議後の休憩室。
若い技師が、
コップを手に、
落ち着かない様子で立っていた。
「……補佐官」
「何だ」
「正直、
怒られると思っていました」
「なぜ」
「判断が、
遅れたから」
アラルガンは、
一拍置いて答える。
「遅れたのは、
お前じゃない」
「……え」
「迷わせた仕組みだ」
若い技師は、
しばらく黙り、
やがて小さく笑った。
「……逃げ場が、
ありませんね」
「そうだ」
「次は、
もっと早く判断します」
「それでいい」
午後。
改善案が、
次々と提出される。
判断点の明確化。
権限境界の可視化。
緊急時の簡易フロー。
どれも、
派手ではない。
だが、
確実に効く。
アラルガンは、
それらに目を通し、
一つずつ承認していく。
夕方。
日誌の欄に、
今日の総括を書く。
《責任追及なし。
制度修正あり。
再発防止策、即日反映》。
短いが、
十分だった。
夜。
帰路の廊下で、
区画責任者が、
声をかけてくる。
「……補佐官」
「何だ」
「……助かりました」
その言葉に、
アラルガンは、
首を横に振る。
「助けたのは、
会議だ」
「……え?」
「誰も責めなかった」
区画責任者は、
その意味を噛みしめるように、
ゆっくりと頷いた。
夜。
部屋の灯りを落とし、
椅子に身を預ける。
かつて、
会議は裁きの場だった。
誰が悪いか。
誰が責任を負うか。
それを決めるために、
言葉が使われていた。
今は違う。
会議は、
次に壊さないための場所だ。
誰も責めない会議。
それは、
甘さではない。
長く続けるための、
最も厳しい選択だ。
アラルガンは、
目を閉じる。
明日もまた、
誰かが判断し、
誰も責められず、
街は守られる。
それでいい。
それが、
この国が選び直した、
やり方なのだから。
その会議は、最初から静かだった。
怒号もなければ、
机を叩く音もない。
重苦しさすら、ほとんど感じられない。
だが、内容は軽くなかった。
「……第七区画、
昨日の対応は成功でした」
技師長が報告する。
「ただし、
判断が五分遅れていれば、
連鎖不安定に入っていた可能性があります」
壁際の時計が、
小さく時を刻む。
誰も、
「なぜ遅れた」とは聞かない。
アラルガンは、
席に座ったまま、
参加者の顔を見回した。
区画責任者。
若い技師。
教育担当。
そして、
自分。
全員が、
同じ資料を見ている。
――数値。
――時系列。
――判断点。
そこに、
感情は書かれていない。
「では、
次に進みます」
技師長が続ける。
「今回の事案を、
“誰の失敗”として扱うか」
一瞬、
空気が張りつめる。
アラルガンは、
何も言わない。
若い技師が、
恐る恐る口を開く。
「……失敗、
なんでしょうか」
技師長が、
その言葉を受け止める。
「結果は、
問題なしだ」
「なら……
失敗ではないのでは」
沈黙。
誰かが、
反論すると思われた。
だが、
誰も言わない。
アラルガンは、
そこで初めて口を開いた。
「……正しい」
短い一言。
「今回の事案は、
失敗ではない」
区画責任者が、
少し驚いた顔をする。
「だが」
続ける。
「改善点は、
ある」
技師長が、
頷く。
「判断点の共有が、
完全ではなかった」
「そうだ」
アラルガンは、
資料の一箇所を指す。
「この五分は、
誰かの怠慢ではない」
指先が、
止まる。
「仕組みが、
迷わせた時間だ」
若い技師が、
息を呑む。
「……誰も、
責めないのですか」
その問いは、
素朴で、
正直だった。
「責めても、
数値は良くならない」
淡々と答える。
「責めると、
次は隠す」
会議室に、
静かな理解が広がる。
区画責任者が、
口を開く。
「……なら、
どう記録しますか」
「こうだ」
アラルガンは、
即答した。
「制度上の判断点が、
現場判断と競合したため、
一時的に判断が遅延」
「……個人名は?」
「不要」
技師長が、
深く頷く。
「……分かりました」
その場で、
記録文言が修正される。
誰の名前も、
責任欄には書かれない。
だが、
改善担当の欄には、
全員の部署名が並んだ。
昼。
会議後の休憩室。
若い技師が、
コップを手に、
落ち着かない様子で立っていた。
「……補佐官」
「何だ」
「正直、
怒られると思っていました」
「なぜ」
「判断が、
遅れたから」
アラルガンは、
一拍置いて答える。
「遅れたのは、
お前じゃない」
「……え」
「迷わせた仕組みだ」
若い技師は、
しばらく黙り、
やがて小さく笑った。
「……逃げ場が、
ありませんね」
「そうだ」
「次は、
もっと早く判断します」
「それでいい」
午後。
改善案が、
次々と提出される。
判断点の明確化。
権限境界の可視化。
緊急時の簡易フロー。
どれも、
派手ではない。
だが、
確実に効く。
アラルガンは、
それらに目を通し、
一つずつ承認していく。
夕方。
日誌の欄に、
今日の総括を書く。
《責任追及なし。
制度修正あり。
再発防止策、即日反映》。
短いが、
十分だった。
夜。
帰路の廊下で、
区画責任者が、
声をかけてくる。
「……補佐官」
「何だ」
「……助かりました」
その言葉に、
アラルガンは、
首を横に振る。
「助けたのは、
会議だ」
「……え?」
「誰も責めなかった」
区画責任者は、
その意味を噛みしめるように、
ゆっくりと頷いた。
夜。
部屋の灯りを落とし、
椅子に身を預ける。
かつて、
会議は裁きの場だった。
誰が悪いか。
誰が責任を負うか。
それを決めるために、
言葉が使われていた。
今は違う。
会議は、
次に壊さないための場所だ。
誰も責めない会議。
それは、
甘さではない。
長く続けるための、
最も厳しい選択だ。
アラルガンは、
目を閉じる。
明日もまた、
誰かが判断し、
誰も責められず、
街は守られる。
それでいい。
それが、
この国が選び直した、
やり方なのだから。
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