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第十三話 豹変するヒロイン
しおりを挟む私の呼び掛けにステラはにっこりと微笑んだ。
「お花の配達に来ました! そろそろかと思いまして」
「……?」
(そろそろ?)
「でも、まさかまたアイリーン様にお会い出来るとは思いませんでした」
にこやかな笑みでそう話すステラ。
一方の私は、彼女の顔を真っ直ぐ見る事が出来ない。
(まだ、心の準備が出来ていなかったのに……)
だけど、そうよ。
ちょうど今くらいの時期だわ。小説の中での二人が街で出会うのは……
本来なら街に繰り出したヴィンセント様とステラはようやく指輪を──
だけど今、ヴィンセント様はとても忙しくされているから、最近は街へと繰り出す事はないらしい。
それに……恥ずかしいけれど、私が日々の癒し……になっているから外に出て息抜きする必要が無いんだよね、なんて笑って言っていた。
よって、今のヴィンセント様とステラは出会う要素が無くなってしまっていた。
(話が変わってしまっているから、ヒロインの行動も変わった──?)
これから小説の通りになっていったりするのかしら?
「…………っ」
ズキッと胸が痛む。
そんな事をうっかり考えてしまったけど、落ち着くのよ……と自分に言い聞かす。
だって、指輪は私の元にある!
ステラには渡さない。そう決めたんだから。
けれど、彼女が何を考えているのかは知りたい。
そう思ったので、ステラに声をかけてみた。
「ステラさん、お元気そうですね」
「はい!」
元気っぱいにそう答えるステラ。
相変わらずの眩しい笑顔で、ヒロインオーラと美少女っぷりは健在だ。
そんなステラの顔を見つめていたら、今度は彼女の方から訊ねてきた。
「もしかしてアイリーン様って頻繁に侯爵家を訪ねているんですか??」
「え? えぇ、最近はそうですね」
「へぇ……そうなんですかぁ……」
「……?」
目の前のステラはさっきまでと変わらない笑顔のはずなのに、何故だか私の背筋がゾクッとした。
(この感じ……この間の視線と同じ?)
しかし、ゾクリとするような笑顔から一転、今度のステラは顔を曇らせる。
「ヴィンセント様は、所詮私みたいな平民にとっては雲の上の存在ですもの……アイリーン様が羨ましいです」
ステラがそう言ってまた瞳を潤ませ始めた。
そんな事を言われても……
なんて思っていたら、ちょうど私の後ろに居たヴィンセント様の呆れた声がした。
「あー……君さ、そろそろ話を切り上げさせてもらってもいいかな? アイリーンは帰る所だし僕も忙しいんだ」
「ヴィンセント様!!」
ヴィンセント様の登場にステラは嬉しそうにパッと顔を上げると、ヴィンセント様に笑顔を向けて駆け寄った。
それはもの凄い変わり身の早さだった。
「君……だなんて、水臭いです! 前にも言いました。私の名前は……」
「ごめん、覚えてない。とにかくそんな事より君も仕事をしてくれないか? あ、ほら、ちょうどトムも来た」
「え……? 覚えて……ない?」
この間はヴィンセント様に話を流されてもニコニコしていたステラだったけれど、この間と違って今回は驚きの表情を見せその場に固まる。
(そしてヴィンセント様、やっぱり名前を覚えていなかった!)
「君は何をそんなに驚いているんだ? 君はトムへの用事でここに来たんだろう?」
「それは、そう……なのですが。おかしいわ。どうして何も起こらないの……?」
「?」
ステラはどこからどう見ても明らかに落胆していた。
ヴィンセント様も戸惑っている。
そんな見るからに元気を無くしたステラは小さな声でブツブツ何かを呟いていたものの、現れたトムさんに花を渡して一応仕事らしき事を始めていた。
そんなステラの様子を見て思う。
(やっぱりステラはヴィンセント様を狙っているの……?)
