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第31話 崩れた天秤
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第31話 崩れた天秤
調査団が去ってから一週間。
公爵邸の空気は、はっきりと変わっていた。
それは安堵ではない。
均衡が崩れたあとの静けさだった。
朝、影武者の老人が報告書を机に置く。
いつもなら淡々と読み上げる彼が、今日は一拍置いた。
「……中央貴族会が、動いた」
「どういう、動きですか」
ウェイフは静かに問い返す。
「調査結果を、“公にする”そうだ」
それは、想像以上に大きな意味を持つ。
水面下の疑念を、公式に否定する――
同時に、噂を流した側を白日の下に晒す行為だ。
「……責任の所在が、問われますね」
ウェイフの言葉に、老人は頷いた。
「そうだ。
これまでは“噂”だった。
だが、公式に否定された瞬間――
誰が噂を広めたのかが問題になる」
アバルトは、椅子に深く腰掛けたまま言った。
「天秤が、崩れたな」
その一言が、状況を的確に表していた。
これまで、噂を流す者たちは安全な位置にいた。
確証のない話を、曖昧な責任で投げ合う。
だが今、調査結果という“重り”が載せられた。
天秤は、もう誤魔化せない。
午後、次々と書簡が届く。
— 「誤解があったようだ」
— 「あの噂を信じたのは軽率だった」
— 「今後も良好な関係を……」
どれも似たような文面。
謝罪とも、保身とも取れる。
ウェイフは、それらを眺めながら小さく息を吐いた。
(……皆、同じ)
自分が間違っていたとは言わない。
ただ、「流れが悪かった」と言い換える。
「返事は?」
影武者の老人が尋ねる。
「必要ありません」
ウェイフは、静かに答えた。
「今、返せば――
“許された側”になります」
老人は、感心したように目を細めた。
「……分かってきたな」
夕方、意外な訪問者があった。
以前、共同事業を持ちかけてきた伯爵だ。
応接の間で向かい合うと、彼は深く頭を下げた。
「……先日の件、無礼があった」
はっきりとした謝罪だった。
「噂に流され、
公爵家を軽んじた」
その態度は、以前とは明らかに違う。
立場が、逆転している。
「用件は、それだけですか」
アバルトが淡々と問う。
「……いえ」
伯爵は、少し言い淀んでから続けた。
「中央貴族会では、
今回の件を“誰が主導したか”
問題視しています」
ウェイフの胸が、静かに冷える。
「……名前は?」
「まだ、公式ではありません。
ですが――」
一拍置く。
「男爵家と、
その周辺が有力だと」
ついに、矛先が定まった。
伯爵は、居心地悪そうに続ける。
「巻き添えになる者も、出るでしょう」
「それは」
ウェイフは、静かに言う。
「私が決めることではありません」
伯爵は、驚いたように顔を上げた。
「彼らが選んだ行動の結果です」
責めるでも、煽るでもない。
ただの、事実。
伯爵は、深く頭を下げて去っていった。
夜、書庫で一人、ウェイフは窓辺に立った。
月明かりが、静かに床を照らす。
(……天秤)
以前は、
貴族であるか、孤児であるか。
噂を信じる側か、信じられる側か。
その天秤に、
自分は常に軽い方として載せられていた。
だが今、
重さは――
事実に移った。
どれだけ多くの声があっても、
事実一つには勝てない。
アバルトの言葉が、ふと蘇る。
「私は、君を縛らない」
それは、
守られる代わりに沈黙する、という意味ではない。
自分の重さで、立て
そう言われていたのだ。
ウェイフは、静かに息を吸い、吐いた。
(……もう、戻らない)
噂に測られる側へは。
天秤は、崩れた。
そして今――
重さを誤魔化していた者たちが、
その下敷きになろうとしている。
灯りを落としながら、ウェイフは確信していた。
次に来るのは、
公式な断罪ではない。
