『選ばれなかった孤児は、同じ時間を生きることを選んだ』

鷹 綾

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第7話 魔法は、救いだったはずなのに

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第7話 魔法は、救いだったはずなのに

 その夜、ウェイフは眠れなかった。
 孤児院の天井を見つめながら、胸の奥に沈んでいた記憶が、ゆっくりと浮かび上がってくるのを感じていた。

 引き金は、夕方に見た光景だった。
 咳き込んでいた小さな子。
 痩せた肩。熱を帯びた額。

(……治せる)

 そう思った瞬間、指先がわずかに熱を持った。
 意識せずとも、身体が覚えている感覚。

(だめ)

 即座に、その感覚を押し殺す。
 ――使わないと、決めている。

 けれど、思い出は容赦なく続いた。

 ***

 両親が亡くなった日のことは、ひどく曖昧だ。
 泣いた記憶も、叫んだ記憶も、はっきりしない。ただ、世界が急に静かになった感覚だけが残っている。

 葬儀のあと、ウェイフは親戚の家に連れて行かれた。
 立派とは言えないが、孤児院よりはずっと整った家だった。

「しばらく、ここで暮らしなさい」

 そう言われたとき、安心したのを覚えている。
 子どもだったウェイフは、まだ、人に期待していた。

 最初の異変は、小さな出来事だった。

 転んで膝をすりむいた。
 血がにじみ、痛みで動けなくなった。

 そのとき――
 無意識に、手を当てた。

 暖かさ。
 染み込むような感覚。

 気がつくと、傷はふさがっていた。

「……?」

 自分でも、何が起きたのか分からなかった。
 ただ、痛みが消えていた。

 それを見た大人の顔が、今でも脳裏に焼き付いている。

 驚き。
 次に、戸惑い。
 そして――恐怖。

「……なにをしたの」

 声が、震えていた。

「わ、わからない……」

 正直に答えた。
 嘘をつく理由が、なかった。

 その日のうちに、家の空気は変わった。

 近づいてこない。
 触れようとしない。

 まるで、壊れ物か、得体の知れないものを見るような視線。

 数日後、風邪をひいた親戚の子が高熱を出した。
 大人たちは慌てふためき、薬を探し、祈るように看病した。

 ウェイフは、見ていられなかった。

(……助けられる)

 そう思った。
 思ってしまった。

 夜。
 誰にも見られないよう、そっと手を伸ばした。

 同じ感覚。
 同じ暖かさ。

 熱は下がり、呼吸は落ち着いた。

 ――その瞬間、灯りがついた。

「……なにをしているの!」

 叫び声。
 駆け寄る足音。

 次に浴びせられた言葉は、もう、はっきり覚えている。

「気味が悪い」
「化け物」
「この子は、普通じゃない」

 弁解する時間は、なかった。

「……無理だわ」
「うちでは、面倒を見きれない」

 そう言って、ウェイフは追い出された。

 荷物は、ほとんどなかった。
 説明も、なかった。

 ただ、「いないほうがいい存在」だと、はっきり示された。

 ***

 孤児院の天井が、再び視界に戻る。
 ウェイフは、ゆっくりと息を吐いた。

(……だから、使わない)

 魔法は、救いだったはずだ。
 少なくとも、自分にとっては。

 でも、人にとっては違った。

 理解できないものは、恐怖になる。
 恐怖は、排除につながる。

 前世の記憶が、冷静に結論を出す。

(守ってくれる大人がいない場所で、
 目立つ力を持つのは――致命的)

 孤児院には、味方はいない。
 あるのは、放置と管理だけだ。

 だから、魔法は封じる。
 必要とされる力ではなく、
 必要とされる行動を選ぶ。

 隣の寝台で、誰かが咳き込んだ。
 短く、苦しそうな音。

 ウェイフは、ぎゅっと目を閉じる。

(……今は、耐える)

 魔法は、切り札だ。
 切るなら、場所と時を選ばなければならない。

 朝になれば、また動く。
 食べ物を探し、皆をまとめ、余計な波風を立てない。

 それが、ここで生きるための最善だ。

 けれど――
 胸の奥で、消えない感情がある。

(……いつか)

 いつか、
 魔法を「化け物の証」ではなく、
 「自分の一部」だと認めてもいい場所へ。

 そのために、今は、力を隠す。

 ウェイフは、静かに身体を丸めた。
 眠りは浅い。
 それでも、目を閉じる。

 ――魔法は、傷になった。
 けれど同時に、それは、
 未来を変え得る力でもある。

 まだ、誰にも見せないだけだ。
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