24 / 40
第24話 静かな反撃の始まり
しおりを挟む
第24話 静かな反撃の始まり
噂は、形を変えながら広がっていく。
それは、音もなく降る霧のように、気づけば足元を覆っていた。
公爵邸の朝。
使用人たちの動きは変わらない。だが、報告の順番が微妙に前倒しになり、文面の言い回しが慎重になっている。
外から届く言葉が、刃を含み始めた証拠だった。
「……数が増えているな」
影武者の老人が、報告書を机に置いた。
そこには、町で囁かれる噂の断片が箇条書きにされている。
— 公爵家は後継に困っている
— 婚約者は孤児、白い結婚
— 実権はすでに失われた
どれも、半分は事実で、半分は悪意だ。
だからこそ、厄介だった。
「反論は?」
アバルトが尋ねる。
「今のところ、控えています。
下手に動けば、“効いている”と示すことになる」
「正しい判断だ」
ウェイフは、少し離れた席で、そのやり取りを聞いていた。
心は、不思議と落ち着いている。
(……もう、怖くない)
噂は、自分を否定するためにある。
だが、ここでは――
否定される前提で、立っていていい。
「ウェイフ」
アバルトが、彼女を呼んだ。
「一つ、頼みがある」
「……何でしょう」
「君に、前に出てもらう」
影武者の老人が、眉を上げる。
「公に?」
「限定的にだ」
アバルトは、続ける。
「施療院への寄付と、視察。
名目は、婚約者の初仕事」
静かな一手。
反論でも、否定でもない。
(……噂に、別の物語を重ねる)
ウェイフは、すぐに理解した。
「私で、よろしいのですか」
「君がいい」
即答だった。
「白い結婚だとか、孤児だとか……
彼らは“弱さ”を想像している」
アバルトは、穏やかに言う。
「なら、想像と違う姿を見せればいい」
その言葉に、胸の奥が静かに熱くなる。
「……分かりました」
即座に頷いた。
施療院は、町の外れにあった。
古い建物だが、人の気配は濃い。
怪我人、病人、そして――
貧しさに追い込まれた者たち。
到着した馬車を見て、周囲がざわめく。
「公爵家の……?」
「隣の方が、婚約者らしい」
噂が、目の前で形になる。
ウェイフは、歩幅を一定に保ち、視線を柔らかく配る。
学んできた所作は、ここで“誇示”しないために使う。
「本日は、こちらをお届けに参りました」
差し出したのは、寄付金と物資。
だが、主役はそれではない。
「……それから」
院長に向かって、静かに言葉を続ける。
「差し支えなければ、
中を拝見しても?」
院内を歩き、患者に挨拶し、話を聞く。
質問は多くない。
だが、聞き逃さない。
噂を聞きつけた町の人々が、次第に集まり始める。
視線が、集中する。
「……孤児だって?」
「でも……落ち着いてる」
「貴族の娘みたいだ」
ウェイフは、誰かに見せるために動いているわけではない。
だが、見られることを恐れていない。
それだけで、噂は揺らぐ。
帰りの馬車の中、影武者の老人が低く笑った。
「……効いたな」
「否定はしていません」
ウェイフが答える。
「していないから、効いた」
老人は、満足そうだ。
公爵邸に戻ると、報告が入った。
「施療院での様子が、
“思ったより普通だった”と話題になっています」
普通。
それは、噂にとって最も不都合な言葉だ。
「よし」
アバルトは、短く言った。
「これでいい。
次は、もう一段、静かに」
夜、ウェイフは書庫で帳面を開いた。
今日の反応。
視線の変化。
言葉の端々。
(……反撃は、声を上げることじゃない)
存在し続けることだ。
孤児だった過去も、
白い結婚という選択も、
すべてを抱えたまま、前に出る。
それ自体が、噂への反証になる。
灯りを落とす前、ウェイフは小さく息を吐いた。
(……始まった)
これは、派手な逆転劇ではない。
だが、確実に――
静かな反撃が、動き出していた。
噂は、形を変えながら広がっていく。
それは、音もなく降る霧のように、気づけば足元を覆っていた。
公爵邸の朝。
使用人たちの動きは変わらない。だが、報告の順番が微妙に前倒しになり、文面の言い回しが慎重になっている。
外から届く言葉が、刃を含み始めた証拠だった。
「……数が増えているな」
影武者の老人が、報告書を机に置いた。
そこには、町で囁かれる噂の断片が箇条書きにされている。
— 公爵家は後継に困っている
— 婚約者は孤児、白い結婚
— 実権はすでに失われた
どれも、半分は事実で、半分は悪意だ。
だからこそ、厄介だった。
「反論は?」
アバルトが尋ねる。
