11 / 30
第十一話 真っ直ぐな想い
しおりを挟む「ごめん。変な事に巻き込んで」
「え?」
「パトリシアの事だよ。彼女は昔からあんな感じで……」
ヴィンセント様が私を抱き締めながらそう謝罪する。
彼は悪くないのに。
むしろ、私を庇ってくれた。
「しかも……君の過去を……あんな風に!」
そう悔しそうに口にするヴィンセント様。
その言葉と共に私を抱き締める力が更に強くなった。
「……ヴィンセント様は、私が大勢の前で元婚約者……ダニエル様に捨てられた事をご存知だったのですね?」
「……」
その沈黙は肯定ね。
「ふふ……でもパトリシア様の言う通りなんですよ」
「アイリーン? 何を言ってる?」
ヴィンセント様の戸惑う声が聞こえる。
「目の前で堂々と浮気されて、それを咎めたら……お前のような地味でつまらない女なんかとは始めから婚約なんかしたくなかった。婚約破棄だ! から始まり散々、汚い言葉で罵られました。終いには頭からワインもかけられましたね……」
「……アイリーン!」
「周りもその場で私の事を嘲笑っているだけ……」
私はそう口にしながら遠いあの日を思い出す。
助けてくれたのは、優しかったのはたった一人。
ワインをかけられ会場から逃げ出した私に上着を貸してくれた見知らぬ人だけだった……
(暗かったのと涙でぐちゃぐちゃで、その人の顔は見られなかったのよね……)
だから、その人にはお礼も言えていない。
返さなくていいと言われていた上着もダメにしてしまって、その人を探す手がかりも無くなってしまったままの見知らぬ恩人──
「そんな私が新たな婚約者を見つけるのが難しい事は分かっていた事なのです……」
婚約破棄された後に届いたいくつかの縁談は冷やかしのようなもので、公衆の面前で捨てられた女がどんな女なのか見てやろう。
そんな悪意が透けて見えるものばかりだった。全て流れたのも当然。
成立するはずがない。
(あの頃の私はボロボロだったわ)
だからお父様も暫くは婚約者とか結婚とか考えなくていい! そう言ってくれた。
けれど、その言葉に何年も甘え続けていたら18歳目前になってしまっていて、さすがにそろそろこのままでは駄目だと言われて動くことにした。
あんな惨めに捨てられた事のある私でも構わない。
そんな風に言ってくれる人が1人くらい現れるのでは?
そう期待するも結局うまくいかず打ち砕かれて来たわけだけれど。
「アイリーン! もういいから。元婚約者の事や君を馬鹿にした奴らの事は思い出さなくていい!」
ヴィンセント様が苦しくなるくらいの強い力で抱き締めてくる。
「……ヴィンセント様。そんな私が、アディルティス侯爵家の指輪に選ばれて花嫁になるって……おかしな話だとは思いませんか?」
本当にどこで間違ってしまったのだろう?
指輪は何故、ヒロインのステラではなく私を選んだの?
「お願いだ、アイリーン。そんな事は言わないでくれ」
「ヴィンセント様……」
「僕は君がいい。君でなくては嫌だ!」
「! で、ですが……」
私はまだ、何の覚悟も出来ていない。
さっきのパトリシア様に「既に花嫁に選ばれたのは私!」そう言えなかった。
ヴィンセント様も私のその気持ちが分かっていたから敢えて言わなかったのだと思う。
「僕は待つ」
ヴィンセント様がそっと身体を離すと私の両肩を掴みながらそう口にする。
私を見つめるその目はとても真剣だ。
「え?」
「アイリーンの覚悟が決まってくれるまで僕はいくらでも待つから」
「え、あ、ヴィンセント様、それは……」
私がどう答えたら良いのか分からず、顔を俯けるとヴィンセント様はこっちを見て? と言う。おそるおそる顔を上げるとヴィンセント様は甘く微笑んだ。
「僕の花嫁は君だけだ。アイリーン」
「あ……」
ヴィンセント様がそっと私の額にキスを落とす。
そして、私の目を見つめながら言う。
「指輪にじゃない。君に……アイリーンに誓うよ。僕は君を必ず幸せにする、と」
「ヴィンセント様……」
「あの歴代の当主達みたいにね。君が笑顔で過ごせる毎日を約束しよう」
「!」
ヴィンセント様はちょっとおどけた様子でそんな事を言う。
私はそれが可笑しくて思わず、ふふ、と笑みがこぼれた。
「あぁ、良かった。笑ってくれた」
そんな私を見てヴィンセント様が安心した様に微笑む。
「君にはいつも笑っていて欲しいんだ。だから……僕を選んで? アイリーン」
「っ!」
ヴィンセント様のその言葉に指輪が疼いた気がした。
*****
その日、屋敷に戻ってからの私は何度も今日の事を思い返していた。
(ヴィンセント様……)
「アイリーン? おい、アイリーン!」
「っ!?」
お父様のその声でハッと意識を取り戻す。
なんて事! 食事中なのに完全に心が違う世界に行っていたわ。
「よく食べるのは良い事だが……既にその皿は空だぞ?」
「あ……」
そう言われてお皿と自分の手元を見る。確かにお皿は空だった。
どうやら、何も乗っていないお皿の上でカチャカチャしていたらしい。
そんな光景見せられたらお父様も心配になる。
「完全に心ここに在らずだな」
「……っ」
「今日はアディルティス侯爵家を訪問していたはずだが……まさか! ヴィンセント殿と何かあったのか!?」
「!!」
ガシャーン
動揺して手が滑ってナイフとフォークを落としてしまった。
「……」
「……」
「ア、アイリーン? まさか、本当に……ヴィンセント殿と抱っこ以上の事を……」
「ち、違うわ、お父様!! ヴィンセント様とはそんな…………ん? 抱っこ?」
「だが、顔が赤い!」
「ゔっ!」
私は慌てて否定するけれど、お父様の顔は全く信じてくれていない。
あと、抱っこ以上の事って何!?
