『選ばれなかった孤児は、同じ時間を生きることを選んだ』

鷹 綾

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第5話 大人たちの視線と、静かな違和感

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第5話 大人たちの視線と、静かな違和感

 朝の鐘が鳴ったあと、孤児院はいつもより騒がしかった。
 理由は簡単だ。支援の荷が届いた日だった。

 裏門の向こうから、木箱を積んだ馬車が入ってくる。箱の側面には、見慣れない紋章。立派な刻印だ。子どもたちは遠巻きにそれを眺め、ざわめいた。

「今日は……増えるかな」

 誰かが、期待を込めて呟く。
 ウェイフは、視線を落としたまま、答えなかった。

(増えない)

 根拠は、経験だ。
 荷が来ても、食事の量は変わらない。むしろ、減る日さえある。

 大人たちは箱を受け取り、数を確かめ、奥へ運び込む。
 子どもたちの前では、決して開けない。

(……おかしい)

 前世の記憶が、静かに警告を鳴らす。
 物資の管理。帳簿。配分。
 どれも、見えないところでこそ、差が出る。

 朝の粥は、いつも通り薄かった。
 器の底が透け、米粒は数えられるほど。

「ねえ、箱が来たのに……」

 小さな声が、隣から聞こえる。

「静かに」

 ウェイフは、短く言った。
 今は、騒ぐ場面じゃない。

 食事が終わると、子どもたちは自然と裏庭に集まった。
 今日は雨が残り、山にも林にも行けない。

「今日は、ここ」

 ウェイフは、簡単に指示を出す。

「枝を乾かす。
 昨日拾った実を、選別する」

 作業は地味だが、無駄じゃない。
 備えは、空腹を一日延ばす。

 その様子を、建物の影から大人が見ていた。
 視線は、いつもより鋭い。

(……目立ってきた)

 ウェイフは、内心でそう判断する。
 人が集まる。秩序ができる。
 それは、大人にとって都合が悪い。

 昼前、年上の孤児が近づいてきた。

「……さっき、聞いた」

「なにを」

「箱の中、干し肉があったって」

 ウェイフは、手を止めなかった。

「誰が言ってた」

「……厨房の奥で、見たって」

 情報源は曖昧だが、否定もできない。

(干し肉があって、この量?)

 計算が合わない。
 前世の感覚が、はっきりと赤信号を出す。

「……だから、静かに」

 ウェイフは、周囲に聞こえない声で言った。

「今は、集める。
 数を、見る」

 年上の孤児は、頷いた。
 理解が早いのは、現実を知っているからだ。

 午後、大人の一人が、子どもたちの輪に割って入った。

「最近、勝手なことをしているな」

 低い声。
 責めるようでいて、決定的な言葉はない。

「危ない場所に行くな。
 余計なことをするな」

 ウェイフは、顔を上げる。

「危ないことは、していません」

 事実だけを返す。

「……口答えか?」

「いいえ」

 否定も、肯定もしない。
 前世で学んだ、最も安全な返答だ。

 大人は、舌打ちし、去っていった。

(……来る)

 干渉が、強くなる。

 夕方、箱が再び動いた。
 今度は、裏門から外へ。

 馬車に積まれ、布で覆われる。

(……出す?)

 孤児院の外へ?
 子どもたちのための支援が?

 胸の奥が、冷たくなる。

 年上の孤児が、歯を食いしばった。

「……持ってく」

 短い言葉に、怒りが滲む。

「だめ」

 ウェイフは、即座に止めた。

「今、行っても、意味がない」

「じゃあ、どうする」

 問いは、重い。

「……記憶する」

 ウェイフは、馬車の動きを目で追う。

「いつ。
 どこへ。
 誰が」

 それだけで、十分だ。

 夜。
 寝台に横になり、ウェイフは天井を見つめる。

(これは……ただの貧しさじゃない)

 奪われている。
 組織的に。

(前世なら……告発?)

 すぐに、否定する。
 ここには、守ってくれる仕組みがない。

(今は、力を溜める)

 集団。
 信頼。
 事実。

 それらが揃わなければ、声は届かない。

 隣の寝台で、誰かが咳き込む。
 乾いた音だ。

(……治せるのに)

 一瞬、魔法の感覚が、指先に浮かぶ。
 すぐに、引っ込める。

(だめ。まだ)

 今、使えば――
 狙われる。

 ウェイフは、深く息を吐いた。

(大人たちは、見ている)

 だが、こちらも見ている。

 静かに。
 確実に。

 夜の闇の中で、孤児院は眠りにつく。
 その奥で、いくつもの“数字”が、歪んでいることを、
 まだ誰も、知らない。
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