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Side :ギルバート :協力
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その夜俺が参加したのはさほど格式の高くない夜会だった。爵位のない商人なども出入りする会で、彼女は悠然と微笑みながらこちらへと近づいてきた。本来なら格下の女性が俺に話しかけるということはマナー違反だが、彼女は雪の妖精なんてあだ名があるほど美しい女性だ。夜会の主催者からは大目に見られているようで、俺を目の前にして全くものおじすることはなかった。
『初めてお目にかかりますわ。レイナ・マクレガーと申します』
『ギルバート・ウィングフィールドと申します。レイナ嬢、いえ雪の妖精と呼ぶべきでしょうか』
ゆったりとした仕草で手を差し出してきたレイナ嬢は噂通りたしかに美しかった。もしルースと出会っていなければ俺も心を打ちぬかれていたかもしれない。だが残念ながら彼女の豊かな銀髪も菫色の瞳も鈴の音のような声も、ルースが時折見せる恥ずかしそうな表情や、彼が語る世の理想や詩に比べると空虚なものだった。そっと手を取り口づけるふりをする。
『妖精だなんて』
『みんな言っていますよ。ほら、あちらでもレイナ嬢のことを見つめる方がいる』
目立ちすぎる彼女と一緒にいることは得策ではない。良くも悪くも彼女は人の耳目を惹きすぎる。彼女の注意を他の男に逸らそうと、こちらを見ていた若い男の方へと視線をずらそうとした……だが。
カツン、と華奢な靴が床にぶつかる音がして、それから細い指が俺の腕に引っかかっていた。
レイナ嬢が俺の腕に身を寄せていたのだ。少し驚いて身を引こうとするが、鋭い視線と思ったよりも強い力に引き留められる。
『ギルバート様は、どなたかお心に決めた方がいらっしゃるのかしら?』
『……おりませんよ。いたらとっくに結婚しています』
本当はいるけれどそれをこんなところで言うわけがない。ニコリとあたりさわりのない笑顔を向けて今度こそ身を引こうとするが、レイナ嬢の次の言葉に俺は思わず動きを止めてしまった。
『協力してちょうだい』
『協力……?』
『ええ。その代わりにあなたの恋も協力するわ』
強い視線で、だが密やかに囁かれた言葉。俺には好きな相手はいないと言ったはずなのに、その答えをまるで無視してそう言った彼女は薄い桃色に染められた唇を薄く開いた。
『私、なんとしてでも王子を射止めたいの』
『王子?』
『ええ』
どうにも危ない会話が始まりそうな予感がして、振り払って逃げるべきか一瞬迷う。だが彼女が差し出してきた『恋の協力』という言葉が気になってしまって、俺は自然な仕草を装って彼女をバルコニーへと導いた。
『……どういうつもりで?』
できるだけ冷静に尋ねたつもりだが、少し語尾が荒くなってしまっていたかもしれない。だがそんなことなど意にも介さずレイナ嬢は顔に笑みを浮かべた。先ほどまでの夜会で浮かべていた笑みと同じだが、とても妖精という可愛らしいものではなく、したたかな強さを持ったものだった。
それから彼女が語ったことは、初対面の俺なんかに言っていいことなのか分からないようなものだった。
彼女いわく、マクレガー家は今まで平民、成金と散々貴族令嬢たちに馬鹿にされてきた。それだけならまだ我慢していたけれど、彼女が美しく成長するにしたがっていじめが次第に酷くなってきたらしい。茶会に呼ばれなかったり呼ばれたら嘘の時間を教えられたり、挙句の果てには熱い茶まで偶然を装って掛けられた。それでついに我慢の限界がきた……が、父に爵位はあるとはいえ事を荒立てて商売の邪魔はできないし、身分の低いままでは誰も彼女を庇うこともない。
だが彼女は自分がとてつもなく強力な武器を持っていることに気が付いたらしい。自身の容姿だ。
