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第八章:湯けむりに包まれて
第136話・灯を落とした部屋に満ちる温もり
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湯けむりに包まれた夜が、少しずつ静けさを取り戻していく。
湯の外に出た途端、夜気が頬を撫で、ほのかに火照った肌を冷ました。
湯の香りを纏った風が通り抜けていく中、ルナフィエラはヴィクトルに導かれて離れの一室へ戻る。
「少し冷えますね。……湯冷めしないうちに、体を拭きましょう」
ヴィクトルの低く落ち着いた声。
その声音に逆らう理由など、彼女にはなかった。
彼の手に渡された柔らかな布が、そっと首筋をなぞる。
肩から腕、そして背へ――。
湯上がりの肌に触れるたび、ほんの少し熱を残した指先が、丁寧に水滴を拭い取っていった。
「……ん」
思わず小さく息がもれる。
くすぐったいのとも違う、安心に似た感覚。
ルナフィエラは瞳を伏せ、ヴィクトルの動きを受け入れていた。
「次は寝間着を」
ヴィクトルが衣を手に取って首を傾げる。
「……これは、どう……?」
生地を広げてしばし沈黙。明らかに勝手が分か
らない様子だ。
「貸せ」
背後から響いたのは、低く短い声。
シグが腕を組んだまま歩み寄り、布を受け取る。
「こいつはこうやって着せるんだ」
言葉と共に、慣れた手つきで衣の前紐を整え、袖を通す。
「……シグ、ありがとう」
ルナフィエラは少し照れくさそうに笑みをこぼす。
「気にするな。ルナが寒くなきゃ、それでい
い」
短い返事の裏には、静かな優しさが宿っていた。
その間、ヴィクトルは彼女の背に回り、髪の手入れを始める。
指先で水気を確かめながら櫛を滑らせると、濡れた銀糸が光を反射し、一本一本が夜の灯りを映した。
「……痛くありませんか」
「うん、大丈夫……気持ちいい」
彼女の声は小さく、どこか夢の中のように柔らかい。
湯上がりの静けさと、ほのかに香る湯花。
撫でるような櫛の音だけが、部屋に穏やかに響いていた。
しばらくして、ヴィクトルが手を止める。
「終わりました。髪も乾きましたよ」
「……ありがとう」
ルナフィエラは小さく微笑み、彼を見上げる。
その瞳には、まだ温泉の湯気のような光が残っていた。
安心と、幸福と――ほんの少しの、名残惜しさ。
「もう……眠ってもいい?」
「ええ、ルナ様。今夜はゆっくりお休みください」
ヴィクトルの手がそっと額の髪を払う。
その仕草は、護衛ではなく――心から彼女を想う者の手つきだった。
離れの寝室は、温かな灯りに包まれていた。
障子越しの月明かりが、5つ並んだ布団の上にやわらかく落ちる。
真ん中で眠るルナフィエラは、胸にぬいぐるみを抱きしめていた。
頬はうっすらと紅を帯び、唇は安らかな弧を描いている。
その寝顔は、完全に安心しきっていて――見ている者の胸まであたたかくするほど、穏やかだった。
ヴィクトルもシグも言葉を交わさない。
ただ並んで、灯を落とした寝室の隅で、その小さな寝息を見守っている。
やがて、戸口の方で足音がした。
買い物に出ていたフィンとユリウスが戻ってくる。
シグが顔を出し、人差し指を唇に当てて静かに合図を送った。
2人もすぐに理解し、そっと視線をルナフィエラへ向ける。
「……よく眠ってる。気持ちよさそうだね」
フィンが小声で囁く。
ユリウスは返事をしなかった。
ただ静かに、彼女の寝顔を見つめた。
この日の添い寝当番はユリウス。
けれど、彼が隣に入る前にルナフィエラはすでに深い眠りに落ちている。
それは誇らしいほどに安心しきった眠り。
彼女がようやく、ひとりでも安らげるようになった証。
……それでも。
ユリウスは、視線を落とし、眠るルナフィエラの髪先を指でそっと整えた。
「……いい夢を」
微笑みながら呟く声には、ほんの少しだけ滲む寂しさ。
ぬいぐるみを抱きしめたまま眠る彼女の姿に、
胸の奥が温かく、そして少しだけ痛くなる。
それでも――彼女が幸せであるなら、それでいい。
