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第30話 最後の悪あがき
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第30話 最後の悪あがき
男爵が去ってから三日。
公爵邸には、表向きの静けさが戻っていた。
だがそれは、落ち着きではない。
息を潜めた気配だ。
朝の回廊を歩きながら、ウェイフは感じていた。
使用人たちの動きが、ほんのわずかに慎重になっている。
報告の言葉選びが、いつも以上に整えられている。
(……来る)
確信に近い予感だった。
朝食後、影武者の老人が小さく咳払いをして言った。
「表で、妙な話が出回り始めた」
「どんな話ですか」
「公爵様の“呪い”についてだ」
空気が、一瞬で張り詰めた。
アバルトが、ゆっくりと視線を上げる。
「……内容は?」
「三百年生きている理由は、
婚約者が“怪しい術”で命を繋いでいるからだと」
あまりに短絡的で、悪意に満ちた話だった。
「……私が?」
ウェイフは、思わず確認する。
「そうだ」
老人は、低く頷いた。
「孤児院、白い結婚、
そして“正体不明の魔法”
全部を繋げて、
“公爵家は、禁忌に手を出している”と」
噂は、最後に必ず“恐怖”へ辿り着く。
アバルトは、静かに息を吐いた。
「……分かりやすいな」
「はい」
ウェイフも、同意した。
「追い詰められた人の、
典型的な作り話です」
影武者の老人が、苦笑する。
「孤児院に踏み込んだ時点で、
もう後がなかったんだろうな」
午後、正式な通達が届いた。
「中央貴族会より、
“公爵家の状況確認”のため、
調査官を派遣したいとのことです」
調査。
その言葉が意味するのは、
圧力だった。
「……来るか」
アバルトは、落ち着いた声で言った。
「拒否すれば?」
「“何かある”と、
彼らが喜ぶだけだ」
影武者の老人が補足する。
「受ければ、
彼らは“証拠”を探す」
どちらも、簡単ではない。
ウェイフは、静かに口を開いた。
「……受けましょう」
二人の視線が、彼女に向く。
「ただし」
一拍置いて続ける。
「すべて、公開の場で」
老人が、目を見開いた。
「正気か?」
「はい」
迷いはない。
「密室は、噂を育てます。
でも、人目のある場所なら――
嘘は、持ちません」
アバルトは、しばらく彼女を見つめてから、頷いた。
「……その通りだ」
調査当日。
公爵邸には、調査官三名と、立会人として数名の貴族が訪れた。
名目は穏やかだが、
視線は鋭く、探る色を隠していない。
「本日は、ご協力感謝いたします」
調査官が、形式的に頭を下げる。
「では、まず――」
質問は、遠回しだ。
「公爵様の長命について、
何か特別な処置を?」
「ない」
アバルトは、即答した。
「呪いだ。
私は、それを隠していない」
調査官が、少し眉を動かす。
「では、婚約者様は?」
来た、とウェイフは思った。
「私ですか」
静かに前に出る。
「私は、公爵様の命に、
一切、干渉していません」
「しかし……」
「確認されたいのであれば、
どうぞ」
手を差し出す。
「魔力測定でも、
医師の診察でも」
ざわめきが起こる。
調査官は、明らかに戸惑っていた。
ここまで、堂々と差し出されるとは、
想定していなかったのだ。
「……本当に、よろしいのですか」
「隠す理由が、ありません」
その場で簡易検査が行われた。
結果は――
異常なし。
“禁忌の痕跡”など、どこにもない。
立会人の貴族たちが、顔を見合わせる。
「……噂と、違うな」
「むしろ、
隠し立てがなさすぎる」
調査官は、最後に一つだけ尋ねた。
「婚約者様。
これほどの噂に晒されて、
不満はありませんか」
ウェイフは、少し考えてから答えた。
「あります」
空気が、緊張する。
「ですが」
穏やかに続ける。
「不満の矛先は、
公爵家ではありません」
視線を、調査官へ向ける。
「確かめもせず、
噂を信じた人たちです」
沈黙。
それ以上、質問は出なかった。
調査団が去ったあと、
公爵邸には、深い静けさが戻った。
「……これで、終わりだな」
影武者の老人が、ぽつりと呟く。
「はい」
ウェイフは、ゆっくりと息を吐いた。
「これ以上は、
“悪あがき”になります」
アバルトは、静かに微笑んだ。
「よく、耐えた」
「耐えただけです」
ウェイフは、首を振る。
「でも……
もう、耐える段階は終わりました」
夜、書庫で帳面を閉じながら、彼女は思う。
(……最後の悪あがき)
それは、
自分が正しかったと信じたい人たちの、
最終手段。
だが――
事実の前では、
どんな噂も、長くは立っていられない。
