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第四部
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夜会の翌日、エドガー王はダイモス連合王国がシーニュ王国の先代国王の正統な王子を保護していることを公表した。
すでにアレクが自分の後継として同腹弟のグラントリー王子を指名していて、同性婚には抵抗のない国柄であったせいか、命を狙われていたから性別を偽るしかなかったというカミーユの立場に人々は概ね同情的だった。
すでにカミーユが決闘で力量を見せていたこともあって、貴族たちからも反発は少なかった。
「亜人差別はドミニク三世の治世になってから悪化している。だが、元国民とはいえ隣国に出て行った者のことを干渉するのは難しかった。だが。これで堂々とシーニュに今までのツケを払わせる機会が来た」
高位の官僚や高位貴族を集めた会議の場でエドガー王はそう言い放った。
元々ダイモスでは力を重視するあまり、先代国王の治世までは非力な民が暮らしにくい一面があった。人族に紛れて暮らした方がマシだと国外に出て行く者もいた。エドガー王はそれを改善し、人族との対立も緩和したいと望んでいた。
シーニュ国内でダイモスからの移民が消息を絶つことが多いことは以前から疑問視されていた。ディマンシュの虐殺は一部の軍がマルク王の命令でやったと説明してきたが、実際の死傷者は虐殺と呼ぶには少なかったと伝えてきてもいた。
それに対して疑問を投げかけることは難しかった。亜人とはいえ自国の民ではないのだ。
それでも疑念は積み上がっていた。人族に対する不審感も高まっている。
「カミーユ」
エドガー王に呼ばれてカミーユは会議場に足を踏み入れた。隣にはアレクもいる。今日は視覚阻害のヴェールも首飾りもつけていない。纏っているものも男性の正装だ。上着の色はシーニュでは貴い色とされる藍色でクラヴァットにあしらったブローチはアレクの瞳の色だ。
長い豪奢な金髪はひとまとめにしているだけ。それが濃色の上着に光を纏わせるような彩りを添えていた。その均整の取れた立ち姿に議場にいた者たちは一様に息をのんだ。
けれど、当のカミーユは緊張してその様子も目に入ってはいなかった。
……上手くできているだろうか。王子として人前に出た事なんてないし、アレクやバルバラは褒めてくれたけど……。昨日はなかなか眠れなくて刺繍が捗ってしまったくらいだし。
「……わたしはカミーユ・セルジュ・ド・ブラシェ。先のシーニュ国王マルクの第三王子です。まずは皆を偽っていたことをお詫びしなくてはなりません」
カミーユはそれから何故性別を偽ってきたのか説明した。
「わたしはこの国と王太子殿下に感謝しています。祖国ではただの幽囚であった身を受け入れていただいた。けれど、わたしは祖国で多くの亜人が苦しんでいると聞いて、安穏と暮らしていることが申し訳なく思えてきたのです」
「では祖国と戦をなさるのにこの国の民を使うのですか?」
そう問いかけてきたのは宰相だった。この質問は想定済みだ。
「いいえ。ただ、この国のご威光をお借りしたいのです。わたしは叔父ドミニク三世を王位から引きずり降ろしたいわけではありません。ただ、真実を明らかにしたいのです。シーニュの亜人を救いたいからと、この国の兵士を犠牲にしては本末転倒です」
エドガー王がそこでにやりと笑う。
「元々シーニュからはカミーユと王太子を招待したいと正式な要請が届いている。それに応じるだけのことだ。戦になるかどうかはあちらの出方次第だ」
シーニュでは王太子選びの決闘の詳細は伝わっていないらしい。新しい王太子はひ弱と思われている。人族の間では鳥の亜人は希少で外見だけは美しいが華奢で非力という認識だ。過去には捕らえられて奴隷として売買されていたこともある。
それにカミーユのことも幼い頃から幽閉されてきた何も知らない小娘だと見なしているだろう。
「しかし、王太子殿下と妃殿下に何かがあれば……」
そう問われたエドガー王が声を上げて笑った。
「この二人が何かやらかしても、何かされることなどないだろうよ」
「いやその評価は……」
アレクが小声で呟いた。実際やらかしに行くのだけれど、そんな言われようはちょっと不本意なのはカミーユも同じだ。
「今回の王太子夫妻の訪問でシーニュに対して求めるのは、亜人労働の実態調査と正確な所在確認、そして、ディマンシュの元住人の捜索。ディマンシュの事件がもし何らかの作為を含むものならば、先代国王の名誉回復もだ。あくまで話し合いによる外交だが、我が国の話し合いには決闘も含むのは言うまでもない」