灯を落とした部屋に静寂が満ちていく。
ぬいぐるみを抱きしめて眠る彼女の寝息が、
夜の静けさの中で、ひときわ柔らかく響いていた。
湯の外に出た途端、夜気が頬を撫で、ほのかに火照った肌を冷ました。
湯の香りを纏った風が通り抜けていく中、ルナフィエラはヴィクトルに導かれて離れの一室へ戻る。
「少し冷えますね。……湯冷めしないうちに、体を拭きましょう」
ヴィクトルの低く落ち着いた声。
その声音に逆らう理由など、彼女にはなかった。
彼の手に渡された柔らかな布が、そっと首筋をなぞる。
肩から腕、そして背へ――。
湯上がりの肌に触れるたび、ほんの少し熱を残した指先が、丁寧に水滴を拭い取っていった。
「……ん」
思わず小さく息がもれる。
くすぐったいのとも違う、安心に似た感覚。
ルナフィエラは瞳を伏せ、ヴィクトルの動きを受け入れていた。
「次は寝間着を」
ヴィクトルが衣を手に取って首を傾げる。
「……これは、どう……?」
生地を広げてしばし沈黙。明らかに勝手が分か
らない様子だ。
「貸せ」
背後から響いたのは、低く短い声。
シグが腕を組んだまま歩み寄り、布を受け取る。
「こいつはこうやって着せるんだ」
言葉と共に、慣れた手つきで衣の前紐を整え、袖を通す。
「……シグ、ありがとう」
ルナフィエラは少し照れくさそうに笑みをこぼす。
「気にするな。ルナが寒くなきゃ、それでい
い」
短い返事の裏には、静かな優しさが宿っていた。
その間、ヴィクトルは彼女の背に回り、髪の手入れを始める。
指先で水気を確かめながら櫛を滑らせると、濡れた銀糸が光を反射し、一本一本が夜の灯りを映した。
「……痛くありませんか」
「うん、大丈夫……気持ちいい」
彼女の声は小さく、どこか夢の中のように柔らかい。
湯上がりの静けさと、ほのかに香る湯花。
撫でるような櫛の音だけが、部屋に穏やかに響いていた。
しばらくして、ヴィクトルが手を止める。
「終わりました。髪も乾きましたよ」
「……ありがとう」
ルナフィエラは小さく微笑み、彼を見上げる。
その瞳には、まだ温泉の湯気のような光が残っていた。
安心と、幸福と――ほんの少しの、名残惜しさ。
「もう……眠ってもいい?」
「ええ、ルナ様。今夜はゆっくりお休みください」
ヴィクトルの手がそっと額の髪を払う。
その仕草は、護衛ではなく――心から彼女を想う者の手つきだった。
離れの寝室は、温かな灯りに包まれていた。
障子越しの月明かりが、5つ並んだ布団の上にやわらかく落ちる。
真ん中で眠るルナフィエラは、胸にぬいぐるみを抱きしめていた。
頬はうっすらと紅を帯び、唇は安らかな弧を描いている。
その寝顔は、完全に安心しきっていて――見ている者の胸まであたたかくするほど、穏やかだった。
ヴィクトルもシグも言葉を交わさない。
ただ並んで、灯を落とした寝室の隅で、その小さな寝息を見守っている。
やがて、戸口の方で足音がした。
買い物に出ていたフィンとユリウスが戻ってくる。
シグが顔を出し、人差し指を唇に当てて静かに合図を送った。
2人もすぐに理解し、そっと視線をルナフィエラへ向ける。
「……よく眠ってる。気持ちよさそうだね」
フィンが小声で囁く。
ユリウスは返事をしなかった。
ただ静かに、彼女の寝顔を見つめた。
この日の添い寝当番はユリウス。
けれど、彼が隣に入る前にルナフィエラはすでに深い眠りに落ちている。
それは誇らしいほどに安心しきった眠り。
彼女がようやく、ひとりでも安らげるようになった証。
……それでも。
ユリウスは、視線を落とし、眠るルナフィエラの髪先を指でそっと整えた。
「……いい夢を」
微笑みながら呟く声には、ほんの少しだけ滲む寂しさ。
ぬいぐるみを抱きしめたまま眠る彼女の姿に、
胸の奥が温かく、そして少しだけ痛くなる。
それでも――彼女が幸せであるなら、それでいい。
灯を落とした部屋に静寂が満ちていく。
ぬいぐるみを抱きしめて眠る彼女の寝息が、
夜の静けさの中で、ひときわ柔らかく響いていた。
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