【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない

ゆうきぼし/優輝星

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第一章:塩対応の同室騎士は言葉が足らない

3閉所恐怖症

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 その日の夕方僕は寮長に呼ばれ、そのまま反省室送りとなった。
 どうやら昼間に僕とやりあった相手がどっかの伯爵家の嫡男だったようだ。うちは貧乏子爵。順位は僕の方が下位だし先に手を出したほうが悪いとなったようだ。あのときサムが止めに入ってくれた為、大ごとにはならなかったものの、僕はあいつに手を出されなかった。手を出したのは僕一人となったのだ。
「……なんでこんなに狭いんだよ」
 狭いスペースに窓がなく毛布が一枚あるのみ。息が苦しい。嫌な予感がして、部屋を出る前に安定剤は飲んできたが、こんなに閉塞感があるならクスリは効かないかもしれない。
 暗闇の中にいるとあの時の恐怖を思い出す。せっかく乗り越えたと思っていたのに。
 幼い頃、身代金目当てに誘拐されたことがある。犯人はすぐに捕まったが僕は長い時間狭い木箱の中に閉じ込められていた。その事が引き金となり、狭く暗い場所はトラウマになってしまった。閉所恐怖症を引き起こしたのだ。ときおり発作を起こしてしまう。
「ヤバい。めまいがしてきた」
 手足が震えだす。学園長には伝えてあったのだが今日は不在らしい。ここ数年わりと飄々と生きてきた。なるべく気持ちを表に出さない様に。何かにのめり込まない様に。
「だけど……許せなかったんだ」
 サムを悪く言うなんて許せない。きっとサムは外見だけで皆に悪いイメージを持たれてたんじゃないのかな? 悪い奴じゃないのに。最近は無表情なりの変化に気づけるようになった。ちょっとした目の動きや動作で彼の考えがわかるのが嬉しい。
「明日の朝まで持つだろうか……サムに会いたいよ」

 どのくらい時間がたったのだろうか? 意識が朦朧として身体が震えていた。
 ガチャッという音と共に扉があくと誰かが入ってきた。
「アル? どうした? しっかりしろっ!」
「……っ! ……サ……ム?」

◇◆◇

 俺は医者から聞くまでアルベルトが閉所恐怖症だというのを知らなかった。
 たぶん、こいつの事だから聞けば話してくれたのだとは思う。
「だめだな俺は……」
 俺は公爵家の第一子だが、嫡男は弟だ。俺は側室の子なのだ。それでも最初のうちは跡取りなのだと厳格に育てられた。しかし正室に男子が産まれた途端に俺の立場は変わった。第一子ということで産まれてすぐに実の母と引き離されたせいか、俺は可愛げのない子供だったらしい。感情というものが乏しかったのだ。幼いころから無表情で淡々と言われた事をこなしていく俺に周りは一線をひいていた。そんな俺を父だけは見放さなかったらしい。父譲りの体格の良さや剣の腕を見込まれているようだ。それが義母の心を不安にさせた。遅くに出来た弟は病弱で俺が家督を継ぐのではないかと恐れているのだ。
 父から青い瞳を譲り受けた。しかし褐色の肌と髪の色は母親似らしい。
 義母はその目立つ俺の容姿が気に入らないようだ。忌まわしい目で見られるのが煩わしくて、この学園には俺の意思で入学した。
 体格が良すぎて一人部屋のベットでは俺の身体は入らず、規格外のベットを置くためにこの角部屋を使用している。そこのところは公爵家の力が働いていたのだろう。
 しかし、ここでも義母は俺に手を回してくるようになった。この数年何度か毒を盛られたり、寝込みを襲われたりしたのだ。もちろん返り討ちにしてやったが。
 だからなるべく同室の者とは顔を会わさないようにしていた。俺はあまり他人の感情というものがわからない。必要なければしゃべる必要も無いと思っていた。そのため、皆すぐに転室届をだして去っていく。俺にとってはどうでもいいことだった。

 だけど、アルベルトは違った。彼は初見からまっすぐに俺の目を見て話しかけてきた。その長いまつげに大きな瞳。揺れるような金髪に白い肌。そしてほころぶように俺に向かって微笑んだのだ。自己紹介をされたというのに俺は返事をすることもできなかった。
 何か言わなきゃと思えば思う程何を言っていいのかわからない。ずいぶん時間がたってからやっとの思いで俺は自分の名前を告げた。
「サム?」
 呼びかけられて鼓動が跳ねた。どんな顔をすればいいのかわからず部屋を飛び出したほどだ。
 同じ部屋に自分以外の人間がいることをこれほど意識したことはない。
 例え相手が俺に放たれた刺客だったとしてもだ。格闘技において俺は自分の腕に自信があった。護身術に関してもそうだ。そういう相手は俺に対して一定の緊張感を持つ。だからすぐに返り討ちにあわすのだが……アルベルトはいつも穏やかで鼻歌混じりに楽しそうなのだ。まるでこの部屋にこれたのが幸せだというように。
 ある日、俺が部屋をあけている時にアルベルトが俺のベットに乗っていた。
 俺は失望した。とうとう動き出したかと。俺に何かを仕掛けてきたのかと思った。アルベルトなら信頼できるかと思い始めていただけにかなり残念だった。
「何をしているんだ!」
 腹の底から怒りがわいた声が出た。しかし拍子抜けするような答えが戻ってきた。
「へ? 新しいシーツに替えてるんだよ」
「余計なことはするなっ」
 この期に及んでごまかすのか? 思わず掴んだその腕は白く、俺が掴んだ箇所が赤くなってしまった。まさかこれぐらいで痕が付くなんて。思わずすまんと謝ってしまった。
 しかし「悪い。今度からは声をかけてからするよ」と言われて本人は気にしてないようだったから、気まずくなって畳みかけるように言ってしまった。
「する必要はない!」

 なんだ? 本当にシーツを替えてただけなのか? 何故他人のシーツまで替える必要があるのか?
 疑問に思いつつ睨み続けていると今度からは自分でシーツを替えろ。でも当日中にしなければ僕がすると言い出した。何故そうまでして俺にかまうのだ? 何か魂胆があるんじゃないのか? 学園では一部の者にしか俺が公爵家の人間だとは教えていない。要らぬ思惑をもった取り巻き連中に囲まれるのが鬱陶しいからだ。
 怪訝に感じていると今度は人間なんだから自分と話をしろと言い出した。この俺にだ。誰一人として怖がって父以外に俺に命令口調で話したものなどいなかったというのに。挙句の果てには自分にはテレパシーがないのやら相棒やら友達になりたいと言い出した。
 こいつの頭の中はどうなっているのだろう。不思議と興味がわいた。アルベルトは見た目の外見だけでなく中身も素直で面白そうだ。彼といると飽きない。俺はいつしか彼といる空間が心地よく感じるようになっていた。

 そんなある日、珍しくアルベルトが廊下で声をあげていた。
「サムを馬鹿にするな!」
 俺のことで喧嘩だと? 何故だ? 自分のことじゃないのに何故俺を庇うんだ? しかも相手は伯爵の子だ。相手がアルベルトを掴む前に止めに入った。抱えたアルベルトの身体は細身だが引き締まっていた。触れた髪は思ってたよりも柔らかく絹のようだった。
 そうか。俺はアルベルトを誰にも触らせたくなかったんだ。
 だから、俺が目を離した隙に寮長に連れていかれたと知った時は怒り狂ったのだった。
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