『選ばれなかった孤児は、同じ時間を生きることを選んだ』

鷹 綾

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第3話 山と川は、裏切らない

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第3話 山と川は、裏切らない

 朝の空気は、昨日よりもわずかに湿っていた。
 ウェイフは裏庭に立ち、空を見上げる。雲の流れは遅く、すぐに雨になる様子はない。行ける。判断はそれで十分だった。

「今日は……三人までね」

 振り返って、そう告げると、控えめに手が上がった。
 昨日一緒に行った小柄な子と、年上の孤児が一人。もう一人は、まだ歩き方が覚束ない。

「危ないところがあるから。足元を見る。走らない。言ったら止まる」

 短く、必要なことだけを伝える。
 前世で学んだのは、説明しすぎないことだった。要点を絞り、守らせる。

 孤児院の裏手から、いつもの獣道に入る。
 朝露で滑りやすい場所は避け、日当たりの良い斜面へ向かう。ここは土が柔らかく、芋が育ちやすい。

(去年は、ここが一番だった)

 記憶だけでなく、足裏の感触が教えてくれる。
 ウェイフは木片を手に、一定の間隔で土を掘った。深く、急がず。掘り返す量は最小限。根を切らない。

 やがて、土の色が変わる。

「……ここ」

 掘り進めると、小さな芋が顔を出した。
 大きくはない。だが、三人分なら十分だ。

「すごい……」

 隣で見ていた子が、思わず声を上げる。

「声は、低く。獣が寄る」

 静かに言うと、子は慌てて口を押さえた。
 それでいい。学ぶのは、体験からだ。

 芋を布に包み、次は川へ向かう。
 水量は昨日と変わらない。流れは穏やかだが、油断は禁物。

(逃げ道を、先に潰す)

 石を投げる位置、影の向き。
 前世で培った「段取り」が、ここでも生きる。

 魚影が走る。
 逃げる方向を読んで、もう一つ石を落とす。水面が揺れ、進路が変わる。

 近づきすぎない。
 半歩、踏み出し、手首を返す。

「……とれた」

 小さな魚が、手の中で跳ねる。
 子どもたちの目が輝いた。

「一人一匹。無理に欲張らない」

 そう言って、すぐに次の動作に移る。
 成功の余韻に浸らない。集中を切らさない。

 孤児院に戻る途中、年上の孤児が口を開いた。

「……なんで、そんなに分かるんだ」

 敵意はない。ただの疑問だ。

「山と川は、嘘をつかないから」

 ウェイフはそう答えた。
 人は裏切る。都合で変わる。
 だが、自然は条件に正直だ。

 裏庭で火を起こす。
 昨日よりも手際が良い。火の勢いを見て、枝を足す。魚は串に刺し、芋は灰に入れる。

 匂いが立つと、自然に人が集まる。
 今日は、昨日より少し多い。

「……分ける?」

 誰かが遠慮がちに言う。

「量は限られてる。小さく切る」

 昨日と同じ言葉。
 それが、安心につながる。

 魚をほぐし、芋を割る。
 均等に。偏らないように。

「ありがとう」

 小さな声が、あちこちから聞こえた。

 ウェイフは頷くだけで、何も言わない。
 礼を受け取ると、立場が変わる。期待が生まれる。
 今は、ただ続けることが大切だった。

 少し離れたところで、大人が見ている。
 今日は、視線が長い。

(……来るな)

 内心でそう思いながら、手を止めない。
 関われば、ろくなことにならない。

 午後、年上の孤児が再び近づいてきた。

「……明日、教えてくれ」

 声は低く、視線は逸らされている。

「条件がある」

 ウェイフは、静かに言った。

「勝手な行動をしない。
 欲張らない。
 誰かを置いていかない」

 一つずつ、区切って伝える。

「守れないなら、来ない」

 年上の孤児は、しばらく黙ってから頷いた。

「……分かった」

 それでいい。
 約束は、言葉より行動で確かめる。

 夕方、空が少し曇った。
 ウェイフは、明日の天気を頭の中で組み直す。

(雨なら、川はやめる。
 山も、低いところだけ)

 計画を立てることは、安心につながる。
 前世で身につけた癖が、今は命を守っていた。

 夜。
 寝台に横になり、ウェイフは考える。

(……魔法を使えば、楽だ)

 魚を呼び寄せることも、芋を育てることも、できる。
 治癒だって、空腹だって。

 でも、思い出す。
 あの視線。
 あの言葉。

(……使わない)

 ここでは、使わない。
 知恵と工夫で、生きる。

 天井のひび割れを見つめながら、ウェイフは静かに息を吐いた。

(山と川は、裏切らない)

 だから、明日も行く。
 それが、今の最善で、唯一の選択だった。

 外で、誰かの寝息が聞こえる。
 争いの音は、今日はない。

 ウェイフは目を閉じた。
 生き残るための道が、少しずつ、形になっていくのを感じながら。
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