ウェイフは、静かに灯りを落とした。
夜は、確実に終わりに近づいている。
男爵が去ってから三日。
公爵邸には、表向きの静けさが戻っていた。
だがそれは、落ち着きではない。
息を潜めた気配だ。
朝の回廊を歩きながら、ウェイフは感じていた。
使用人たちの動きが、ほんのわずかに慎重になっている。
報告の言葉選びが、いつも以上に整えられている。
(……来る)
確信に近い予感だった。
朝食後、影武者の老人が小さく咳払いをして言った。
「表で、妙な話が出回り始めた」
「どんな話ですか」
「公爵様の“呪い”についてだ」
空気が、一瞬で張り詰めた。
アバルトが、ゆっくりと視線を上げる。
「……内容は?」
「三百年生きている理由は、
婚約者が“怪しい術”で命を繋いでいるからだと」
あまりに短絡的で、悪意に満ちた話だった。
「……私が?」
ウェイフは、思わず確認する。
「そうだ」
老人は、低く頷いた。
「孤児院、白い結婚、
そして“正体不明の魔法”
全部を繋げて、
“公爵家は、禁忌に手を出している”と」
噂は、最後に必ず“恐怖”へ辿り着く。
アバルトは、静かに息を吐いた。
「……分かりやすいな」
「はい」
ウェイフも、同意した。
「追い詰められた人の、
典型的な作り話です」
影武者の老人が、苦笑する。
「孤児院に踏み込んだ時点で、
もう後がなかったんだろうな」
午後、正式な通達が届いた。
「中央貴族会より、
“公爵家の状況確認”のため、
調査官を派遣したいとのことです」
調査。
その言葉が意味するのは、
圧力だった。
「……来るか」
アバルトは、落ち着いた声で言った。
「拒否すれば?」
「“何かある”と、
彼らが喜ぶだけだ」
影武者の老人が補足する。
「受ければ、
彼らは“証拠”を探す」
どちらも、簡単ではない。
ウェイフは、静かに口を開いた。
「……受けましょう」
二人の視線が、彼女に向く。
「ただし」
一拍置いて続ける。
「すべて、公開の場で」
老人が、目を見開いた。
「正気か?」
「はい」
迷いはない。
「密室は、噂を育てます。
でも、人目のある場所なら――
嘘は、持ちません」
アバルトは、しばらく彼女を見つめてから、頷いた。
「……その通りだ」
調査当日。
公爵邸には、調査官三名と、立会人として数名の貴族が訪れた。
名目は穏やかだが、
視線は鋭く、探る色を隠していない。
「本日は、ご協力感謝いたします」
調査官が、形式的に頭を下げる。
「では、まず――」
質問は、遠回しだ。
「公爵様の長命について、
何か特別な処置を?」
「ない」
アバルトは、即答した。
「呪いだ。
私は、それを隠していない」
調査官が、少し眉を動かす。
「では、婚約者様は?」
来た、とウェイフは思った。
「私ですか」
静かに前に出る。
「私は、公爵様の命に、
一切、干渉していません」
「しかし……」
「確認されたいのであれば、
どうぞ」
手を差し出す。
「魔力測定でも、
医師の診察でも」
ざわめきが起こる。
調査官は、明らかに戸惑っていた。
ここまで、堂々と差し出されるとは、
想定していなかったのだ。
「……本当に、よろしいのですか」
「隠す理由が、ありません」
その場で簡易検査が行われた。
結果は――
異常なし。
“禁忌の痕跡”など、どこにもない。
立会人の貴族たちが、顔を見合わせる。
「……噂と、違うな」
「むしろ、
隠し立てがなさすぎる」
調査官は、最後に一つだけ尋ねた。
「婚約者様。
これほどの噂に晒されて、
不満はありませんか」
ウェイフは、少し考えてから答えた。
「あります」
空気が、緊張する。
「ですが」
穏やかに続ける。
「不満の矛先は、
公爵家ではありません」
視線を、調査官へ向ける。
「確かめもせず、
噂を信じた人たちです」
沈黙。
それ以上、質問は出なかった。
調査団が去ったあと、
公爵邸には、深い静けさが戻った。
「……これで、終わりだな」
影武者の老人が、ぽつりと呟く。
「はい」
ウェイフは、ゆっくりと息を吐いた。
「これ以上は、
“悪あがき”になります」
アバルトは、静かに微笑んだ。
「よく、耐えた」
「耐えただけです」
ウェイフは、首を振る。
「でも……
もう、耐える段階は終わりました」
夜、書庫で帳面を閉じながら、彼女は思う。
(……最後の悪あがき)
それは、
自分が正しかったと信じたい人たちの、
最終手段。
だが――
事実の前では、
どんな噂も、長くは立っていられない。
ウェイフは、静かに灯りを落とした。
夜は、確実に終わりに近づいている。
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