純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第二章:4騎士との出会い

第9話・満月の夜、その後

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柔らかな陽光が、薄いカーテン越しに差し込んでいた。

(……思ったより、よく眠れた)

ルナフィエラはゆっくりと瞼を開け、静かに息を吐く。
昨夜の発熱は落ち着き、体のだるさもほとんどなくなっていた。

ベッドの横に視線を向けると、水の入ったカップが置かれている。
カップの横には、整然と畳まれたジャケット——ヴィクトルのものだった。

(……昨日、書庫で)

彼が迷いなく自分にジャケットをかけたことを思い出し、胸が少しだけ温かくなる。

「……ルナフィエラ様」

ドアの向こうから、控えめなノックとともにヴィクトルの声が聞こえた。

「……どうぞ」

扉が静かに開かれ、ヴィクトルが部屋に足を踏み入れる。

「お加減はいかがですか?」

「もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」

ルナフィエラが微笑むと、ヴィクトルはほっとしたように胸を撫で下ろした。

「良かった……」

「……っ!」

その安堵の表情を見た瞬間、ルナフィエラの心がかすかに痛む。

(……本当に心配させてしまったのね)

昨夜、彼がどれほど焦り、どれほど必死に自分を探してくれたのか——。
そのことを思い出すと、素直に謝りたくなる。

「……ヴィクトル」

「はい、ルナフィエラ様」

「私、実は……」

言いかけたその時——

「おや、もう起きていたんだね」

軽い足音とともに、ユリウスが入ってきた。

「失礼するよ。君の様子が気になったからね」

「……ユリウス」

紫の瞳がじっとルナフィエラを見つめる。

「どうやら、もう元気そうだね」

「ええ、おかげさまで」

「それは何より。でも……」

ユリウスは椅子に腰掛け、少しだけ表情を引き締める。

「君は“どうして”こうなったのか、ちゃんと考えたことがある?」

「……?」

ユリウスの問いに、ルナフィエラは戸惑う。

「満月の夜の影響で魔力が乱れたことが原因じゃないの?」

「まぁ、それも一因だろうけど……君、本当にそれだけだと思ってる?」

ユリウスはルナフィエラをじっと見つめる。

「昨日の様子を見ていて思ったんだけど……君って、もしかして“慢性的に体が弱い”んじゃない?」

「……っ」

その言葉に、ルナフィエラは無意識に息を詰まらせた。

「……私は、昔から満月のたびに体調を崩しやすかったわ」

ヴィクトルの瞳が揺れる。

「それは、以前から続いていたことなのですか?」

「ええ……」

ルナフィエラはゆっくりと頷いた。

「子供の頃から、満月の夜になると、体が重くなったり熱が出たりしていたの」

「……」

「でも、あの日以降は、いつも一人だったから……特に気にせずやり過ごしていたわ」

静寂が落ちる。

ヴィクトルは何かを考え込むように拳を握り、ユリウスは思案げに目を細めた。

「……ねぇ、ルナフィエラ」

ユリウスが軽く指を組みながら、ゆったりと口を開く。

「君、100年間“吸血”してないんでしょ?」

「……ええ」

「それに、満足な食事も取ってこなかった」

「……そうね」

「なら、それが原因じゃないの?」

「……?」

「満月の夜の影響はもちろんあるだろうけど……君の体、単純に栄養不足で満月に耐えられない状態なんじゃない?」

「……!」

ルナは目を見開く。

「……そんなこと……」

「考えたことなかった?」

「……」

「まぁ、君にとっては当たり前のことだったのかもしれないけどさ……」

ユリウスは肩をすくめる。

「ヴァンパイアって、血を摂ることで力を維持する生き物だよね? それを100年間も拒否して、ちゃんとした食事も取らずに生きてきたんだ」

「なのに、満月の夜に体調を崩すのは“魔力の乱れ”だけが原因……そう思ってるほうが不思議だよ」

「……っ」

「おそらく、満月の影響で魔力が不安定になるたびに、体力の消耗が激しくなりすぎているんじゃないかな」

「つまり……魔力の乱れと体の虚弱さが重なって、より一層症状がひどくなっているってことか」

ヴィクトルが低く呟く。

ユリウスは軽く頷くと、ルナフィエラの方へ視線を戻した。

「ねぇ、ルナフィエラ」

「……なに?」

「君、本当にこのままでいいの?」

「……っ」

「吸血する気がないのは分かる。でも、ちゃんとした食事くらいは取ったほうがいいんじゃない?」

「……」

ルナフィエラは返す言葉を見つけられず、俯く。

その肩に、そっとヴィクトルの手が添えられた。

「ルナフィエラ様」

「……?」

「これからは、きちんとした食事を取っていただきます」

「えっ……?」

「このようなことが再び起こることは、私には耐えられません」

ヴィクトルの紅い瞳が、真っ直ぐにルナフィエラを見据えている。

「……ルナフィエラ様が吸血を望まれぬならば、それに代わる手段を探しましょう」

「……!」

(そんなふうに、考えてくれるなんて……)

ルナフィエラは胸の奥が熱くなるのを感じながら、そっと微笑んだ。

「……ありがとう、ヴィクトル」

「いえ、当然のことです」

「……じゃあ決まりだね」

ユリウスがくすりと笑う。

「これからは、僕も協力するよ。君がちゃんと“生きる”ためにね」

「……ユリウスもありがとう」
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