「今のところ、控えています。
下手に動けば、“効いている”と示すことになる」
「正しい判断だ」
ウェイフは、少し離れた席で、そのやり取りを聞いていた。
心は、不思議と落ち着いている。
(……もう、怖くない)
噂は、自分を否定するためにある。
だが、ここでは――
否定される前提で、立っていていい。
「ウェイフ」
アバルトが、彼女を呼んだ。
「一つ、頼みがある」
「……何でしょう」
「君に、前に出てもらう」
影武者の老人が、眉を上げる。
「公に?」
「限定的にだ」
アバルトは、続ける。
「施療院への寄付と、視察。
名目は、婚約者の初仕事」
静かな一手。
反論でも、否定でもない。
(……噂に、別の物語を重ねる)
ウェイフは、すぐに理解した。
「私で、よろしいのですか」
「君がいい」
即答だった。
「白い結婚だとか、孤児だとか……
彼らは“弱さ”を想像している」
アバルトは、穏やかに言う。
「なら、想像と違う姿を見せればいい」
その言葉に、胸の奥が静かに熱くなる。
「……分かりました」
即座に頷いた。
施療院は、町の外れにあった。
古い建物だが、人の気配は濃い。
怪我人、病人、そして――
貧しさに追い込まれた者たち。
到着した馬車を見て、周囲がざわめく。
「公爵家の……?」
「隣の方が、婚約者らしい」
噂が、目の前で形になる。
ウェイフは、歩幅を一定に保ち、視線を柔らかく配る。
学んできた所作は、ここで“誇示”しないために使う。
「本日は、こちらをお届けに参りました」
差し出したのは、寄付金と物資。
だが、主役はそれではない。
「……それから」
院長に向かって、静かに言葉を続ける。
「差し支えなければ、
中を拝見しても?」
院内を歩き、患者に挨拶し、話を聞く。
質問は多くない。
だが、聞き逃さない。
噂を聞きつけた町の人々が、次第に集まり始める。
視線が、集中する。
「……孤児だって?」
「でも……落ち着いてる」
「貴族の娘みたいだ」
ウェイフは、誰かに見せるために動いているわけではない。
だが、見られることを恐れていない。
それだけで、噂は揺らぐ。
帰りの馬車の中、影武者の老人が低く笑った。
「……効いたな」
「否定はしていません」
ウェイフが答える。
「していないから、効いた」
老人は、満足そうだ。
公爵邸に戻ると、報告が入った。
「施療院での様子が、
“思ったより普通だった”と話題になっています」
普通。
それは、噂にとって最も不都合な言葉だ。
「よし」
アバルトは、短く言った。
「これでいい。
次は、もう一段、静かに」
夜、ウェイフは書庫で帳面を開いた。
今日の反応。
視線の変化。
言葉の端々。
(……反撃は、声を上げることじゃない)
存在し続けることだ。
孤児だった過去も、
白い結婚という選択も、
すべてを抱えたまま、前に出る。
それ自体が、噂への反証になる。
灯りを落とす前、ウェイフは小さく息を吐いた。
(……始まった)
これは、派手な逆転劇ではない。
だが、確実に――
静かな反撃が、動き出していた。
21
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
幼馴染に振られたので薬学魔法士目指す
MIRICO
恋愛
オレリアは幼馴染に失恋したのを機に、薬学魔法士になるため、都の学院に通うことにした。
卒院の単位取得のために王宮の薬学研究所で働くことになったが、幼馴染が騎士として働いていた。しかも、幼馴染の恋人も侍女として王宮にいる。
二人が一緒にいるのを見るのはつらい。しかし、幼馴染はオレリアをやたら構ってくる。そのせいか、恋人同士を邪魔する嫌な女と噂された。その上、オレリアが案内した植物園で、相手の子が怪我をしてしまい、殺そうとしたまで言われてしまう。
私は何もしていないのに。
そんなオレリアを助けてくれたのは、ボサボサ頭と髭面の、薬学研究所の局長。実は王の甥で、第二継承権を持った、美丈夫で、女性たちから大人気と言われる人だった。
ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。
お返事ネタバレになりそうなので、申し訳ありませんが控えさせていただきます。
ちゃんと読んでおります。ありがとうございます。
婚約者を奪った妹と縁を切り、辺境領を継いだら勇者一行がついてきました
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる