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第33話 選ばれなかった沈黙
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第33話 選ばれなかった沈黙
失われていく席の話が、町に染み渡るまで、そう時間はかからなかった。
声高に語られることはない。だが、人は敏感だ。
どこに行けば迎えられ、どこに行けば視線が逸らされるのか――その違いを、肌で感じ取る。
公爵邸の朝。
報告は、もはや噂の内容ではなく、「反応」の話に変わっていた。
「男爵家が主催予定だった茶会が、延期になりました」
「理由は?」
ウェイフが問い返す。
「“体調不良者が多いため”とのことですが……
招待状を受け取った側が、次々と辞退しています」
影武者の老人は、淡々と告げた。
延期。
それは、断られることを避けるための言葉だ。
だが、延期が重なれば、それはやがて――消滅になる。
「……静かですね」
ウェイフは、ぽつりと呟いた。
「騒がれないのが、一番きつい」
老人が、低く答える。
「非難されるうちは、まだ相手にされている。
だが、何も言われなくなったら――終わりだ」
アバルトは、黙って報告書に目を通している。
その横顔は、いつもと変わらない。
だが、ウェイフには分かる。
この沈黙が、決定的な段階に入ったことを。
昼前、町から戻った使用人が、少し迷うように報告した。
「……男爵家の前を通りましたが」
「何か?」
「出入りが、ほとんどありませんでした」
貴族の屋敷にとって、人の出入りは生命線だ。
来客、使者、商人。
それらが途絶えるということは、
社会から切り離されつつあるという意味でもある。
(……選ばれなかった)
ウェイフは、心の中でそう呟いた。
誰かが積極的に排除したわけではない。
ただ――
誰も、選ばなかった。
午後、書庫で帳面を整理していると、アバルトが声をかけてきた。
「……君は、どう思う」
視線を上げる。
「この沈黙についてだ」
ウェイフは、少し考えた。
「……残酷だと思います」
正直な言葉だった。
「責められるより、
存在しないように扱われる方が」
アバルトは、静かに頷く。
「だが、それを選ばせたのは、
彼ら自身だ」
断定ではない。
ただの、事実。
ウェイフは、窓の外を見る。
穏やかな空。
何も変わらない景色。
(……孤児院を出たときも、似ていた)
誰も引き止めず、
誰も見送らなかった。
ただ、
「いなくなった」という事実だけが残る。
その記憶が、胸の奥で静かに疼いた。
夕方、影武者の老人が、最後の報告を持ってきた。
「中央貴族会の名簿から、
男爵家の名前が、
“発言者欄”から消えた」
名簿から消えるわけではない。
だが、“声を持つ者”としては、扱われなくなる。
「……そうですか」
ウェイフは、短く答えた。
それ以上、言葉は出なかった。
夜、書庫で一人、帳面を閉じる。
今日の出来事を書くか迷い――
結局、何も書かなかった。
(……選ばれなかった沈黙)
それは、
怒りも、嘲笑も、正義感も伴わない。
ただ、
関心を失われるという結果。
ウェイフは、静かに息を吸い、吐いた。
(……私は)
選ばれなかった過去を、持っている。
だからこそ、
今、選ばれる側に立っても、
その重さを忘れない。
灯りを落とす前、
アバルトの言葉が、ふと蘇る。
「私は、君を縛らない」
選ばれることは、
縛られることとは違う。
それは、
責任を引き受けることだ。
ウェイフは、静かに目を閉じた。
沈黙は、終わりではない。
ただ、
選ばれなかった物語が、
そこで途切れただけ。
そして――
自分の物語は、
まだ、続いている。
失われていく席の話が、町に染み渡るまで、そう時間はかからなかった。
声高に語られることはない。だが、人は敏感だ。
どこに行けば迎えられ、どこに行けば視線が逸らされるのか――その違いを、肌で感じ取る。
公爵邸の朝。
報告は、もはや噂の内容ではなく、「反応」の話に変わっていた。
「男爵家が主催予定だった茶会が、延期になりました」
「理由は?」
ウェイフが問い返す。
「“体調不良者が多いため”とのことですが……
招待状を受け取った側が、次々と辞退しています」
影武者の老人は、淡々と告げた。
延期。
それは、断られることを避けるための言葉だ。
だが、延期が重なれば、それはやがて――消滅になる。
「……静かですね」
ウェイフは、ぽつりと呟いた。
「騒がれないのが、一番きつい」
老人が、低く答える。
「非難されるうちは、まだ相手にされている。
だが、何も言われなくなったら――終わりだ」
アバルトは、黙って報告書に目を通している。
その横顔は、いつもと変わらない。
だが、ウェイフには分かる。
この沈黙が、決定的な段階に入ったことを。
昼前、町から戻った使用人が、少し迷うように報告した。
「……男爵家の前を通りましたが」
「何か?」
「出入りが、ほとんどありませんでした」
貴族の屋敷にとって、人の出入りは生命線だ。
来客、使者、商人。
それらが途絶えるということは、
社会から切り離されつつあるという意味でもある。
(……選ばれなかった)
ウェイフは、心の中でそう呟いた。
誰かが積極的に排除したわけではない。
ただ――
誰も、選ばなかった。
午後、書庫で帳面を整理していると、アバルトが声をかけてきた。
「……君は、どう思う」
視線を上げる。
「この沈黙についてだ」
ウェイフは、少し考えた。
「……残酷だと思います」
正直な言葉だった。
「責められるより、
存在しないように扱われる方が」
アバルトは、静かに頷く。
「だが、それを選ばせたのは、
彼ら自身だ」
断定ではない。
ただの、事実。
ウェイフは、窓の外を見る。
穏やかな空。
何も変わらない景色。
(……孤児院を出たときも、似ていた)
誰も引き止めず、
誰も見送らなかった。
ただ、
「いなくなった」という事実だけが残る。
その記憶が、胸の奥で静かに疼いた。
夕方、影武者の老人が、最後の報告を持ってきた。
「中央貴族会の名簿から、
男爵家の名前が、
“発言者欄”から消えた」
名簿から消えるわけではない。
だが、“声を持つ者”としては、扱われなくなる。
「……そうですか」
ウェイフは、短く答えた。
それ以上、言葉は出なかった。
夜、書庫で一人、帳面を閉じる。
今日の出来事を書くか迷い――
結局、何も書かなかった。
(……選ばれなかった沈黙)
それは、
怒りも、嘲笑も、正義感も伴わない。
ただ、
関心を失われるという結果。
ウェイフは、静かに息を吸い、吐いた。
(……私は)
選ばれなかった過去を、持っている。
だからこそ、
今、選ばれる側に立っても、
その重さを忘れない。
灯りを落とす前、
アバルトの言葉が、ふと蘇る。
「私は、君を縛らない」
選ばれることは、
縛られることとは違う。
それは、
責任を引き受けることだ。
ウェイフは、静かに目を閉じた。
沈黙は、終わりではない。
ただ、
選ばれなかった物語が、
そこで途切れただけ。
そして――
自分の物語は、
まだ、続いている。
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