純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第二章:4騎士との出会い

第7話・静かな城に、今日も誰かが居座っている

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ユリウスとの出会いから、数日が経っていた。

「……さて、と」

彼はまるで最初からここに住んでいたかのように、城の廊下を歩きながら軽く伸びをする。

「どうしてあなたはまだここにいるの?」

ルナフィエラが呆れたように問いかけると、ユリウスは優雅に微笑んだ。

「ん? 君が面白いから、かな?」

「……意味がわからないわ」

「僕は、興味を持ったものを簡単には手放さないって言っただろう?」

紅き月が近づくにつれ、ルナフィエラの魔力は確実に高まっていた。
彼女の存在がこの世界に及ぼす影響——それを見極めるため、ユリウスはここに滞在すると勝手に決めていたのだった。

「当然のように居座らないでください」

その場にいたヴィクトルが、静かに釘を刺す。

「ルナフィエラ様に対する“興味”などという曖昧な理由で、この城に長居されるのは困ります」

「困る? ふぅん……」

ユリウスはヴィクトルを見つめ、挑発的に笑う。

「君こそ、どうしてそんなに警戒するんだい? 僕がルナフィエラをさらうとでも?」

「貴殿の意図が見えない以上、警戒するのは当然でしょう」

「なるほどねぇ」

ユリウスは楽しげに目を細め、ルナフィエラへと向き直った。

「ねぇ、ルナフィエラ。君はどう思う?」

「どう……と言われても」

「僕がここにいて、迷惑かな?」

その問いに、ルナフィエラは少しだけ言葉に詰まった。

(迷惑……では、ない……けれど)

ユリウスは確かに得体の知れない存在だったが、彼が敵意を持っていないことはなんとなく感じていた。
それに——

「……貴方がいることで、私のことを知る手がかりが増えるなら……」

「ふむ、それはまた興味深い答えだね」

ユリウスが満足そうに笑ったその瞬間、ヴィクトルが小さく息をつく。

「ルナフィエラ様……」

「大丈夫よ、ヴィクトル」

ルナフィエラは静かに微笑んだ。

「……この城は、もともと私一人でいた場所。だから、誰かがいてくれるのは……不思議な気分だけど、嫌ではないわ」

「おやおや、これは光栄だね」

ユリウスが肩をすくめた。

「じゃあ、しばらく厄介になろうかな」

ヴィクトルは不満そうに沈黙するが、ルナフィエラがそう言うなら、と渋々受け入れた。

こうして、彼らの奇妙な共同生活が始まったのだった。

——————————————

「……へぇ、君はここでずっと一人で暮らしていたのか」

夜。書庫で古い本をめくりながら、ユリウスが感嘆の声を漏らす。

「退屈じゃなかった?」

「退屈、というより……」

ルナフィエラは少し考え込む。

「“ひとりでいるのが当たり前”になっていたから、気にしていなかったのかもしれないわ」

「なるほどねぇ」

ユリウスは本を閉じ、微笑む。

「でも、君は今、一人じゃない」

「……え?」

「少なくとも、僕とヴィクトルがいる」

ルナフィエラは少しだけ目を見開く。

それは、彼女があまり意識していなかったことだった。

100年間、誰もいなかった城に、今は二人の騎士がいる。
それがどれほど異質なことなのか、ルナフィエラ自身が一番実感していなかった。

「君はもっと、人に頼るべきだよ」

ユリウスは軽く言う。

「僕も、ヴィクトルも、君を放っておくつもりはないんだから」

「……頼る、なんて……」

「ふむ、どうやら君は“誰かを頼る”ことに慣れていないようだね」

ユリウスがにやりと微笑む。

「これは、少しずつ矯正していく必要がありそうだ」

ルナフィエラは、微妙な表情で彼を見た。

(この人、本当に何を考えているのかわからない……)

けれど、彼の言葉はどこか温かく、まるで「君はひとりではない」と当然のように告げるものだった。

———————————————

翌日、ルナフィエラは静かにテーブルに向かいながら、深い溜息をついていた。

(……この状況、なんなの……?)

城の大広間にある食卓。
そこに並ぶのは、簡単なスープとパン、焼いた肉と果物。
本来なら、ひとりで静かに取るはずの食事だった。

なのに——

「……なんで、あなたたち二人が揃ってここにいるの?」

向かいには、いつも通りのヴィクトル。
そして、その隣にはすっかり馴染んだ顔で席についているユリウス。

「何って、朝食の時間じゃないか」

「別に、私と一緒に食べる必要はないわよね?」

「そりゃそうだけど、君が食事を取る姿を見てみたかったんだ」

ユリウスは紫の瞳を輝かせながら、興味深そうにルナフィエラを見つめる。

「100年も孤独に生きていた純血種が、こうして普通に食事をする光景……これは貴重だね」

「……そんなに珍しい?」

「珍しいよ」

ユリウスは微笑みながら、スープを一口飲む。

「純血種は、基本的に血を糧とする。でも、君は吸血を拒んでいる。ならば、一体何を“生きるための糧”としているのか?」

「……」

ルナフィエラは言葉に詰まる。

(……そんなこと、考えたこともなかった)

「生きるための糧、ね……」

ユリウスはルナフィエラの表情をじっと見つめた後、意味ありげに微笑む。

「——君は、本当に“生きたい”と思ってる?」

「……!」

「もし、君が本気で生きることを望むなら……」

「僕は、君にそれを教えてあげられるかもしれない」

ルナフィエラは、ユリウスの言葉の意味を測りかねて、ただ彼を見つめ返した。

(この人は……何を考えているの?)

そのとき——

「ルナフィエラ様」

ヴィクトルの低い声が、会話を遮る。

「お食事が冷めてしまいます」

「……あ」

ヴィクトルの紅い瞳が、静かに彼女を見守っている。
彼は何も言わず、ただルナフィエラがしっかりと食事を取ることを気にかけていた。

(……そっか、ヴィクトルは……)

ユリウスとは違い、何かを問い詰めることはない。
ただ黙って、ルナフィエラが生きていることを大切にしてくれる。

(……そういうところ、安心するのよね)

ルナフィエラはスプーンを取り、静かにスープを口に運んだ。

「……おいしい」

「当然です。ルナフィエラ様のために選びましたので」

ヴィクトルは淡々としながらも、どこか満足げな表情を見せる。

ユリウスは、それを面白そうに眺めながら、くすりと笑った。

「ヴィクトル、君は本当にいい忠犬だね」

「……黙れ」

「はいはい。まぁ、君がそうしている限り、僕もここにいる理由はあるってことだね」

「……貴殿は、本当に出て行くつもりがないのか?」

「うん。しばらくここで、ルナフィエラを見守るよ」

「……勝手なことを」

そんな言葉のやりとりを聞きながら、ルナフィエラは静かに息をついた。

(……きっと、また騒がしくなるわね)

けれど、それがどこか——

悪くないと、少しだけ思ってしまう自分がいた。
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