ヒロインだからヒーローに惹かれるのは当然かもしれない。
ならば、当のヒーローの様子は……
そう思ってチラリとヴィンセント様を横目で盗み見る。
すると、すぐに私の視線に気付いたヴィンセント様は甘く蕩けるような笑顔を私に向けてきた。
「~~!」
「アイリーン? どうかした?」
「い!? いえ? な、何でも……ない、です」
「そう?」
(び、びっくりしたぁ)
何故、横目でチラッと顔を見ようとしただけなのに気付かれてしまったの?
しかも! いきなりあんな破壊力満点の笑顔を見せるから心臓が破裂するかと思ったわ。
やっぱりヴィンセント様は私の心をかき乱すとんでもない人だ。
──そんな、ヴィンセント様の笑顔にやられていた私は、このやり取りの間、ステラがこっちを凝視していた事に全く気付いていなかった。
そして、ようやく今度こそ本当に私はお暇する事になった。
「それじゃ、アイリーン。伯爵家への訪問は日程が決まり次第連絡するから」
「はい、ありがとうございます。お願いします」
そう言って私を馬車までエスコートしたヴィンセント様は屋敷の中に戻って行く。
その後ろ姿を見送って私も馬車に乗り込もうとしたその時だった。
「……アイリーン様!」
その声に身体がビクっと震えた。
声の主は振り返らなくても分かる。ステラ。
「…………何か御用でしょうか?」
私は振り返りながら無理やり笑顔を作ってそう訊ねる。
「アイリーン様にお聞きしたい事があるのです」
「……聞きたい事?」
嫌だなぁ……絶対、ろくな事ではない気がする……
そんな事を思いながら聞き返すと、ステラはこれまでの笑顔とは違い挑むような目を私に向けた。
「アイリーン様? あなたは何者なのですか?」
「え?」
「……アイリーン・カドュエンヌ伯爵令嬢。私はあなたの事なんて知らないわ。あなたは誰? どうしてヴィンセント様と親しげなの?」
「……」
ステラの様子がおかしい。それにどう聞いても言っている内容が……
「それに! どうしてヴィンセント様はあなたに笑顔を見せているのかしら? 彼の笑顔は特別で、あの笑顔が見られるのは私だけ──」
「──違うわ!」
思わず否定の言葉を叫んでいた。
ヴィンセント様のあの笑顔は私に向けられたもの!
「は?」
ステラは私の反論が気に入らなかったらしく、ますます、睨みをきかせる。
そこには先程までの“ヒロイン”らしさはもはや皆無だった。
そして、そんなステラは勝ち誇ったような顔で言う。
「残念ですけど、違わないのですよ……アイリーン様。あなたもご存知ですよね? アディルティス侯爵家の花嫁選びについて」
「……えぇ、もちろん」
ここで、この話。
やっぱりステラは……
「実は私、その花嫁を選ぶ方法も、誰が選ばれるのかも知っているんですよ」
「……」
「あぁ、すみません。突然のこんな話。驚いて声も出ませんよね? うふふ、ごめんなさい」
ステラは何がおかしいのかクスクスと笑い出した。
どうしよう。
ステラのこの様子から、彼女は私と同じ転生者で自分がヒロインだと知っているのだと思う。
だからこそ、この自信満々な発言をしているのだと分かった。
分かったのだけど!
──無理! これ、単なる頭のおかしい子にしか見えない!!
「でも嘘では無いのですよ! ここまで言えばもう、お分かりですよね? アイリーン様。ヴィンセント・アディルティスの“運命の花嫁”は、わたー……ぁぁぁあ?」
「??」
何故か突然、自信満々の余裕綽々な笑顔だったステラが変な声を上げて固まった。
そしてその目はある一点を凝視していた。
その視線の先を辿ってみると──
「あっ!」
「ちょっとあんた、それ! どういう……事よ!?」
ステラの視線は私の左手の指輪に向けられていた。
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