『選ばれなかった孤児は、同じ時間を生きることを選んだ』

鷹 綾

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第34話 白日のもとで

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第34話 白日のもとで

 沈黙は、いつまでも続くものではない。
 選ばれなかった声が消えていく一方で、残った空白は、やがて別の形で満たされる。

 公爵邸の朝。
 久しぶりに、報告の声が軽やかだった。

「中央貴族会より、正式な通達が届いています」

 影武者の老人が、封蝋を切られた文書を差し出す。
 アバルトが目を通し、短く息を吐いた。

「……公表、か」

「はい」

 老人は頷く。

「今回の一連の騒動について、
 “経緯と判断”をまとめた文書が、
 会として公開されるそうです」

 それは、予想されていた流れだった。
 だが、実際に言葉になると、重みが違う。

「……名前は?」

 ウェイフが、静かに尋ねる。

「出ません」

 即答だった。

「ただし」

 一拍置く。

「“孤児院への不当な調査行為”については、
 明確に問題視されています」

 ウェイフは、胸の奥で小さく息を吐いた。

(……そこだけは、逃がさない)

 誰が、とは書かれない。
 だが、何が悪かったかは、はっきりと示される。

 それは、断罪ではない。
 線引きだ。

 昼過ぎ、町からの報告が続く。

「公表文書の写しが、
 各所で読まれています」

「反応は?」

「……静かです」

 老人は、少しだけ表情を緩めた。

「“そうだったのか”という声が、多い」

 噂は、感情を煽る。
 だが、公式な言葉は、感情を冷ます。

 だからこそ、効く。

 午後、思いがけない来訪者があった。
 以前、社交会で問いを投げかけてきた貴族の一人だ。

「……ご無沙汰しております」

 以前の探るような視線は、ない。
 代わりに、慎重さがある。

「本日は……
 個人的に、お詫びを」

 ウェイフは、少し驚いた。

「詫びる必要は、ありません」

 そう答えると、相手は苦笑した。

「それでも、です」

 視線を下げる。

「……噂に、乗りました。
 確かめもせずに」

 その言葉は、短い。
 だが、これまで聞いた中で、最も誠実だった。

「今後は」

 貴族は、続ける。

「公爵家との距離を、
 きちんと測り直したい」

 距離。
 それは、支配でも服従でもない。

「……分かりました」

 ウェイフは、静かに答えた。

「こちらも、同じです」

 貴族は、深く頭を下げて去っていった。

 応接の間に残り、影武者の老人がぽつりと呟く。

「……白日のもと、だな」

「はい」

 ウェイフは、頷く。

「隠れていたものが、
 全部、表に出ました」

 夕方、アバルトが書斎で言った。

「これで、
 噂の話は終わりだ」

「……完全に、ですか」

「少なくとも、
 “武器”としては、な」

 噂は消えない。
 だが、使えなくなる。

 それが、一番の終わり方だった。

 夜、ウェイフは庭を歩いた。
 風が、葉を揺らす。

(……白日のもと)

 孤児だった過去も、
 白い結婚という選択も、
 そして、噂の嵐も。

 すべてが、
 隠されずに、ここにある。

 それでも、
 自分は立っている。

 立てている。

 ふと、足を止めると、アバルトが並んでいた。

「……静かだな」

「はい」

 夜の空気は、澄んでいる。

「君は」

 彼が、ゆっくりと続ける。

「この先、どうしたい」

 問いは、噂とは無関係だった。
 肩書きとも、立場とも。

 ウェイフは、少し考える。

「……まずは」

 微笑む。

「この家で、
 学びたいです」

「それから?」

「いつか、
 選ばれなかった人たちが、
 居場所を失わずに済むような――
 そんな仕組みを、知りたい」

 アバルトは、静かに頷いた。

「それは、
 簡単ではない」

「分かっています」

 即答だった。

「でも……
 白日のもとで、
 何もかも見たからこそ」

 逃げない。

 アバルトは、ほんの少し笑った。

「……君らしい」

 夜は、深まっていく。
 だが、それはもう、
 噂に怯える夜ではない。

 白日のもとで選び、
 白日のもとで進む。

 ウェイフは、静かに空を見上げた。

 影は、もう――
 背後にしか、残っていなかった。
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