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第32話 失われていく席
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第32話 失われていく席
中央貴族会の公式発表は、静かに、しかし確実に効いた。
それは雷鳴のような派手さはなく、夜明けの光のように逃げ場を残さない。
発表の要点は、簡潔だった。
――公爵家に関する一連の疑念は、事実無根である。
――調査により、禁忌に該当する行為は確認されなかった。
――虚偽の情報を流布し、混乱を招いた行為は、遺憾である。
名は出ない。
だが、それで十分だった。
名が出ないということは、
誰もが自分のことだと分かるということでもある。
公爵邸の朝。
報告は、これまでとは違う種類のものになっていた。
「男爵家が、社交会への招待を辞退しています」
「“都合が合わない”そうですが……
三件、続いています」
影武者の老人が、淡々と読み上げる。
ウェイフは、静かに頷いた。
(……始まった)
招待を辞退する、というのは、
断られたことを“自分から引いた”と装うための言葉だ。
「他には?」
「中央貴族会の会合で、
男爵家の発言が、ほとんど拾われていません」
それは、露骨な変化だった。
貴族社会において、
発言が記録されない、
賛同が得られない、
それは“存在していない”に等しい。
アバルトが、低く言う。
「席が、消え始めたな」
その表現は、的確だった。
地位を奪われるわけではない。
爵位も、財産も、そのままだ。
だが――
発言する席が、なくなる。
昼過ぎ、別の報告が入る。
「男爵家の娘が、
急に体調不良を理由に、
外出を控え始めています」
ウェイフは、わずかに目を伏せた。
(……外に出られない)
視線が集まる場所に、
もう立てない。
誰も責めない。
だが、誰も迎えない。
それが、貴族社会の冷たさだった。
午後、以前から付き合いのあった商会の代表が訪ねてきた。
彼は、慎重に言葉を選びながら切り出す。
「……公爵家との取引は、
今後も継続したい」
そして、続けた。
「ただし、
男爵家を経由していた分については、
見直しを……」
遠回しだが、はっきりしている。
男爵家が、
信用の中継点として使えなくなった。
アバルトは、静かに頷いた。
「妥当だ」
それ以上、何も言わない。
商会の代表が去ったあと、
影武者の老人が、ぽつりと呟いた。
「……一気に来るな」
「はい」
ウェイフは、静かに答える。
「でも、これは“罰”ではありません」
老人が、眉を上げる。
「選択の結果、です」
噂を信じ、
確かめず、
踏み越えて、
引き返さなかった。
その結果、
居場所が削られていく。
夕方、アバルトが書斎で言った。
「君は、どう感じている」
問いは、率直だった。
ウェイフは、少し考えてから答える。
「……正直に言えば」
一拍置く。
「同情は、ありません」
だが、と続ける。
「安堵も、ありません」
視線を、机に落とす。
「ただ……
こうなると、分かっていた、という感じです」
アバルトは、静かに頷いた。
「それが、現実だ」
夜、書庫で帳面を開きながら、ウェイフは思う。
(……失われていく席)
それは、
誰かに奪われるものではない。
自分で、少しずつ、
手放していくものだ。
品位を、
慎重さを、
距離感を。
それらを失った先に、
残る席はない。
窓の外、夜風が静かに吹く。
(……私は)
孤児院で、
居場所を失う怖さを、
知っている。
だからこそ、
他人の席が消えていく様子を、
歓喜では見ない。
ただ、
同じ過ちは繰り返さないと、
心に刻む。
帳面を閉じ、灯りを落とす。
失われていく席の向こうで、
新しい空白が生まれている。
次に問われるのは――
その空白を、
誰が、どんな形で埋めるのか。
ウェイフは、静かに息を吐いた。
それを決めるのは、
もう、噂ではない。
中央貴族会の公式発表は、静かに、しかし確実に効いた。
それは雷鳴のような派手さはなく、夜明けの光のように逃げ場を残さない。
発表の要点は、簡潔だった。
――公爵家に関する一連の疑念は、事実無根である。
――調査により、禁忌に該当する行為は確認されなかった。
――虚偽の情報を流布し、混乱を招いた行為は、遺憾である。
名は出ない。
だが、それで十分だった。
名が出ないということは、
誰もが自分のことだと分かるということでもある。
公爵邸の朝。
報告は、これまでとは違う種類のものになっていた。
「男爵家が、社交会への招待を辞退しています」
「“都合が合わない”そうですが……
三件、続いています」
影武者の老人が、淡々と読み上げる。
ウェイフは、静かに頷いた。
(……始まった)
招待を辞退する、というのは、
断られたことを“自分から引いた”と装うための言葉だ。
「他には?」
「中央貴族会の会合で、
男爵家の発言が、ほとんど拾われていません」
それは、露骨な変化だった。
貴族社会において、
発言が記録されない、
賛同が得られない、
それは“存在していない”に等しい。
アバルトが、低く言う。
「席が、消え始めたな」
その表現は、的確だった。
地位を奪われるわけではない。
爵位も、財産も、そのままだ。
だが――
発言する席が、なくなる。
昼過ぎ、別の報告が入る。
「男爵家の娘が、
急に体調不良を理由に、
外出を控え始めています」
ウェイフは、わずかに目を伏せた。
(……外に出られない)
視線が集まる場所に、
もう立てない。
誰も責めない。
だが、誰も迎えない。
それが、貴族社会の冷たさだった。
午後、以前から付き合いのあった商会の代表が訪ねてきた。
彼は、慎重に言葉を選びながら切り出す。
「……公爵家との取引は、
今後も継続したい」
そして、続けた。
「ただし、
男爵家を経由していた分については、
見直しを……」
遠回しだが、はっきりしている。
男爵家が、
信用の中継点として使えなくなった。
アバルトは、静かに頷いた。
「妥当だ」
それ以上、何も言わない。
商会の代表が去ったあと、
影武者の老人が、ぽつりと呟いた。
「……一気に来るな」
「はい」
ウェイフは、静かに答える。
「でも、これは“罰”ではありません」
老人が、眉を上げる。
「選択の結果、です」
噂を信じ、
確かめず、
踏み越えて、
引き返さなかった。
その結果、
居場所が削られていく。
夕方、アバルトが書斎で言った。
「君は、どう感じている」
問いは、率直だった。
ウェイフは、少し考えてから答える。
「……正直に言えば」
一拍置く。
「同情は、ありません」
だが、と続ける。
「安堵も、ありません」
視線を、机に落とす。
「ただ……
こうなると、分かっていた、という感じです」
アバルトは、静かに頷いた。
「それが、現実だ」
夜、書庫で帳面を開きながら、ウェイフは思う。
(……失われていく席)
それは、
誰かに奪われるものではない。
自分で、少しずつ、
手放していくものだ。
品位を、
慎重さを、
距離感を。
それらを失った先に、
残る席はない。
窓の外、夜風が静かに吹く。
(……私は)
孤児院で、
居場所を失う怖さを、
知っている。
だからこそ、
他人の席が消えていく様子を、
歓喜では見ない。
ただ、
同じ過ちは繰り返さないと、
心に刻む。
帳面を閉じ、灯りを落とす。
失われていく席の向こうで、
新しい空白が生まれている。
次に問われるのは――
その空白を、
誰が、どんな形で埋めるのか。
ウェイフは、静かに息を吐いた。
それを決めるのは、
もう、噂ではない。
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