お父様の基準が分からないわ!
しばらくお父様と揉めた後、お父様は小さな声で呟いた。
「アイリーンがヴィンセント殿と生きる事を望むなら反対はしない」
「え?」
お父様は「よく考えるんだ」と言って私の頭を撫でながら部屋を出て行った。
✧✧✧✧✧✧
「はぁ……アイリーンのあの顔はヴィンセント殿に惹かれているな」
食事していた部屋を出て書斎に戻ると、一息つきながらそんな言葉が口から出た。
かつて元婚約者に傷付けられたアイリーンが幸せになれるのであればどんな男でも構わなかったが。
(まさかアディルティス侯爵家の嫡男の花嫁に選ばれるとは……)
あの家の花嫁を選ぶ方法は秘匿されているので、どこをどうしてあのアイリーンが選ばれたのかは不明だが。
「だが、ヴィンセント殿はアイリーンを守り幸せにしてくれるだろうか……」
そんな事を口にしながら、ぐしゃぐしゃにして机にしまい込んだ手紙を取り出す。
──この手紙は本日届いた物だ。
「アイリーンにもこの手紙の事を話さねばいかん……」
この手紙を読んだ時は腸が煮えくり返るような思いでぐしゃぐしゃにして思わず机にしまい込んだのだが……
もう一度手紙を開封し中を読む。しかし、内容は何度目を通しても変わらない。
そしてまた腹が立ってきた。
「ふざけるな! 何が“アイリーンに会いたい”だ!」
再び手紙をぐしゃぐしゃにして机に放り込む。
「お前にだけは絶対に会わせん! ダニエル・カーミューン!!」
──その手紙の送り主は、カーミューン侯爵令息ダニエル。かつてアイリーンを人前でゴミのように捨てた元婚約者だった男──……
191
あなたにおすすめの小説
料理スキルしか取り柄がない令嬢ですが、冷徹騎士団長の胃袋を掴んだら国一番の寵姫になってしまいました
さくら
恋愛
婚約破棄された伯爵令嬢クラリッサ。
裁縫も舞踏も楽器も壊滅的、唯一の取り柄は――料理だけ。
「貴族の娘が台所仕事など恥だ」と笑われ、家からも見放され、辺境の冷徹騎士団長のもとへ“料理番”として嫁入りすることに。
恐れられる団長レオンハルトは無表情で冷徹。けれど、彼の皿はいつも空っぽで……?
温かいシチューで兵の心を癒し、香草の香りで団長の孤独を溶かす。気づけば彼の灰色の瞳は、わたしだけを見つめていた。
――料理しかできないはずの私が、いつの間にか「国一番の寵姫」と呼ばれている!?
胃袋から始まるシンデレラストーリー、ここに開幕!
悪役だから仕方がないなんて言わせない!
音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト
オレスト国の第一王女として生まれた。
王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国
政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。
見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。
【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
⚪︎
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
王子の転落 ~僕が婚約破棄した公爵令嬢は優秀で人望もあった~
今川幸乃
恋愛
ベルガルド王国の王子カールにはアシュリーという婚約者がいた。
しかしカールは自分より有能で周囲の評判もよく、常に自分の先回りをして世話をしてくるアシュリーのことを嫉妬していた。
そんな時、カールはカミラという伯爵令嬢と出会う。
彼女と過ごす時間はアシュリーと一緒の時間と違って楽しく、気楽だった。
こんな日々が続けばいいのに、と思ったカールはアシュリーとの婚約破棄を宣言する。
しかしアシュリーはカールが思っていた以上に優秀で、家臣や貴族たちの人望も高かった。
そのため、婚約破棄後にカールは思った以上の非難にさらされることになる。
※王子視点多めの予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる