『選ばれなかった孤児は、同じ時間を生きることを選んだ』

鷹 綾

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第4話 孤児たちの、中心に立つということ

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第4話 孤児たちの、中心に立つということ

 朝の空気は、前日よりもさらに重たかった。
 雲が低く垂れ込み、湿った匂いが地面に溜まっている。ウェイフは裏庭に出て、風の向きと雲の流れを確認した。

(今日は……山はやめる)

 判断は早いほうがいい。
 雨が来れば、斜面は滑り、川は急に増水する。昨日までと同じやり方を繰り返すのは、賢い選択ではない。

「今日は、裏の林まで」

 集まってきた子どもたちに、短く告げる。

「芋は掘らない。木の実と、落ちてる枝を集める」

 不満の声は出なかった。
 ここ数日で、ウェイフの言葉は「結果を出す指示」だと、子どもたちが学び始めていたからだ。

 林は、山ほど危険ではない。
 だが、油断はできない。枯れ枝の下に、虫や蛇が潜んでいることもある。

「一人で奥に行かない。
 見えなくなったら、戻る」

 年上の孤児が、黙って頷く。
 以前のような、挑むような視線はない。

 地面に落ちた木の実を拾い、食べられるものとそうでないものを分ける。
 色、匂い、殻の硬さ。判断基準は、すでに共有されていた。

「これは、だめ?」

 小さな子が、茶色い実を差し出す。

「だめ。去年、食べて具合悪くなった」

 理由を添えると、子は素直に引っ込めた。
 禁止ではなく、経験を伝える。それだけで、理解は早い。

 孤児院に戻ると、いつもより人が多かった。
 昨日までは、距離を取っていた子たちが、遠巻きに様子をうかがっている。

「……あのさ」

 声をかけてきたのは、少し年上の少女だった。
 これまで、ウェイフを無視する側にいた子だ。

「今日……分けてもらえる?」

 その声には、強がりも嘲りもない。
 ただ、困っている。

「量は多くない」

 ウェイフは事実だけを告げる。

「それでもいい」

 少女は、即座に頷いた。

 火を起こし、集めた木の実を煎る。
 枝を燃やし、煙を抑える。匂いが強くなりすぎないよう、火加減に気を配る。

 少しずつ、子どもたちが集まってくる。

 誰が言い出したわけでもない。
 自然に、輪ができていた。

 年上の孤児が、声を低くして言う。

「……昨日まで、あいつらが来ると、揉めてた」

 ウェイフは、火を見つめたまま答える。

「空腹だと、余裕がなくなる」

「……そうだな」

 理解が、共有された。

 配分は、均等。
 誰かを優遇しない。誰かを外さない。

 食べ終えたあと、妙な沈黙が訪れた。
 居心地の悪さではない。次にどう動くか、皆が待っている。

「……明日は?」

 誰かが聞いた。

「天気次第」

 ウェイフは、いつもの答えを返す。

「雨なら、ここ。
 晴れたら、山」

 それだけで、十分だった。

 午後、大人の一人が近づいてきた。
 これまで、完全に無関心だった人物だ。

「……最近、静かだな」

 独り言のような声。

「子どもが、揉めていない」

 ウェイフは、視線を上げなかった。
 答える義務はない。

「……まあ、いい」

 大人は、それ以上踏み込まず、去っていった。

(……干渉されないのが、一番いい)

 前世の記憶が、そう告げる。
 注目は、リスクだ。

 夕方、年上の孤児が再び近づいてきた。

「……俺、明日も行く」

「条件は?」

「勝手なことしない。
 欲張らない。
 置いていかない」

 きちんと覚えている。

「それと」

 彼は、少し言いにくそうに続けた。

「……文句、言わない」

 ウェイフは、ほんの一瞬だけ相手を見た。

「いい」

 それだけで、話は終わった。

 夜。
 寝台に横になり、ウェイフは天井を見る。

(……中心、か)

 誰かの前に立つつもりはなかった。
 ただ、生き残るために動いただけだ。

 でも、結果として――
 人が集まり、言葉を待ち、判断を委ねてくる。

(責任が、生まれる)

 前世の記憶が、静かに警告する。

 中心に立つということは、
 守るべきものが増えるということだ。

 逃げにくくなる。
 失敗すれば、影響は大きい。

(……それでも)

 ウェイフは、目を閉じる。

(今は、ここに立つしかない)

 孤児たちが、今日、無事に眠れる。
 それだけで、選ぶ理由は十分だった。

 外で、雨の音がし始める。
 屋根を叩く、一定のリズム。

 明日は、林だ。

 ウェイフはそう決めて、静かに眠りについた。
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