純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第七章:恋を知る夜、愛に包まれる朝

第102話・その未来も、選べるように

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朝の庭は、露を宿した花弁が陽を透かし、やわらかな光を返していた。
小鳥のさえずりと、微かな森の香り。
昨夜――みんなと気持ちを通わせたばかりの朝。

(……でも、“恋人”って、何をするんだろう)

本や物語で見たことはある。
けれど、それは遠い世界の話。
実際にこうして彼らと過ごす中で、具体的なことはひとつも知らなかった。

視線をそっと横に向ける。
そこにいたのは、穏やかな表情をしたユリウス。
彼なら、嘘をついたり、冗談で濁したりはしない。
だから素直に聞いてみた。

「ねぇ、ユリウス。……恋人って、何をするの?」

問いかけた瞬間、彼はふっと目を細めた。

「言葉で説明するより、これから僕たちが少しずつ教えていくよ。
……大丈夫、ルナは何も心配しなくていい」

朝陽のように温かな声が胸に落ちて、安心が広がる。
けれど同時に、もやもやとした“分からなさ”も残った。

「ふふっ、いいねその質問」

すぐ隣からフィンが顔を近づけ、にこっと笑う。

「恋人ってね、手をつないだり、抱きしめたり……キスしたり、それから――」

「フィン」

低く鋭い声で割り込んだのはシグだ。
腕を組み、じろりとフィンを睨む。

「えー? 本当のこと言うだけなのに」

そんなやり取りを受けて、ヴィクトルが落ち着いた声音で口を開く。

「……ルナ様、大切なのは“お気持ち”です。
無理に知ろうとしなくても……自然とわかる時が来ます」

4人それぞれの言葉が、輪になって私を包み込む。
けれど――やっぱり、具体的な“恋人像”は浮かばない。

(……手をつなぐ? 抱きしめる? それの、どこが特別なんだろう? みんないつもやっているよ?)

首を傾げた私を見て、ユリウスが小さく吹き出した。

「……じゃあ、最初の夜は――全員一緒に、過ごそうか」

「え?」

「誰か一人だけだと不公平だし、全員がそばにいればルナも安心できるはずだよ。慣れるまで、そうしよう」

フィンは「それ賛成!」と即答し、シグは腕を組んだまま小さく頷く。
ヴィクトルも一瞬目を伏せてから、「……まあ、いいでしょう」と静かに同意した。

何を意味するのか、ルナフィエラは半分も理解できていない。
けれど――みんなが一緒にいてくれるのなら、きっと大丈夫。
そう思えて、胸の奥がほんのり温かくなった。


そして、ある日の夜。
ルナフィエラは寝室の中央、ベッドの上に座っていた。

4人が半円を描くようにして彼女を囲み、その視線は穏やかで、どこか真剣でもあった。

ユリウスが一歩近づき、膝をついて視線を合わせる。

「恋人や伴侶となった者同士は、お互いを深く想い合うからこそ、体を重ねることがある」

ルナフィエラは小さく瞬きをし、首を傾げた。

「……それが、恋人としてすることなの?」

「そうだね。それだけが恋人の証ではないけれど……とても大切なことだよ」

ユリウスはやわらかく答え、言葉を続ける。

「そして、その行為の先に“子を授かる”可能性もある」

ルナフィエラの瞳がわずかに揺れた。

「……私に、子供が……?」

「可能性がある、というだけで、すぐにどうこうという話ではない。
異種族間では、子はそう簡単には授からないからね。
でも、ルナとヴィクトルなら可能性はゼロじゃない。
だから……もしルナが望まないなら、避妊の魔法をかけよう。君の体にも心にも負担はないし、いつでも解除できる」

ユリウスは真剣な眼差しでルナを見つめる。

「これはルナの意思で決めていい。僕たちは、その選択を尊重するよ」

彼の瞳はまっすぐで、押しつけではなく選択を委ねる温かさがあった。
ルナフィエラはゆっくりと息をのみ、胸の奥で温かさと少しの戸惑いを同時に抱いた。

言葉が落ち着くと、ヴィクトルが静かに一歩前に出た。

「……確かに、私とルナ様の間には、子を授かる可能性があります。
それが望まれぬものであれば、決して無理強いはいたしません」

落ち着いた声音だが、その奥には迷いのない決意が宿っていた。

「ですが……もしルナ様が望むのなら、私は全力で守り、支えます」

続いて、壁際にいたシグが腕を組んだまま口を開く。

「……俺とじゃ子は難しいだろうな。魔族とヴァンパイアじゃ種が違う。
でも、だからって関係が薄れるわけじゃねぇ。俺は俺のやり方で支えるだけだ」

短くも力強い言葉。その不器用さが、かえって胸に響く。

フィンは少しだけ手を挙げて、軽く笑った。

「僕は……人間だから、もしかしたらヴィクトルの次くらいに可能性はあるかもしれない」

「ある意味人間は万能だからな」とシグがぼそりと呟く。

フィンは肩をすくめ、けれど真剣な瞳でルナフィエラを見た。

「でも、僕だって無理に求めたりはしないよ。
ただ……もしそうなったら、それはきっとすごく大事なことだって思う」

ルナフィエラは順にみんなの顔を見て、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

「……子どもがどういうものなのか、まだよくわからない」

正直に言葉を紡ぐ。

「でも……みんなと離れるのは嫌。だから……どんな未来でも、みんなと一緒に過ごしたい」

その小さな決意に、4人の表情が静かに和らいだ。

まるで、それぞれの想いがひとつの輪になり、彼女を包み込んでいるかのようだった。
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