それを聞いた全員が顔を引き攣らせた。決闘でアレクは強力な魔法を披露し、カミーユはドレスを乱すこともなく大柄な闘士をねじ伏せたのは彼らの知るところだったのだ。
「それは……シーニュの王宮がたいへんなことになりますな」
誰かがぽつりと呟いて、全員が大きく頷いた。
「その勢いでシーニュを制圧なさればよろしかろう。妃殿下にはその権利があるのだし」
「左様左様。あの国は元々亜人を下に見ていて気に食わぬところがあるからな、ちと痛い目に遭った方がいい」
「両殿下はどうぞ存分に暴れてきなされ」
何やら全員がそうやって煽るような言動をはじめて、困惑してアレクに目を向けたら、向こうも同じような表情でこちらを見つめていた。
だから、その評価は何なのか……。話し合いに行くと言ってるのにどうして決闘することになってるのか……まあ、最悪そうなる可能性もあるけど……いや、それはなるべくしない方向で。
バルバラと話していた「暴れん坊妃」が現実味を帯びそうでカミーユは戸惑った。
カミーユがエドガー王に願い出たのはシーニュの建国百五十年記念式典への出席だった。シーニュ王国はアルモニ王国を母体に周辺の小国が併合され国名を改めた年を便宜上建国としている。
実際は王家自体の歴史はさらに長いため今まで派手な行事はなかったが、ドミニク三世は自分の治世をひけらかすためにか、国内の不満を賑やかな祭事で紛らわせるためか、今回大々的に記念式典を行うことにしていた。
本来はその場で特赦を行い、カミーユの幽閉が解かれる予定だった。けれどその後で側妃にしようという腹づもりだったのだから、性別がバレると困るカミーユにはありがた迷惑な話だった。
結局アレクがこの国に連れてきてくれたから側妃からは逃れたものの、式典への参加要請は何度も届いていた。
ロラン王子もこの式典のときは一時帰国する予定らしい。
……つまり、ロラン王子が行動を起こす機会はこの式典の間だろう。ドミニク三世は式典関係で身動きが取りにくくなるし、人が集まっていても不自然に思われない。
カミーユが王子であると公表したうえで式典への出席をするとなれば、どう出るか。
おそらく対応に手間取るだろうし警戒もするだろう。
何らかの危害を加えてくる可能性も高くなる。アレクを巻き込むし、この国の外交にも関わることだから一存では決められない。
だからエドガー王に事前に話したのだけれど、こうまで簡単に話が通るとは思わなかった。
すでにアレクが自分の後継として同腹弟のグラントリー王子を指名していて、同性婚には抵抗のない国柄であったせいか、命を狙われていたから性別を偽るしかなかったというカミーユの立場に人々は概ね同情的だった。
すでにカミーユが決闘で力量を見せていたこともあって、貴族たちからも反発は少なかった。
「亜人差別はドミニク三世の治世になってから悪化している。だが、元国民とはいえ隣国に出て行った者のことを干渉するのは難しかった。だが。これで堂々とシーニュに今までのツケを払わせる機会が来た」
高位の官僚や高位貴族を集めた会議の場でエドガー王はそう言い放った。
元々ダイモスでは力を重視するあまり、先代国王の治世までは非力な民が暮らしにくい一面があった。人族に紛れて暮らした方がマシだと国外に出て行く者もいた。エドガー王はそれを改善し、人族との対立も緩和したいと望んでいた。
シーニュ国内でダイモスからの移民が消息を絶つことが多いことは以前から疑問視されていた。ディマンシュの虐殺は一部の軍がマルク王の命令でやったと説明してきたが、実際の死傷者は虐殺と呼ぶには少なかったと伝えてきてもいた。
それに対して疑問を投げかけることは難しかった。亜人とはいえ自国の民ではないのだ。
それでも疑念は積み上がっていた。人族に対する不審感も高まっている。
「カミーユ」
エドガー王に呼ばれてカミーユは会議場に足を踏み入れた。隣にはアレクもいる。今日は視覚阻害のヴェールも首飾りもつけていない。纏っているものも男性の正装だ。上着の色はシーニュでは貴い色とされる藍色でクラヴァットにあしらったブローチはアレクの瞳の色だ。
長い豪奢な金髪はひとまとめにしているだけ。それが濃色の上着に光を纏わせるような彩りを添えていた。その均整の取れた立ち姿に議場にいた者たちは一様に息をのんだ。
けれど、当のカミーユは緊張してその様子も目に入ってはいなかった。
……上手くできているだろうか。王子として人前に出た事なんてないし、アレクやバルバラは褒めてくれたけど……。昨日はなかなか眠れなくて刺繍が捗ってしまったくらいだし。
