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第十二話 変わっていく気持ち
しおりを挟む「アイリーン。今日もアディルティス侯爵家に行くのか?」
「え、えぇ。駄目……ですか?」
「……」
私の返答を聞いたお父様はそのまま何故か黙り込んだ。
(はっ! まさか触れ合いは抱っこまでだぞ! とか言い出すのでは……?)
色んな意味でドキドキしながらお父様の次の言葉を待った。
───
あの日、アディルティス侯爵家へ初めての訪問をして以降、それからの私は何度も侯爵家を訪ねるようになった。
(だってヴィンセント様、私が訪ねると嬉しそうに笑ってくれるんだもの……)
それに……だ。
ヴィンセント様にあそこまで言われてしまったのだから、これからの事を真剣に考えないわけにはいかない。
その為にも、もっとヴィンセント様との時間を持ちたいと思った。
(それに、ヒロインの事だってある)
ヴィンセント様は私を望み……花嫁にしたいと言ってくれた。他の人では嫌だと。
指輪もヒロインのステラではなく、私を選んでくれている。
そこにどんな意味があるのかは分からないけれどー……
(横取りみたいになってしまうけれど、このままモブの私がヒロインの位置についても許される?)
図々しくもそんな気持ちが自分の中に生まれてしまっていた。
だって、ここは小説の世界ではあるけれど、現実。
現実を生きているのだから、多少……多少と言ってしまって良いのかは分からないけれど、小説と話が変わってしまってもおかしくは無いのかもしれない。
そう思うようになってしまった。
左手の薬指にはまっている指輪にそっと触れる。
前世を思い出したからか、指輪がはまっているのがこの指である事がくすぐったく感じる。
そして、本当にこの指輪はもうすっかりと私に馴染んでしまっていた。
(この指輪はこの先もずっと私がつけていたいの……ステラには渡したくない)
───
「駄目では無いが……」
「?」
沈黙していたお父様はそれだけ言って再び黙り込む。
最近のお父様はこんな感じで、何か考え事をしている事が多い。
また、何かに悩んでいる様子にも見える。
(仕事の悩みだと私には口出し出来ないから、何もしてあげられないわ)
私はこっそりため息をついた。
「なぁ、アイリーン」
「は、はい」
沈黙していたお父様が顔を上げるとようやく口を開いた。
「ヴィンセント殿と話がしてみたい……いや、彼に話したい事がある。一度彼に我が家に来てもらえないか聞いてみてくれないだろうか?」
「え?」
そう口にしたお父様の顔は真剣だった。
*****
「カデュエンヌ伯爵が?」
「はい、ヴィンセント様と一度話をしたい、と」
その日、アディルティス侯爵家を訪ねた私はヴィンセント様にお父様からの言付けを伝えた。
「……あれかな? 愛娘はお前にはやらーーんってやつ」
「いや、まさか。考え過ぎですよ。いくらお父様でもそこまで大人気ない事は言わないと信じています」
(ですよね? お父様……)
まぁ、触れ合いは抱っこまで!
とは言いそうだけれど。
「うん、分かった。訪問の調整をしよう」
「いいのですか? いえ、お時間は大丈夫なのですか?」
頻繁に侯爵家を訪ねるようになった私が言うのもおかしいけれど、ヴィンセント様は忙しい。成人を迎えたから侯爵家の仕事を本格的に手伝うようになったからだそう。
だから私は、仕事の邪魔にならないほんの少しの時間だけ顔を見せるようにしていた。
──アイリーンの顔を見たら疲れが吹き飛ぶんだ。だから遠慮しないで訪ねて来てくれると嬉しい。
(そんな事を言われて嬉しくない人間なんていないわよ!)
「もちろん! アイリーンに関する事だからね。僕にとっては何よりの優先事項だ」
そう言ってヴィンセント様は手を伸ばして私の頬に触れる。
ドキッと大きく胸が跳ねた。
「アイリーン……」
アメジスト色の瞳が真剣に私を見つめてくる。
(吸い込まれそうなくらい綺麗な色)
チュッ
「……ん!」
ヴィンセント様が私の額にそっとキスをする。
そして唇を離すと私の瞳を覗き込むようにして言う。
「君の瞳を見ていると吸い込まれそうになる」
「!」
(同じ事を考えていた……なんて恥ずかしくて言えない)
「……へ、平凡な色です、よ?」
私の瞳の色はヘーゼル色。珍しくも何ともない色だった。
髪色も亜麻色で、はっきり言って派手な要素はどこにも無い。
さすがモブ! と言いたくなる平凡な容姿。
(ステラのようにキラキラ輝く金髪も澄んだ青空のような瞳も私には無い)
「そんな事は無い。綺麗だよ」
「っっ」
ヴィンセント様はそう言って甘く微笑むと、今度は頬にキスをする。
「ちょっ! ヴィンセント……様!!」
「うん……」
うん、では無いわよーー!!
私の心臓がもたないわーー!
「はは、ごめん。でも、アイリーンの頬がぷるぷるで触れずにはいられないんだ」
「そ、それは、あなたの……!」
侯爵家の優秀過ぎるあのクリームのせい!
「うん。我が家は素晴らしいクリームを販売しているよね」
「~~!!」
「アイリーン」
「んむっ!?」
私の名前を呼んだヴィンセント様は、人差し指で私の唇に触れる。
「……いつか、唇に触れられる許可が降りるのを待ってるよ?」
「んむ、んむむむんむむんむんむむー」
「ははは! もちろん、唇で……だよ?」
「!?」
……なぜ、伝わった!?
驚く私にヴィンセント様は唇から指を離して笑いながら言う。
「やっぱりアイリーンは可愛いね」
「ですから!! もう!」
その言葉に一気に頬に熱が集まったのが分かる。
ヴィンセント様は「待つよ」なんて殊勝な事を言っておきながら終始この様子。
私は完全に翻弄されていた。
(でも、ヴィンセント様とこんな風に過ごす時間が……好き)
そう思った時だった。
玄関の方から人の話し声がする。誰かが訪ねて来たらしい。ヴィンセント様の仕事関連の人かもしれない。
(騒いではいないからパトリシア様では無さそう)
「……ヴィンセント様、そろそろ私はお暇します」
「え? あ、うん。そうだね……」
ヴィンセント様が一瞬、寂しそうな顔をしたので胸がキュンとした。
「馬車まで送るよ」
「ありがとうございます」
そう言って一緒に玄関に向かったのだけどー……
「あ、こんにちは! アイリーン様もいらしていたんですね!」
玄関に辿り着いた時、笑顔でそこに居たのは──
「……ステラ、さん」
──再び花を抱えたヒロイン、ステラだった。
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