5 / 40
第5話 大人たちの視線と、静かな違和感
しおりを挟む
第5話 大人たちの視線と、静かな違和感
朝の鐘が鳴ったあと、孤児院はいつもより騒がしかった。
理由は簡単だ。支援の荷が届いた日だった。
裏門の向こうから、木箱を積んだ馬車が入ってくる。箱の側面には、見慣れない紋章。立派な刻印だ。子どもたちは遠巻きにそれを眺め、ざわめいた。
「今日は……増えるかな」
誰かが、期待を込めて呟く。
ウェイフは、視線を落としたまま、答えなかった。
(増えない)
根拠は、経験だ。
荷が来ても、食事の量は変わらない。むしろ、減る日さえある。
大人たちは箱を受け取り、数を確かめ、奥へ運び込む。
子どもたちの前では、決して開けない。
(……おかしい)
前世の記憶が、静かに警告を鳴らす。
物資の管理。帳簿。配分。
どれも、見えないところでこそ、差が出る。
朝の粥は、いつも通り薄かった。
器の底が透け、米粒は数えられるほど。
「ねえ、箱が来たのに……」
小さな声が、隣から聞こえる。
「静かに」
ウェイフは、短く言った。
今は、騒ぐ場面じゃない。
食事が終わると、子どもたちは自然と裏庭に集まった。
今日は雨が残り、山にも林にも行けない。
「今日は、ここ」
ウェイフは、簡単に指示を出す。
「枝を乾かす。
昨日拾った実を、選別する」
作業は地味だが、無駄じゃない。
備えは、空腹を一日延ばす。
その様子を、建物の影から大人が見ていた。
視線は、いつもより鋭い。
(……目立ってきた)
ウェイフは、内心でそう判断する。
人が集まる。秩序ができる。
それは、大人にとって都合が悪い。
昼前、年上の孤児が近づいてきた。
「……さっき、聞いた」
「なにを」
「箱の中、干し肉があったって」
ウェイフは、手を止めなかった。
「誰が言ってた」
「……厨房の奥で、見たって」
情報源は曖昧だが、否定もできない。
(干し肉があって、この量?)
計算が合わない。
前世の感覚が、はっきりと赤信号を出す。
「……だから、静かに」
ウェイフは、周囲に聞こえない声で言った。
「今は、集める。
数を、見る」
年上の孤児は、頷いた。
理解が早いのは、現実を知っているからだ。
午後、大人の一人が、子どもたちの輪に割って入った。
「最近、勝手なことをしているな」
低い声。
責めるようでいて、決定的な言葉はない。
「危ない場所に行くな。
余計なことをするな」
ウェイフは、顔を上げる。
「危ないことは、していません」
事実だけを返す。
「……口答えか?」
「いいえ」
否定も、肯定もしない。
前世で学んだ、最も安全な返答だ。
大人は、舌打ちし、去っていった。
(……来る)
干渉が、強くなる。
夕方、箱が再び動いた。
今度は、裏門から外へ。
馬車に積まれ、布で覆われる。
(……出す?)
孤児院の外へ?
子どもたちのための支援が?
胸の奥が、冷たくなる。
年上の孤児が、歯を食いしばった。
「……持ってく」
短い言葉に、怒りが滲む。
「だめ」
ウェイフは、即座に止めた。
「今、行っても、意味がない」
「じゃあ、どうする」
問いは、重い。
「……記憶する」
ウェイフは、馬車の動きを目で追う。
「いつ。
どこへ。
誰が」
それだけで、十分だ。
夜。
寝台に横になり、ウェイフは天井を見つめる。
(これは……ただの貧しさじゃない)
奪われている。
組織的に。
(前世なら……告発?)
すぐに、否定する。
ここには、守ってくれる仕組みがない。
(今は、力を溜める)
集団。
信頼。
事実。
それらが揃わなければ、声は届かない。
隣の寝台で、誰かが咳き込む。
乾いた音だ。
(……治せるのに)
一瞬、魔法の感覚が、指先に浮かぶ。
すぐに、引っ込める。
(だめ。まだ)
今、使えば――
狙われる。
ウェイフは、深く息を吐いた。
(大人たちは、見ている)
だが、こちらも見ている。
静かに。
確実に。
夜の闇の中で、孤児院は眠りにつく。
その奥で、いくつもの“数字”が、歪んでいることを、
まだ誰も、知らない。
朝の鐘が鳴ったあと、孤児院はいつもより騒がしかった。
理由は簡単だ。支援の荷が届いた日だった。
裏門の向こうから、木箱を積んだ馬車が入ってくる。箱の側面には、見慣れない紋章。立派な刻印だ。子どもたちは遠巻きにそれを眺め、ざわめいた。
「今日は……増えるかな」
誰かが、期待を込めて呟く。
ウェイフは、視線を落としたまま、答えなかった。
(増えない)
根拠は、経験だ。
荷が来ても、食事の量は変わらない。むしろ、減る日さえある。
大人たちは箱を受け取り、数を確かめ、奥へ運び込む。
子どもたちの前では、決して開けない。
(……おかしい)
前世の記憶が、静かに警告を鳴らす。
物資の管理。帳簿。配分。
どれも、見えないところでこそ、差が出る。
朝の粥は、いつも通り薄かった。
器の底が透け、米粒は数えられるほど。
「ねえ、箱が来たのに……」
小さな声が、隣から聞こえる。
「静かに」
ウェイフは、短く言った。
今は、騒ぐ場面じゃない。
食事が終わると、子どもたちは自然と裏庭に集まった。
今日は雨が残り、山にも林にも行けない。
「今日は、ここ」
ウェイフは、簡単に指示を出す。
「枝を乾かす。
昨日拾った実を、選別する」
作業は地味だが、無駄じゃない。
備えは、空腹を一日延ばす。
その様子を、建物の影から大人が見ていた。
視線は、いつもより鋭い。
(……目立ってきた)
ウェイフは、内心でそう判断する。
人が集まる。秩序ができる。
それは、大人にとって都合が悪い。
昼前、年上の孤児が近づいてきた。
「……さっき、聞いた」
「なにを」
「箱の中、干し肉があったって」
ウェイフは、手を止めなかった。
「誰が言ってた」
「……厨房の奥で、見たって」
情報源は曖昧だが、否定もできない。
(干し肉があって、この量?)
計算が合わない。
前世の感覚が、はっきりと赤信号を出す。
「……だから、静かに」
ウェイフは、周囲に聞こえない声で言った。
「今は、集める。
数を、見る」
年上の孤児は、頷いた。
理解が早いのは、現実を知っているからだ。
午後、大人の一人が、子どもたちの輪に割って入った。
「最近、勝手なことをしているな」
低い声。
責めるようでいて、決定的な言葉はない。
「危ない場所に行くな。
余計なことをするな」
ウェイフは、顔を上げる。
「危ないことは、していません」
事実だけを返す。
「……口答えか?」
「いいえ」
否定も、肯定もしない。
前世で学んだ、最も安全な返答だ。
大人は、舌打ちし、去っていった。
(……来る)
干渉が、強くなる。
夕方、箱が再び動いた。
今度は、裏門から外へ。
馬車に積まれ、布で覆われる。
(……出す?)
孤児院の外へ?
子どもたちのための支援が?
胸の奥が、冷たくなる。
年上の孤児が、歯を食いしばった。
「……持ってく」
短い言葉に、怒りが滲む。
「だめ」
ウェイフは、即座に止めた。
「今、行っても、意味がない」
「じゃあ、どうする」
問いは、重い。
「……記憶する」
ウェイフは、馬車の動きを目で追う。
「いつ。
どこへ。
誰が」
それだけで、十分だ。
夜。
寝台に横になり、ウェイフは天井を見つめる。
(これは……ただの貧しさじゃない)
奪われている。
組織的に。
(前世なら……告発?)
すぐに、否定する。
ここには、守ってくれる仕組みがない。
(今は、力を溜める)
集団。
信頼。
事実。
それらが揃わなければ、声は届かない。
隣の寝台で、誰かが咳き込む。
乾いた音だ。
(……治せるのに)
一瞬、魔法の感覚が、指先に浮かぶ。
すぐに、引っ込める。
(だめ。まだ)
今、使えば――
狙われる。
ウェイフは、深く息を吐いた。
(大人たちは、見ている)
だが、こちらも見ている。
静かに。
確実に。
夜の闇の中で、孤児院は眠りにつく。
その奥で、いくつもの“数字”が、歪んでいることを、
まだ誰も、知らない。
7
あなたにおすすめの小説
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?
山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる