純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第四章:紅き月の儀式

第55話・月の終わり、光の始まり

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魔法陣の中心――ヴィクトル父の身体からあふれ出した魔力は、
制御を失い、瘴気となって空間を侵食し始めていた。

「ぐ……うぅ……っ、まだ……まだだ……!」

彼は既に自らの限界を超えていた。
取り込んだ魔法陣の核は暴走を始め、
それを止める術も、もはや彼自身には残されていない。

「この力は……俺が……!」

呪いのような叫びが、天井を割るように響いた。

空間が歪み、石床が裂ける。
魔力の奔流が城の奥へ、さらに深くへと突き進み――

その中心へ、静かに足を踏み入れる者がいた。

ルナフィエラ。

紅い瞳に映るのは、ただ一つ。

「……これ以上、誰も……失わせない」

その言葉とともに、彼女はそっと手を伸ばした。

暴走する瘴気が、彼女の指先に触れた瞬間――

「……っ!」

彼女の身体を、光が包んだ。

赤黒い魔力が、彼女の魔力に呑まれていく。
まるで浄化されるかのように、静かに――けれど確実に。

「まさか……っ、やめろ、やめろォォ!!」

ヴィクトル父の叫びも届かない。

彼女の魔力は、ただ静かに世界の“歪み”を整えていく。

「……あなたは誇りを語りました。
けれど、本当の誇りとは……
誰かの力を奪うことではなく、誰かを守るために力を使うことです」

その言葉とともに、
彼女の手が最後に魔法陣の核へと触れた。

――音もなく、全てが崩れた。

瘴気が散り、核が消滅し、
魔法陣の輝きが静かに、完全に、消えた。

「…………あ……」

ヴィクトル父の身体が崩れ落ちた。

もはや力も、誇りも、野望も何も残ってはいない。
彼の目は空を見つめたまま、かすかに笑っていた。

「……やはり……あれは……王の血……」

最期の言葉は、それだけだった。

音もなく、塵のように彼の魔力が消えていく。

ルナフィエラはその場に膝をつき、静かに目を伏せた。

誰も、言葉を発さなかった。
戦いが終わったことを、誰もが心で感じていたから。

砕けた魔法陣の中心で、ルナは静かに目を閉じた。

全てが終わった。
もう、力を奪おうとする者も、命を削られる儀式もない。

彼女はゆっくりと立ち上がり、
崩れた石の上に倒れているヴィクトルのもとへと歩み寄った。

その顔に触れた瞬間、彼の呼吸が浅く弱いことに気づく。

「……ごめんなさい、ヴィクトル。
あなたが……こんなに、傷つくなんて……」

彼女の指先に、再び魔力が宿る。

それは“癒し”の光だった。
傷を塞ぎ、失われた力を繋ぎ止める――
再生の魔力。

淡い金色の光が、ヴィクトルの身体に注がれていく。

「……っ……」

彼の瞳が、わずかに震え――かすかに開かれた。

「……ルナ、さま……?」

彼女は微笑んだ。
ほんの一瞬、安堵と優しさが滲む、
いつものような静かな笑顔で。

「……大丈夫。あなたも、皆も……」

ルナフィエラは立ち上がり、次にフィンのもとへ。

膝をついたまま魔力を使いきり、意識を失いかけていたフィンの肩に、そっと手を置いた。

光が、傷ついた身体を包み込む。

「……温かい……」

彼がかすかに呟いた声に、ルナフィエラはまた優しく笑った。

そのまま、ユリウス、シグへと――
彼女は一人一人の傷に手を伸ばし、癒していく。

魔力はもう限界を越えていた。

けれど、彼女の心は止まらなかった。

「……みんな、生きていて……よかった……」

最後にそう呟いたとき、
彼女の足元がふらりと揺れる。

「……っ、ルナ様?」

ヴィクトルが手を伸ばすより早く、
ルナの身体は静かに崩れ落ちた。

「ルナ様!!」

駆け寄ったヴィクトルがその身体を抱き留める。
彼女は目を閉じ、規則的な呼吸だけが胸を上下させていた。

「……力を、使いすぎたんだ」

フィンが呟く。

「でも……命に別状は、ない。大丈夫」

ユリウスとシグも安堵の息を吐いた。

静かな空間に、ようやく本当の“静けさ”が訪れていた。

紅き月は、完全に姿を消し、
夜の空に白銀の星が瞬き始める。

ルナは、誰よりも優しい光を胸に――
深い眠りに落ちていた。
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