もっと冷たく、
もっと避けられない――
“居場所を失う”という結末だ。
調査団が去ってから一週間。
公爵邸の空気は、はっきりと変わっていた。
それは安堵ではない。
均衡が崩れたあとの静けさだった。
朝、影武者の老人が報告書を机に置く。
いつもなら淡々と読み上げる彼が、今日は一拍置いた。
「……中央貴族会が、動いた」
「どういう、動きですか」
ウェイフは静かに問い返す。
「調査結果を、“公にする”そうだ」
それは、想像以上に大きな意味を持つ。
水面下の疑念を、公式に否定する――
同時に、噂を流した側を白日の下に晒す行為だ。
「……責任の所在が、問われますね」
ウェイフの言葉に、老人は頷いた。
「そうだ。
これまでは“噂”だった。
だが、公式に否定された瞬間――
誰が噂を広めたのかが問題になる」
アバルトは、椅子に深く腰掛けたまま言った。
「天秤が、崩れたな」
その一言が、状況を的確に表していた。
これまで、噂を流す者たちは安全な位置にいた。
確証のない話を、曖昧な責任で投げ合う。
だが今、調査結果という“重り”が載せられた。
天秤は、もう誤魔化せない。
午後、次々と書簡が届く。
— 「誤解があったようだ」
— 「あの噂を信じたのは軽率だった」
— 「今後も良好な関係を……」
どれも似たような文面。
謝罪とも、保身とも取れる。
ウェイフは、それらを眺めながら小さく息を吐いた。
(……皆、同じ)
自分が間違っていたとは言わない。
ただ、「流れが悪かった」と言い換える。
「返事は?」
影武者の老人が尋ねる。
「必要ありません」
ウェイフは、静かに答えた。
「今、返せば――
“許された側”になります」
老人は、感心したように目を細めた。
「……分かってきたな」
夕方、意外な訪問者があった。
以前、共同事業を持ちかけてきた伯爵だ。
応接の間で向かい合うと、彼は深く頭を下げた。
「……先日の件、無礼があった」
はっきりとした謝罪だった。
「噂に流され、
公爵家を軽んじた」
その態度は、以前とは明らかに違う。
立場が、逆転している。
「用件は、それだけですか」
アバルトが淡々と問う。
「……いえ」
伯爵は、少し言い淀んでから続けた。
「中央貴族会では、
今回の件を“誰が主導したか”
問題視しています」
ウェイフの胸が、静かに冷える。
「……名前は?」
「まだ、公式ではありません。
ですが――」
一拍置く。
「男爵家と、
その周辺が有力だと」
ついに、矛先が定まった。
伯爵は、居心地悪そうに続ける。
「巻き添えになる者も、出るでしょう」
「それは」
ウェイフは、静かに言う。
「私が決めることではありません」
伯爵は、驚いたように顔を上げた。
「彼らが選んだ行動の結果です」
責めるでも、煽るでもない。
ただの、事実。
伯爵は、深く頭を下げて去っていった。
夜、書庫で一人、ウェイフは窓辺に立った。
月明かりが、静かに床を照らす。
(……天秤)
以前は、
貴族であるか、孤児であるか。
噂を信じる側か、信じられる側か。
その天秤に、
自分は常に軽い方として載せられていた。
だが今、
重さは――
事実に移った。
どれだけ多くの声があっても、
事実一つには勝てない。
アバルトの言葉が、ふと蘇る。
「私は、君を縛らない」
それは、
守られる代わりに沈黙する、という意味ではない。
自分の重さで、立て
そう言われていたのだ。
ウェイフは、静かに息を吸い、吐いた。
(……もう、戻らない)
噂に測られる側へは。
天秤は、崩れた。
そして今――
重さを誤魔化していた者たちが、
その下敷きになろうとしている。
灯りを落としながら、ウェイフは確信していた。
次に来るのは、
公式な断罪ではない。
もっと冷たく、
もっと避けられない――
“居場所を失う”という結末だ。
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