純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第四章:紅き月の儀式

第56話・帰還への道

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戦いは、終わった。

砕けた魔法陣の中心、
白銀の髪を月光に濡らして、
ルナフィエラは静かに眠っていた。

彼女は、すべての力を使い果たした。

癒しと再生の魔力を振り絞り、
自らの命を削るようにして――

そして今、深い眠りの中にいる。

「……今は、ただ、安全な場所で休ませないと」

ヴィクトルが、そっと彼女の身体を抱き上げながら呟いた。

その腕の中のルナは、壊れそうなほど軽く、
それでも確かに温もりを持って、そこに在った。

「こんな場所に……これ以上、置いておけねぇ」

シグが険しい顔で辺りを見回す。

王城の内部は、儀式と戦闘の余波でひどく荒れていた。
砕けた石材、焦げた壁、漂う血と魔素の残り香――

ここはもはや、彼女が眠るにはあまりにも無惨すぎた。

「……すぐにでも、離れよう」

ユリウスが短く言った。

彼もまた、周囲の惨状に目を細める。
だが、それ以上にルナの状態を気遣っていた。

「城の地下に、王族の非常用馬車が保管されているはずだよ。
……急ごう」

フィンが小声で報告する。

彼らは誰も、時間を無駄にはしなかった。

「向かう先は――」

「……古城だ」

ヴィクトルが即答した。

「彼女が、帰るべき場所。……俺たちも、共に」

四人の騎士たちは、無言で頷き合った。

ルナフィエラを守るため。
彼女がもう一度、目を覚ますその日まで。

かつて彼女が微笑んだ、あの静かな古城へ。
帰るべき家へ――今、再び。

夜が明け始めた空の下、
一台の馬車が静かに城を後にした。

積み重なる瓦礫と、遠ざかる王城を背にして。

その中心には、ルナフィエラ。
誰よりも静かに眠る、彼らの”姫”がいた。



馬車の中は、静かだった。

ゴトン、ゴトンと、車輪の音だけが規則正しく響く。
それ以外は、誰も声を発さなかった。

毛布に包まれたルナは、ヴィクトルの膝の上に抱かれるように横たわっている。
彼女の顔は安らかだったが、どこか儚く、消え入りそうなほどに淡い。

馬車を操る御者席には、シグが座っている。
手綱をしっかりと握りしめながら、道に意識を向けていた。

(……大丈夫だ。絶対に、無事に帰す)

シグの心の中には、静かな闘志があった。

仲間たちが馬車の中でルナを見守っていることに、
ほんの少しだけ、羨ましさを覚えながら。


ヴィクトルは、そっと彼女の頬に触れた。
その指先に、微かな体温を感じ、ほっと息を吐く。

「……ルナ様」

掠れた声で、彼は呼びかけた。

「……あなたが目を覚ましてくれるなら、
どんな罰でも……どんな責めでも、受け入れます」

指先が小さく震える。

(守ると誓ったのに――)

父を止められなかった後悔。
命を賭けて守ろうとしたのに、彼女に負担を強いてしまった苦しみ。

それらが、彼の胸を締めつけていた。

隣では、フィンがそっと動いた。

彼は慎重に、ルナの額に手をかざす。
ごく弱く、けれど温かな治癒魔法が、ルナを優しく包み込んだ。

光はとても淡い。
眠りを妨げることなく、ただそっと命を後押しする魔法。

フィンは魔力を流しながら、ぽつりと呟いた。

「……ごめんね、ルナ」

「僕は、何もできなかった。
本当にあなたを助けたいって、思ってたのに……」

声が震え、言葉が途切れる。

馬車の外、手綱を握るシグが、
聞こえているかのように、拳を固く握った。

「……今さら悔やんでも、しょうがねぇ」

シグの低い声が、風に乗って馬車の中へ届いた。

「……でも、やっぱ悔しいもんは悔しいんだよ」

吐き捨てるようなその声には、
隠しきれない痛みが滲んでいた。

「ルナは……頑張った。
僕たちなんかより、ずっと、あんな細い体で……」

フィンも俯き、小さく震えた。

最後に、ユリウスが静かに口を開いた。

「……ヴィクトルも、フィンも、シグも。
皆、自分を責めすぎだ」

その声は低く、けれど確かな強さがあった。

「完璧に守るなんてできない。
けれど、こうして彼女は、生きている。
――それだけで、十分だ」

ルナの毛布を整えながら、ユリウスは小さく微笑んだ。

「次はもう、誰も傷つけさせない。
僕たち皆で、彼女を守るんだ」

誰も言葉は返さなかったが、
その沈黙には確かな決意が宿っていた。

馬車は朝日が昇りつつある道を走り続ける。

四人の想いに守られながら、
ルナは静かに、穏やかな眠りを続けていた。

それは、希望の証そのものだった。
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