『選ばれなかった孤児は、同じ時間を生きることを選んだ』

鷹 綾

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第6話 孤児たちの、静かな決意

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第6話 孤児たちの、静かな決意

 雨は夜半に上がり、朝の空気は澄んでいた。
 ウェイフは裏庭に立ち、濡れた地面の匂いを吸い込む。土はまだ重い。だが、歩けないほどではない。今日は――短時間だけ、外に出られる。

「今日は、川の手前まで」

 集まった子どもたちに告げると、誰も文句を言わなかった。
 この数日で、ウェイフの言葉は「生き延びるための判断」だと、皆が理解している。

 歩き出す前、年上の孤児が一歩前に出た。

「……俺が、後ろを見る」

 言い切りの声。
 以前なら、勝手な主張に聞こえたかもしれない。今は違う。

「頼む」

 それだけで、役割は決まった。

 道はぬかるんでいる。
 転びやすい箇所を指で示し、避ける。危険は共有するほど、減る。

 川は昨夜の雨で少し増水していた。
 流れを見て、今日は捕らないと決める。

「今日は、拾うだけ」

 岸辺に流れ着いた小枝、折れた葦、乾き始めた流木。
 燃料は、命だ。

 作業は静かに進んだ。
 誰も走らない。誰も勝手に動かない。
 それは、規則ができたからではない。
 互いに、互いを守る必要があると、分かったからだ。

 戻る途中、誰かが言った。

「……ここ、静かだ」

 ウェイフは頷く。

「静かな場所は、嘘をつかない」

 人の声が多いところほど、危険は増える。
 前世の記憶が、確信に近い形でそう教えていた。

 孤児院に戻ると、裏門の脇に見慣れない足跡が残っていた。
 馬車の轍。昨日、箱が出て行った跡だ。

(……覚えておく)

 目で追い、位置を頭に刻む。
 証拠は、今はいらない。記憶でいい。

 火を起こし、拾った枝を乾かす。
 子どもたちは自然に分かれ、作業を始めた。

 誰かが命じたわけではない。
 けれど、輪はできていた。

「……これ、使える?」

 差し出された枝を受け取り、重さと湿りを確かめる。

「夕方なら」

 そう返すと、子は満足そうに頷いた。

 昼過ぎ、大人の視線が増えた。
 露骨ではない。だが、気配は濃い。

(……焦ってる)

 理由は明白だ。
 子どもたちが、勝手に動いている。
 しかも、揉めない。

 秩序は、管理者のものだと信じている人間にとって、
 それは不安の種になる。

 年上の孤児が、低い声で言った。

「……今朝、厨房の奥、見た」

 ウェイフは、手を止めない。

「なにが」

「干し肉。箱、三つ」

 胸の奥が、冷たくなる。

(数が、合わない)

 支援の箱は、五つ来たはずだ。
 出て行ったのは、二つ。
 残りが、子どもに回らない理由は――一つしかない。

「……怒るな」

 ウェイフは、短く言った。

「怒ると、見誤る」

 年上の孤児は、歯を食いしばり、頷いた。

 午後、さらに子どもが集まってきた。
 これまで距離を取っていた子も、輪の外に立っている。

「……入っていい?」

 その声に、誰かがウェイフを見る。

「いい」

 即答だった。

「条件は、同じ」

 それだけで、十分だった。

 輪は、広がる。
 だが、崩れない。

 夕方、火を囲み、少量の食事を分ける。
 量は少ない。だが、確実に行き渡る。

 食べ終えたあと、沈黙が落ちた。
 そして、年上の孤児が言った。

「……俺たち、どうする」

 問いは、重い。
 子どもたちの視線が、ウェイフに集まる。

 中心に立つということは、
 答えを求められるということだ。

 ウェイフは、少しだけ考えた。

「……今は、耐える」

 不満が出る前に、続ける。

「集める。
 覚える。
 人数を、守る」

 それは、戦いの宣言ではない。
 生存の方針だ。

「いつか、言う」

 ウェイフは、はっきりと言った。

「言える場所で。
 聞いてもらえる形で」

 前世の記憶が、確信として背中を押す。
 力のない告発は、消されるだけだ。

 夜。
 寝台に横になり、ウェイフは天井を見つめる。

(……私は、選んだ)

 中心に立たない選択も、あった。
 逃げる道も、あった。

(でも、ここで――)

 孤児たちの寝息が、静かに重なる。
 争いの音は、ない。

(……見捨てない)

 それは、誓いだった。

 魔法は、まだ使わない。
 怒りも、まだ出さない。

 ただ、守る。

 小さな輪を、確実に。

 外で、風が木々を揺らす。
 明日も、簡単ではない。

 それでも、
 孤児たちの中に、静かな決意が芽生え始めていた。

 ――ここは、もう、ただの寄せ集めではない。
 生き残るための、共同体になりつつあった。
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