それを使って王族と知り合い無理やりにでも結婚してしまえば、貴族なんかでは悪口すら言えなくなるだろう。そう考えた。だが彼女の身分では出入りできる夜会は大したものがないし、知り合う高位貴族は不倫狙いの年寄りばかり。そこで見つけたのが俺らしい。位が高く、かつ彼女に興味を示さない。そんな相手はなかなかいない。俺が誘ったというかたちで格式高い夜会に入り込み、そこで王族を誑かす気らしい。
『ここまで喋る気はなかったのよ。でもあなたなら信用できるかと思って』
その言葉も彼女の計算のうちだろうか。分からないが大分したたかな女性だということは理解できた。
『あんな令嬢なんて名ばかりの猿たち、絶対に見返してやるわ』
すっかり圧倒されている俺に、ふん、と彼女は鼻息荒くそう告げた。
『あなた、さっき心に決めた相手がいないって嘘ついてたでしょ? つまり道ならぬ恋とか、かなわぬ恋をしてるってことよね。お相手は既婚者とかかしら?』
『……嘘じゃないかもしれないだろう』
『嘘よ、分かるわ。だって好きな人がいないなら私を口説かないはずないもの』
たいした自信だ。だが悔しいが彼女の推測は正しいものだ。
『ね。あなたの恋も助けてあげる。相手が既婚者なら、旦那の方を誘惑して不仲にさせてあげてもいいわ』
『さすが商人の娘だね、交渉が上手い』
俺の言葉に一瞬ムッとしたらしく瞳を鋭く眇めたが、すぐに気を取り直したらしく唇を吊り上げて首を傾けた。
『悪い話じゃないわよ。あなたなら分かるでしょう。その代わりにあなたも協力してね』
断れ。こんな面倒なこと。それに俺の恋は叶わないものだ。彼女に協力してもらうことなんてない。俺はひっそりとこの恋心は葬るのだと決めたのだ。ルースの幸せを邪魔する予定はない。そう頭の中では思うのに……彼女からもたらされる誘惑に、俺は抗えなかった。
『分かった。協力しよう』
俺がそう答えると、彼女の顔がぱっと明るく輝いた。
『君に、俺と一芝居うってほしい』
『いいわよ。誰を別れさせればいいのかしら?』
違う。俺はゆっくりと首を横に振る。
『………………傷つけたい人がいるんだ』
傷つけたい人。俺が人生の中でたった一人だけ愛して、同時に酷いことをしたくてたまらない相手。
ルースの心の傷になりたくて、俺はそう呟いていた。
『初めてお目にかかりますわ。レイナ・マクレガーと申します』
『ギルバート・ウィングフィールドと申します。レイナ嬢、いえ雪の妖精と呼ぶべきでしょうか』
ゆったりとした仕草で手を差し出してきたレイナ嬢は噂通りたしかに美しかった。もしルースと出会っていなければ俺も心を打ちぬかれていたかもしれない。だが残念ながら彼女の豊かな銀髪も菫色の瞳も鈴の音のような声も、ルースが時折見せる恥ずかしそうな表情や、彼が語る世の理想や詩に比べると空虚なものだった。そっと手を取り口づけるふりをする。
『妖精だなんて』
『みんな言っていますよ。ほら、あちらでもレイナ嬢のことを見つめる方がいる』
目立ちすぎる彼女と一緒にいることは得策ではない。良くも悪くも彼女は人の耳目を惹きすぎる。彼女の注意を他の男に逸らそうと、こちらを見ていた若い男の方へと視線をずらそうとした……だが。
カツン、と華奢な靴が床にぶつかる音がして、それから細い指が俺の腕に引っかかっていた。
レイナ嬢が俺の腕に身を寄せていたのだ。少し驚いて身を引こうとするが、鋭い視線と思ったよりも強い力に引き留められる。
『ギルバート様は、どなたかお心に決めた方がいらっしゃるのかしら?』
『……おりませんよ。いたらとっくに結婚しています』
本当はいるけれどそれをこんなところで言うわけがない。ニコリとあたりさわりのない笑顔を向けて今度こそ身を引こうとするが、レイナ嬢の次の言葉に俺は思わず動きを止めてしまった。
『協力してちょうだい』
『協力……?』
『ええ。その代わりにあなたの恋も協力するわ』
