純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第八章:湯けむりに包まれて

第135話・露天に降る星と口づけ

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離れの露天風呂ーー。
湯けむりの香りと星の光が溶け合う夜。

露天風呂へ向かう前、ルナフィエラの長い髪をヴィクトルが丁寧に洗っていた。
湯をすくって流すたびに、銀糸のような髪がさらりと揺れる。

「痛くありませんか、ルナ様」

「うん……気持ちいい」

その小さな声に、ヴィクトルは微かに微笑んだ。
指先で泡を落とし、手桶の湯でそっとすすぎを繰り返す。
湯気に包まれた空間で、彼の動きはまるで儀式のように丁寧だった。

「……ヴィクトル、いつもありがとう」

「当然の務めです」

彼はそのままルナフィエラの肩に湯着をかけ、結び目を整える。
わずかに頬を染める彼女に、優しく言葉を添えた。

「外は少し冷えますが、すぐ温まりますから」

木戸を開けると、夜気と湯けむりが流れ込んだ。
空には無数の星、湯面には月光が淡く揺れている。

「わぁ……」

ルナフィエラの紅い瞳が輝きを増す。
長く古城に籠っていた彼女にとって、人の営みと温もりが混ざる世界はまるで夢のようだった。

「本で読んだことはあったけど……こんなにきれいなんて、思わなかった」

湯の縁に腰を下ろした彼女が小さく微笑む。
その横で、フィンが嬉しそうに湯を跳ねさせた。

「ね? 言った通りでしょ! 湯けむりと灯りが混ざると、まるで星が降ってるみたいなんだ!」

「……ほんとだね。すごく……きれい」

彼女の頬は湯の熱で紅く染まり、ゆるくまとめられている髪の先からは雫が滴っていた。
その姿に、男たちの視線が自然と吸い寄せられる。

背後から伸びた腕が、彼女の細い肩を包み込んだ。
驚く間もなく、ぬくもりが背中に触れる。
フィンだった。
湯の香りと彼の息づかいが、すぐ耳の後ろに触れる。

「……ルナ」

名を呼ばれるたび、心の奥がふわりとほどけていく。
振り向いた瞬間、唇が重なった。
深く、長く――まるで呼吸の仕方を忘れてしまうほどに。
熱を帯びた吐息が触れ合い、世界が遠のいて行く。

「……っ……ふ、ぅ……」

小さく漏れた息を、彼が飲み込むように唇をなぞる。

息が苦しくて、けれど胸の奥は不思議と痛くなかった。
離れたあともフィンの腕は緩まず、彼の鼓動が背中越しに伝わってくる。

「……もう、離さないよ」

その声音に、ルナフィエラの胸がきゅっと鳴った。
その様子を見ていたヴィクトルが静かに近づき、濡れた髪を指先で掬う。

「ルナ様。……大丈夫です、力を抜いて」

囁きのあと、唇が触れる。
それは優しくも、抗いようのない深さだった。
触れるたびに、胸の奥の鼓動が重なっていく。

ユリウスは彼女の頬に触れ、そっと囁いた。

「君がこうして笑ってくれるなら、それだけでいい」

そう言いながらも、彼の唇は迷わず彼女のものを奪っていく。
理性も静寂も、星明かりの中に溶けていくようだった。

最後にシグの手が彼女の肩を掴んだ。
力強くも、決して乱暴ではない。

「……全員分、受け取れ」

低い声とともに、唇が触れる。
短いはずのその一瞬が、永遠のように長く感じられた。

やがて、彼が唇を離したとき。
ルナフィエラは湯の中でふらりと力を抜き、フィンの胸に凭れた。
頬は紅く、唇は微かに濡れて、まるで花びらのように柔らかい。

「……みんな、もう……ひどい……」

恥ずかしさと息苦しさの中で呟く声は、かすれて震えていた。
けれど嫌ではない。
むしろ、全身が温泉よりも熱を帯びていた。

抱き寄せられた腕のぬくもり、湯気の向こうの息遣い。
彼らの気持ちが、すべてルナフィエラの中に染み込んでいく。

「……みんな、ありがとう。わたし……本当に幸せ」

ルナフィエラの掠れた声に、4人が微笑んだ。
湯けむりに包まれ、星々の瞬きが水面に落ちていく。
彼女は抱きしめられたまま、胸の奥でそっと願う。

(どうか、この時間が、もう少しだけ続きますように)
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