【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第十章:星霜の果て、巡り逢う

第166話・名前だけで、あなたの前に立つ

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ルナがようやく息を整えた、その瞬間だった。

「ヴィクトル。……いつまでそうしているつもりだ」

低く落ち着いた声が、空気を切り裂いた。
白金の髪の青年だった。
静かな声音なのに、その言葉は容赦がない。

「彼女をずっと立たせておくのは、お前の本意ではないだろう?」

その指摘に、黒髪の青年の腕がわずかに震えた。
離れなければいけないと頭では理解している。
けれど心が頑なに拒んでいる。
その葛藤が、痛いほど表情に滲んでいた。

「……っ」

白金の髪の青年は大きく、わざとらしいほど深い溜息をついた。

「まったく……お前も昔から変わらないな」

その一言が、刃ではなく“救い”のように響いたのだろう。
黒髪の青年の肩がわずかに落ち、呼吸が静かに揺れる。

そしてようやく、彼はルナを抱きしめていた腕を静かにほどいた。

――が。

(……え?)

自由になったと思った瞬間、彼はすぐにルナの手を取り返した。

躊躇など一瞬たりともない。
むしろ、“触れていていい”と確かめたかのように、優しく、けれど離す気のない強さで。

「ルナ様、こちらへ……」

涙の余韻をまだ含む声なのに、驚くほど丁寧だった。

軽く手を引かれ、ルナはサロン中央の椅子へと導かれる。
腰を下ろした後も、黒髪の青年は自然な動作でルナの“斜め後ろ”に立った。

守るように。
囲うように。
触れられる距離のまま。

その立ち位置は、これまで仕えていたかのような“定位置”をなぞっていた。

ルナは視線だけ少し後ろへ向ける。

(どうして……こんなに自然に、ここに立てるんだろう)

初対面で、知らないはずなのに。
その光景が“当然”であるように感じてしまう自分に、胸がざわついた。

サロンの空気が静かに沈み、4人の視線がルナへ集まる。

誰からともなく視線を交わし──
最初に一歩、前へ出たのは茶髪の青年だった。

「……フィンだよ」

それだけ。
家名も肩書きも言わない。

けれど、その声音には“ようやく言えた”という震える温度があった。

ルナはまばたきを一つして、小さくうなずく。

次に進み出たのは白金の髪の青年。
この個室サロンの主なら本来、誰より格式ばった名乗りをする立場だろう。
だが彼の口から出たのも──

「ユリウスだ」

それだけだった。
その簡潔さが、むしろ強い決意のように響く。

(……家名を言わないんだ)

ルナは不思議に思う。
王族も通う学園なのに、誰も身分を示さないことに。

3人目は大きな影を落とすように近づいた赤髪の大柄な青年。

「シグ」

短く、低く。
それでも柔らかさが滲む声だった。

そして最後に──
ルナのすぐ斜め後ろに控えていた黒髪の青年が、ゆっくりと前へ出る。

涙の跡がまだ残る横顔のまま、静かに、胸の奥を押し出すように名乗った。

「……ヴィクトル、と申します」

“申します”だけが、ぎりぎり堪えた礼儀。
だが姓を告げなかったのは、家名ではなく“ただの自分”として向き合いたいという想いの表れのように見えた。

4人はそれ以上、何も言わない。
ただ“自分の名前”だけを差し出して立っている。

この国で与えられた血筋も家柄も、いまの彼らにとってはどうでもいいのだと──
沈黙がそれを雄弁に語っていた。

(……どうして?)

ルナは胸の奥が少しだけ熱くなる。
彼らが名前だけで立っている姿を見ると、まるで“本当はずっと知っていた”ような感覚が胸の底をふわりと揺らした。

ルナは息を吸い、胸の前でそっと手を揃えた。
自分の番だ。

「……私は、ルナ・レーヴェンティアと申します。
隣国レーヴェンティア王家の、第三王女です」

名乗り終えた瞬間、サロンの空気が静かに満ちた。

彼らの反応は──
ルナが予想していた“驚き”ではなかった。

ヴィクトルのまなざしは優しさで濡れていて、
シグは噛みしめるように目を伏せ、
ユリウスはどこか誇らしげに頷き、
フィンは嬉しさを隠しきれず微笑んでいた。

ルナは戸惑う。

(……あれ? 私、ただ名乗っただけなのに……)

まるで、ずっと探していた何かがようやく形になったかのような──
そんな“安堵”の表情ばかり。

胸の奥に、微かなざわめきが生まれた。

(どうして……? どうして、こんな顔を向けられるの……?)

理由はわからない。
けれど、不思議とほんの少し、温かかった。
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