強い視線で、だが密やかに囁かれた言葉。俺には好きな相手はいないと言ったはずなのに、その答えをまるで無視してそう言った彼女は薄い桃色に染められた唇を薄く開いた。
『私、なんとしてでも王子を射止めたいの』
『王子?』
『ええ』
どうにも危ない会話が始まりそうな予感がして、振り払って逃げるべきか一瞬迷う。だが彼女が差し出してきた『恋の協力』という言葉が気になってしまって、俺は自然な仕草を装って彼女をバルコニーへと導いた。
『……どういうつもりで?』
できるだけ冷静に尋ねたつもりだが、少し語尾が荒くなってしまっていたかもしれない。だがそんなことなど意にも介さずレイナ嬢は顔に笑みを浮かべた。先ほどまでの夜会で浮かべていた笑みと同じだが、とても妖精という可愛らしいものではなく、したたかな強さを持ったものだった。
それから彼女が語ったことは、初対面の俺なんかに言っていいことなのか分からないようなものだった。
彼女いわく、マクレガー家は今まで平民、成金と散々貴族令嬢たちに馬鹿にされてきた。それだけならまだ我慢していたけれど、彼女が美しく成長するにしたがっていじめが次第に酷くなってきたらしい。茶会に呼ばれなかったり呼ばれたら嘘の時間を教えられたり、挙句の果てには熱い茶まで偶然を装って掛けられた。それでついに我慢の限界がきた……が、父に爵位はあるとはいえ事を荒立てて商売の邪魔はできないし、身分の低いままでは誰も彼女を庇うこともない。
だが彼女は自分がとてつもなく強力な武器を持っていることに気が付いたらしい。自身の容姿だ。
それを使って王族と知り合い無理やりにでも結婚してしまえば、貴族なんかでは悪口すら言えなくなるだろう。そう考えた。だが彼女の身分では出入りできる夜会は大したものがないし、知り合う高位貴族は不倫狙いの年寄りばかり。そこで見つけたのが俺らしい。位が高く、かつ彼女に興味を示さない。そんな相手はなかなかいない。俺が誘ったというかたちで格式高い夜会に入り込み、そこで王族を誑かす気らしい。
『ここまで喋る気はなかったのよ。でもあなたなら信用できるかと思って』
その言葉も彼女の計算のうちだろうか。分からないが大分したたかな女性だということは理解できた。
『あんな令嬢なんて名ばかりの猿たち、絶対に見返してやるわ』
すっかり圧倒されている俺に、ふん、と彼女は鼻息荒くそう告げた。
『あなた、さっき心に決めた相手がいないって嘘ついてたでしょ? つまり道ならぬ恋とか、かなわぬ恋をしてるってことよね。お相手は既婚者とかかしら?』
『……嘘じゃないかもしれないだろう』
『嘘よ、分かるわ。だって好きな人がいないなら私を口説かないはずないもの』
たいした自信だ。だが悔しいが彼女の推測は正しいものだ。
『ね。あなたの恋も助けてあげる。相手が既婚者なら、旦那の方を誘惑して不仲にさせてあげてもいいわ』
『さすが商人の娘だね、交渉が上手い』
俺の言葉に一瞬ムッとしたらしく瞳を鋭く眇めたが、すぐに気を取り直したらしく唇を吊り上げて首を傾けた。
『悪い話じゃないわよ。あなたなら分かるでしょう。その代わりにあなたも協力してね』
断れ。こんな面倒なこと。それに俺の恋は叶わないものだ。彼女に協力してもらうことなんてない。俺はひっそりとこの恋心は葬るのだと決めたのだ。ルースの幸せを邪魔する予定はない。そう頭の中では思うのに……彼女からもたらされる誘惑に、俺は抗えなかった。
『分かった。協力しよう』
俺がそう答えると、彼女の顔がぱっと明るく輝いた。
『君に、俺と一芝居うってほしい』
『いいわよ。誰を別れさせればいいのかしら?』
違う。俺はゆっくりと首を横に振る。
『………………傷つけたい人がいるんだ』
傷つけたい人。俺が人生の中でたった一人だけ愛して、同時に酷いことをしたくてたまらない相手。
ルースの心の傷になりたくて、俺はそう呟いていた。
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