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第十話 悪役令嬢も現れました
しおりを挟むヒロインのステラといい、悪役令嬢のパトリシア様といい、何故、みんな今日のこのタイミングなの。
(私の邪魔をしないで欲しい……)
「それで? パトリシア。君は今日は何をしに来たんだ?」
「何を、ですって?」
ヴィンセント様のその問いにパトリシア様がギロッと私を睨む。
「決まっているでしょう!? 本格的に“花嫁探し”が始まったヴィンセント様の元に女狐が2匹も訪ねて来たと聞いてわたくしが大人しく黙っていられるとでも思っていて!?」
「は?」
「……めぎつね」
ヴィンセント様もポカンとしている。
まさか、前世もあわせた数十年の人生の中で、自分が女狐扱いされる日が来るなんて思いもしなかった。
「それも、1匹でも許せないのにまさかの2匹!」
そう言ってパトリシア様は再び私を睨む。
「1匹目の女狐は先程、屋敷に入ることなく逃げ帰ったようですけど、何とこちらの女狐は図々しくも屋敷に入り込んでますわ!! 許せません!」
何故、パトリシア様の許可が必要なのか……
私は正式に訪問のお伺いを立てた上でここにいて、彼女こそ押し入ってきた身なのに。
(小説そのままの性格だわ)
そんな、これまた人の話を聞かなそうなパトリシア様の様子に、頭を抱えたヴィンセント様が訊ねる。
「女狐って。何を言っているんだよ。あと1匹目? って誰の事だ?」
「女狐は女狐ですわよ! 1匹目は花を持ってた女ですわ!」
「……あぁ、さっきの……えっと? …………花屋の女性か」
ヴィンセント様はそう呟くも、彼女の事をステラとは言わない。
むしろ妙な間があった気がする。
(……ステラさん、あなた名前を覚えられていないかもしれないわよ)
ますますヒロインとは?
そんな気持ちにさせられた。
「で、そこの図々しい泥棒猫はどこのどなたですの?」
何故か女狐が泥棒猫に成り代わっている。
どちらにしてもこんな呼ばれ方をしたのは初めてだ。
「カ、カドュエンヌ伯爵家のアイリーンと申します」
「……カドュエンヌ伯爵家の?」
私の名前を聞いたパトリシア様の眉がピクリと上がった。そして途端に笑い出す。
「ふふ、あはっ! あぁ、あの噂の!」
「……」
「あなたなのね? へぇぇ、うふふ、可哀想だって噂だけは聞いてたわぁ。わたくし残念ながらあの日、あの場にはいなくて。さぞかし惨めだったでしょう?」
パトリシア様が何の事を言っているのかは分かる。
私が元婚約者に婚約破棄された時の事を言っている。
あの日の惨めで悔しかった気持ちを思い出してしまい思わず拳に力が入る。
「あれからあなたは、懸命にあちこちのパーティーや夜会に顔を出しては新たな婚約者探しをしていると聞きましたわ。でも、成果は全く得られていない、とか。ふふ、残念ですわね」
パトリシア様は私を小馬鹿にしたように笑った。
「あら? でも、そう言えばヴィンセント様はあの日ー……」
「いい加減にしろ、パトリシア!」
うふふ、と笑いながら人の傷口に塩を塗りまくるパトリシア様に向かってヴィンセント様が怒鳴った。
「コホッ……嫌ですわ、ヴィンセント様ったら。そんな怖い顔をなさってどうされたの?」
「どうもこうもないだろう!? 自分がどれだけ酷い事を口にしているのか分かっているのか!?」
「わたくしは事実を述べているだけですわよ」
「これ以上、余計な口を聞くならその口を縫い付けてやろうか?」
ヴィンセント様が本気で怒っている。
「まぁぁ、怖いですわ、ヴィンセント様。ですが、わたくしもこれ以上はあなたを怒らせたくはありませんからもうこの話は致しませんわ」
「それより、さっさと出て行ってくれないか?」
ヴィンセント様はパトリシア様を睨みながらそう言った。
その言葉にパトリシア様は驚いた顔をする。
「あなたの花嫁になるかもしれないわたくしにそんな事を仰るの?」
「僕の花嫁となるのは君では無い! 何故、君は昔から自信満々にそう語るんだ!?」
(あれ? この流れ……)
パトリシア様は良くも悪くも、小説でも現実でも変わらない様子。
流れは少し違うけれど、ヴィンセント様とパトリシア様が言い合うこのシーンは小説にもあった。
小説では、自分ではなく平民のステラが花嫁に選ばれたと知って激怒する……というシーンだったけれど。
ヴィンセント様のその問いにパトリシア様はこう返す。
「アディルティス侯爵家の花嫁ですわよ? 身分も家柄も容姿も教養も全て完璧であるわたくしが選ばれるに決まっていますわ!」
現実のパトリシア様も同じ事を口にしていた。だけど……
「どの口を提げて言うんだ。マナーは全然なって無いだろう」
本当にヴィンセント様の言う通りだと思うわ。本当に完璧な淑女はこんなふうに突然屋敷に押し入ってくる事もしないし、人の古傷を抉って傷口に塩を塗る真似もしない。
「ふんっ! 失礼しちゃいますわ。ヴィンセント様、わたくしが花嫁に選ばれた時、泣いて謝って懇願して来ても許して差し上げませんわよ?」
「君が花嫁に選ばれる事は絶対にないから、僕が泣いて謝ることは無い!」
「まぁ!」
パトリシア様の顔が怒りで真っ赤になる。
相当、プライドが傷付けられたらしい。
「わたくし、絶対に許しませんからね!! あとで後悔するといいですわ!!」
覚えていなさい!
悪役がよく口にするセリフを残してパトリシア様は出て行った。
まさに、嵐。いえ、暴風のような人だった……
「……」
「アイリーン……」
私が呆然としているとヴィンセント様に声をかけられる。
その声はどこか疲れているようにも感じた。
「ヴィンセント様?」
そして、ヴィンセント様は私に近付くとギュッと私を抱き締めた。
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