純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

文字の大きさ
8 / 177
第二章:4騎士との出会い

第8話・満月の夜

しおりを挟む
静まり返った古城の中で、ルナフィエラは深く息を吐いた。

(……熱い……)
倦怠感、微かな眩暈、そして体の奥がじわりと灼けるような感覚に包まれる。

(……また、満月の影響ね)

満月はヴァンパイアや魔族にとって魔力を活性化させるもの。
しかし、ルナフィエラにとっては魔力の乱れを引き起こし、体調を悪化させる原因となっていた。

しかし、それだけならば今まで何度も経験してきたことだった。
だが、今回は違う。

ヴィクトルとユリウスとの共同生活——それが、思った以上にルナフィエラの負担になっていたのだ。


(私は……誰かと一緒にいることに慣れていない)

100年間、孤独が当たり前だった。
食事を共にすること。
誰かが傍にいること。
自分を気にかける存在がいること。

それらが、無意識のうちに彼女の心と体を疲れさせていたのかもしれない。

(……少し、一人になりたい)

そう考えたルナフィエラは、ふらふらと書庫へ向かった。
書庫の奥には、昔、身を隠すために作った狭いスペースがある。
誰にも邪魔されずに休める場所——。

誰の目も届かないその場所に身を横たえ、ゆっくりと瞼を閉じた。

——————

「……ルナフィエラ様がいない?」

食卓に現れなかったルナフィエラの姿を確認し、ヴィクトルの表情が険しくなる。

「おかしい……」

「別に、彼女がどこかへ行くのは珍しいことじゃないだろう?」

ユリウスがテーブルに肘をつきながら、面白がるように微笑む。

「城の中で一人になりたい気分だったんじゃない?」

「いや……」

ヴィクトルはすぐに首を横に振った。

「ルナフィエラ様は、決して無断で姿を消すようなことはなさらない」

「何か異変があったのかもしれない」

ユリウスの表情が少し変わる。

「……そんなに心配なら、探してみたら?」

「当然だ」

ヴィクトルは即答すると、すぐに城内を探し始めた。

——————

ルナフィエラは静かに目を閉じたまま、ゆっくりと浅い呼吸を繰り返していた。

(……意識がぼんやりする)

熱があるせいか、頭が重い。
けれど、少し眠れば回復するはず——。

その時。

カツ……カツ……

誰かの足音が書庫の中に響いた。

「……ルナフィエラ様」

(ヴィクトル……?)

低く落ち着いた声が、ルナフィエラの名を呼ぶ。
それでも、ルナフィエラは身動きしなかった。

(今は……そっとしておいて)

しかし、ヴィクトルはすぐに異変に気づいた。

「……ルナフィエラ様の魔力が、妙に弱い」

その瞬間——ヴィクトルの焦りが爆発する。

「ルナフィエラ様!」

書庫中をくまなく探し、ついに彼は書庫の奥の狭い空間へと辿り着いた。

ルナフィエラはそこで、身を縮めるように眠っていた。

「……どうして、ここに?」

ヴィクトルの声がかすかに掠れる。
その瞳には、焦りと困惑、そして強い感情が揺れていた。

「……なぜ、こんな場所にお一人で……」

「……迷惑を…かけたくなかったの」

「迷惑……?」

ヴィクトルの眉が、ぎゅっと寄せられる。

「……私は、ルナフィエラ様にとってそんなにも“負担”でしたか?」

「……違うの」

ルナフィエラは掠れる声で答えた。

「……ただ、あなたたちと過ごすのは、私にとって初めてのことだから……」

「……」

ヴィクトルは、ほんの一瞬、息を詰まらせた。

(……そうか)

彼女は、誰かと一緒にいることにまだ慣れない。
そのことに、なぜ気づかなかったのか。

「……ルナフィエラ様」

ヴィクトルはそっとジャケットを脱ぐと、ルナフィエラの肩に優しくかけた。

「冷えておられます」

「……あなたの服、汚れてしまうわ」

「気にしません」

ヴィクトルは静かに膝をつき、ルナフィエラの顔を覗き込む。

「……私は、貴女を守ると誓ったのです」

「なのに……ルナフィエラ様が私に何も仰らず、こうして倒れている……それが、どれほど恐ろしいことか……」

その声には、深い苦悩が滲んでいた。

「……ごめんなさい」

ルナフィエラがそっと瞳を伏せると——

「——ああ、なるほどね」

ユリウスの軽い声が響いた。

ヴィクトルが鋭く振り返る。

「貴殿……」

ユリウスは壁にもたれながら、ゆったりとルナフィエラを見下ろしていた。

「ルナフィエラ、君は本当に“誰にも頼らない”んだね」

「……」

「君にとって“誰かに頼る”って、そんなに難しいこと?」

ルナフィエラは言葉を失う。

ユリウスは微笑みながら、ルナフィエラの額に手を伸ばした。

「熱い」

その指が、そっと頬を撫でる。

「……こうやって、君はずっと一人で耐えてきたの?」

「……そうするしかなかったから」

「……そう」

ユリウスの紫の瞳が、静かに細められる。

「じゃあ、今は?」

「……」

「君が“ひとり”じゃないなら、そうする“しか”ないってことも、なくなるんじゃない?」

「……」

ルナフィエラは、ほんの少しだけ目を見開いた。

ヴィクトルが、静かに彼女の肩に手を添える。

「ルナフィエラ様、お部屋に戻りましょう」

「……でも」

「歩かせるつもりはありません」

ヴィクトルはそう言うと、躊躇いなくルナフィエラを抱き上げた。

「……っ」

腕の中に感じる体温は、思った以上に高い。
彼の眉がわずかに寄せられ、唇が結ばれる。

(こんな状態で、一人でいるなど……)

「……ユリウス」

「ん?」

「貴殿の戯言は結構だ」

「やれやれ、忠犬さんは相変わらずだね」

ユリウスは小さく笑いながら、ルナフィエラの手をそっと取る。

「次は、ちゃんと頼るんだよ?」

「……」

ユリウスの言葉が、ルナフィエラの胸の奥で小さく響く。

けれど、それを考えるより先に——
ヴィクトルの腕の温もりに包まれたまま、彼女の意識は深い眠りへと沈んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果

下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。 一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。 純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。 小説家になろう様でも投稿しています。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!

キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。 だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。 「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」 そこからいろいろな人に愛されていく。 作者のキムチ鍋です! 不定期で投稿していきます‼️ 19時投稿です‼️

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

能天気な私は今日も愛される

具なっしー
恋愛
日本でJKライフを謳歌していた凪紗は遅刻しそうになって全力疾走してたらトラックとバコーン衝突して死んじゃったー。そんで、神様とお話しして、目が覚めたら男女比50:1の世界に転生してたー!この世界では女性は宝物のように扱われ猿のようにやりたい放題の女性ばっかり!?そんな中、凪紗ことポピーは日本の常識があるから、天使だ!天使だ!と溺愛されている。この世界と日本のギャップに苦しみながらも、楽観的で能天気な性格で周りに心配される女の子のおはなし。 はじめて小説を書くので誤字とか色々拙いところが多いと思いますが優しく見てくれたら嬉しいです。自分で読みたいのをかいてみます。残酷な描写とかシリアスが苦手なのでかかないです。定番な展開が続きます。飽き性なので褒めてくれたら続くと思いますよろしくお願いします。 ※表紙はAI画像です

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...