「……わたしはカミーユ・セルジュ・ド・ブラシェ。先のシーニュ国王マルクの第三王子です。まずは皆を偽っていたことをお詫びしなくてはなりません」
カミーユはそれから何故性別を偽ってきたのか説明した。
「わたしはこの国と王太子殿下に感謝しています。祖国ではただの幽囚であった身を受け入れていただいた。けれど、わたしは祖国で多くの亜人が苦しんでいると聞いて、安穏と暮らしていることが申し訳なく思えてきたのです」
「では祖国と戦をなさるのにこの国の民を使うのですか?」
そう問いかけてきたのは宰相だった。この質問は想定済みだ。
「いいえ。ただ、この国のご威光をお借りしたいのです。わたしは叔父ドミニク三世を王位から引きずり降ろしたいわけではありません。ただ、真実を明らかにしたいのです。シーニュの亜人を救いたいからと、この国の兵士を犠牲にしては本末転倒です」
エドガー王がそこでにやりと笑う。
「元々シーニュからはカミーユと王太子を招待したいと正式な要請が届いている。それに応じるだけのことだ。戦になるかどうかはあちらの出方次第だ」
シーニュでは王太子選びの決闘の詳細は伝わっていないらしい。新しい王太子はひ弱と思われている。人族の間では鳥の亜人は希少で外見だけは美しいが華奢で非力という認識だ。過去には捕らえられて奴隷として売買されていたこともある。
それにカミーユのことも幼い頃から幽閉されてきた何も知らない小娘だと見なしているだろう。
「しかし、王太子殿下と妃殿下に何かがあれば……」
そう問われたエドガー王が声を上げて笑った。
「この二人が何かやらかしても、何かされることなどないだろうよ」
「いやその評価は……」
アレクが小声で呟いた。実際やらかしに行くのだけれど、そんな言われようはちょっと不本意なのはカミーユも同じだ。
「今回の王太子夫妻の訪問でシーニュに対して求めるのは、亜人労働の実態調査と正確な所在確認、そして、ディマンシュの元住人の捜索。ディマンシュの事件がもし何らかの作為を含むものならば、先代国王の名誉回復もだ。あくまで話し合いによる外交だが、我が国の話し合いには決闘も含むのは言うまでもない」
それを聞いた全員が顔を引き攣らせた。決闘でアレクは強力な魔法を披露し、カミーユはドレスを乱すこともなく大柄な闘士をねじ伏せたのは彼らの知るところだったのだ。
「それは……シーニュの王宮がたいへんなことになりますな」
誰かがぽつりと呟いて、全員が大きく頷いた。
「その勢いでシーニュを制圧なさればよろしかろう。妃殿下にはその権利があるのだし」
「左様左様。あの国は元々亜人を下に見ていて気に食わぬところがあるからな、ちと痛い目に遭った方がいい」
「両殿下はどうぞ存分に暴れてきなされ」
何やら全員がそうやって煽るような言動をはじめて、困惑してアレクに目を向けたら、向こうも同じような表情でこちらを見つめていた。
だから、その評価は何なのか……。話し合いに行くと言ってるのにどうして決闘することになってるのか……まあ、最悪そうなる可能性もあるけど……いや、それはなるべくしない方向で。
バルバラと話していた「暴れん坊妃」が現実味を帯びそうでカミーユは戸惑った。
カミーユがエドガー王に願い出たのはシーニュの建国百五十年記念式典への出席だった。シーニュ王国はアルモニ王国を母体に周辺の小国が併合され国名を改めた年を便宜上建国としている。
実際は王家自体の歴史はさらに長いため今まで派手な行事はなかったが、ドミニク三世は自分の治世をひけらかすためにか、国内の不満を賑やかな祭事で紛らわせるためか、今回大々的に記念式典を行うことにしていた。
本来はその場で特赦を行い、カミーユの幽閉が解かれる予定だった。けれどその後で側妃にしようという腹づもりだったのだから、性別がバレると困るカミーユにはありがた迷惑な話だった。
結局アレクがこの国に連れてきてくれたから側妃からは逃れたものの、式典への参加要請は何度も届いていた。
ロラン王子もこの式典のときは一時帰国する予定らしい。
……つまり、ロラン王子が行動を起こす機会はこの式典の間だろう。ドミニク三世は式典関係で身動きが取りにくくなるし、人が集まっていても不自然に思われない。
カミーユが王子であると公表したうえで式典への出席をするとなれば、どう出るか。
おそらく対応に手間取るだろうし警戒もするだろう。
何らかの危害を加えてくる可能性も高くなる。アレクを巻き込むし、この国の外交にも関わることだから一存では決められない。
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