純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第八章:湯けむりに包まれて

第146話・君に刻む、永遠の印

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「ルナ」

囁くような声が降りてきて、ユリウスの指先がそっと彼女の髪をかき上げる。
その仕草の柔らかさに、ルナフィエラは思わず身を任せた。

「……少しだけ、我慢して」

何が?と尋ねるより先に、
彼の唇が――首筋に、そっと触れた。

「……っ……」

ぴくんと肩が跳ねる。
くすぐったいような、甘い痺れが背筋を伝って走る。
そのまま押し当てられる唇。
時間がゆっくりと引き伸ばされて、熱が、刻み込まれていく。

そして、ふと離れたあと。
彼女の白い肌に、淡く紅を帯びた――確かな“痕”が残されていた。

「ユリウス……な、に……これ……」

「あげたかったんだ。“印”を。……僕のものだって、ちゃんと、君自身に刻んでおきたかった」

そう言って微笑むユリウスの表情は、とても優しい。
でもその奥に、確かな独占欲が滲んでいた。

そのときだった。

「……ずるいよ、ユリウス!」

不意に背後からフィンの声が上がり、
あっという間にルナフィエラの肩口へ腕を回してくる。

「ルナは、僕のだよね?」

「ふぇ……? ちょ、フィン……」

次の瞬間――
今度は鎖骨の上に、そっと唇が触れた。

「ひゃ……!」

熱を持った柔らかな感触。
押し当てられて、少しだけ吸い上げられる。
彼女の身体がびくんと跳ねた。

「はい、完成♪」

誇らしげに笑うフィンの隣から、シグが静かに歩み寄ってきた。

「……」

「え、ちょっと待っ――」

言いかけた彼女の声を、シグの大きな手がそっと後ろから支える。

そのまま、肩甲骨のあたり。
露出していた背中に――

「っ、ん……っ……!」

彼の唇が静かに触れた。
吸い上げられた感覚に、思わず息が詰まる。

最後にそっと唇が離れると、
そこにもまた、紅い“しるし”が残されていた。

「……ルナ様。失礼いたします」

静かに頭を下げたヴィクトルが、
彼女の左腕をとり、手首の内側に押し当てるように口づける。

「っ……!」

まるで忠誠を誓うかのようなキス。
それでも、最後はほんの一瞬、唇が名残惜しげに吸い上げる。

彼女の瞳が潤み、頬が一気に熱を帯びた。

「や、だ、なにこれ……っ、みんなして……!」

「可愛いものだね」「似合ってる」「悪くねえ」「とても、綺麗です」

4人が口々に言うその声が、どれも甘くて、優しくて。
けれど彼女は――

「……ぅぅ、恥ずかしい……!」

顔を覆って、もぞもぞと布団に潜ろうとする。

けれどその腕は、すぐに誰かに引き止められ、
「逃がさないよ?」という囁きが、どこからともなく聞こえてきた。

ルナフィエラの体には今――
4人からの“愛の刻印”が宿っている。

それは目に見える、確かな幸せの証。
胸の奥がくすぐったくて、息が詰まりそうなくらい、嬉しくて。

(……もう、知らない……)


その後も、4人からのキスが重なり、溶けていく。
肌に触れた唇の温もりが、静かに、でも確かに、胸の奥をとかしていった。

ルナフィエラは、そっと目を閉じる。
誰の手かはもう、わからない。
けれど、すべてが優しくて、心地よくて、
胸の奥から息がこぼれるような甘さだった。

(……キスだけなのに、どうして……)

触れられるたび、名前を呼ばれるたび、心が溶けていく。
誰かの手が頬を撫で、誰かの吐息が耳元をかすめる。

「ルナ……」
「……愛してる」

ささやきが肌に触れた瞬間、はぁ、と熱を含んだ吐息が漏れる。
自分の声があまりにも甘くて、驚く。

(こんなふうに求められるの、ずるい……)

指先が絡み、背に腕がまわる。
吐息に溶けた声が、耳の奥で震える。

髪を撫でられ、額にキスを落とされると、もう自分がどこにいるのかもわからない。
ただ、深く深く、甘さの中に沈んでいく。

「君のすべてが、愛おしい」

その一言で、心が震えた。

(私……今、こんなにも……)

愛されている。
全身で、心の奥で、骨の髄まで。
4人の想いが、指先や唇を通して流れ込んでくる。

(もう、なにも……こわくない……)

何度も名を呼ばれ、抱きしめられ、重なって──
幸福に満たされた意識が、ふっと糸が切れたように、光の中に溶けていった。


やがて、夜が深くなるころ。
ルナフィエラはヴィクトルの胸の中、宝物のように大切に抱きしめられながら眠りに落ちた。

そっと額に、最後のキスが落とされる。

「……おやすみなさい、ルナ様」

それは永遠を誓う、静かな祈りのようだった。
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