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第四部
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「馬鹿な。いくら兄上の子だからといって、塔にずっと幽閉されていた者が王になれるはずがない。王としての教養もない者がふさわしいはずがない」
ドミニク三世が叫いた。誰も彼を助けに来ないと言われても、まだ自分が正しいと言い張るだけの執念はあるようだ。カミーユに詰め寄ろうとして兵士たちに取り押さえられる。
カミーユはゆっくりと彼に歩み寄った。
随分と窶れた姿はおそらく王宮で瘴気の影響を受け続けた結果かもしれない。漂っていた瘴気は薄かったが、王都じゅうの瘴気が王宮に流れ込んでいたのだから。
けれど目だけはまだ執着を示しているかのように暗い光をはらんでいる。自分と同じ色の瞳なのに、どこか濁っているように見える。
……あなたはどうしてそんなに王座がほしかったのか。それはわたしには理解できない。
「あなたの言うとおりかもしれない。けれど、王に最初からふさわしい人などいるだろうか。わたしの父は即位してから祖父の代からの旧臣たちに阻まれ、思うような政治を行えなかった。けれど自分の意見を押し通すように努力していたと聞いている。それを不甲斐ないと言う人はいるだろう。けれど、あなたはそれを見て批判するだけで助けることもしなかった」
あの日あれほど恐ろしかったこの男が卑小な存在に思える。恨みも怒りもない。
おそらく父にとっては王座は親から受け継いだだけの重い役割だった。けれど、この人にとっては自分を周囲に認めさせるための場所だったのだろう。
「……ふさわしくあろうと努力した父をわたしは尊敬している。あなたよりもよほどあの人のほうが国王にふさわしい」
ドミニク三世が即位してから不慣れな官僚による失策が続き、税は上がり氾濫対策の土木工事が中止になったことで水害が起きた。外交政策でも不手際が続いて他国からも侮られている。
このまま国力が低下すれば、周辺国から攻め入られるだろう。
塔の中にいたわたしですら、危ういと思っているのに。
「本当はわたしはあなたが自分の罪を認めて下さるなら、王位から引きずり降ろすつもりはなかった。けれど、もうあなたを擁護するつもりはない」
「……引きずり降ろすつもりはない? 何を言っている。私が憎いのではないのか? それなら私がやったこととどこが違う?」
「……叔父上。わたしはあなたを憎んではいません」
おそらくこの人は父上の遺言が後で発見されてもいいように、わたしの異母兄たちを処刑したのだ。わたしのことは王位継承権を持たない王女だと思っていたし、将来【祝福】を得るためにも殺すつもりはなかったのだろう。
「……お前も処刑しておくのだった。あの日お前の瞳の色を見た時、何故か背筋が凍ったような気がした」
あの処刑場でこの人の顔はよく見えなかった。あの時この人はわたしの瞳に怯えていたのか。父が紛れもなく王家の血を引いた正統な王だったと突きつけられて。
「ではあなたも間違えることがあるただの人ということではありませんか?」
ドミニク三世はそれを聞いて黙り込んだ。自分の過ちや後悔を自分で口にしておいて、まだ認めたくないのだろう。
彼はそのまま兵士たちに連行されていった。
……元国王、ということになるのだろうか。それともただの王弟ということか。
遺言の正当性が認められたら、あの人が即位したこと自体がなかったことになる。
「わたしが戴冠してもいいのだろうか」
カミーユは神官たちやエルネストに眼を向けた。
「わたしはダイモスに嫁いだ身だ。ダイモスの王太子配としての立場がある」
エルネストが穏やかに微笑んだ。
「いえ。それが過去に前例があるのです。百二十年程前、ある国と緊急で同盟を結ぶ必要ができた折りに、我が国の王と相手国の女王が婚姻をしました。後に二国は併合しましたが」
「それは確か相手国を保護する必要があったからで、併合を前提にしていたものだ。それに……」
カミーユは歴史の書物でそのことは聞いたことがある。二人の子が即位したことで両国は円満に併合した。けれど自分たちには決定的な問題がある。
……わたしはアレクと子を成すことはない。だからアレクの後継はグラントリーを指名している。けれど、この国の王となる後継者をどうすればいいのだ。
「いろいろと問題があるのは承知の上です。結論を急ぐ必要はないでしょう。不肖このエルネスト、全力で摂政としてお支えいたします。何よりも、この国に必要なのは正しい王ではなく、民を見捨てぬ王です」
「神殿としてもあなた様をお支えいたします。聖人としてもふさわしい力を持つお方がこの国の王に立つことは喜ばしいことでございます」
カミーユは頷いた。そして自分の隣に歩み寄ってきたアレクに問いかける。
「……王になってもアレクの伴侶でいさせてくれるだろうか」
「何言ってるの。僕が君を手放すわけがないでしょ。転送魔法の仕掛けを置いておけば一瞬で会えるんだから。ああそうか、それならこっちで執務したって問題ないし、いっそ僕もこっちに住んじゃおうかな。カーネルの領主にはグラントリーを任じればいいし」
「……え?」
アレクの手が伸びてきて、カミーユの肩を抱いた。
「君は亜人でも人族でも分け隔てなく助けようとした。君の父を非難して死に追いやった王都の人たちが瘴気に晒されるのを止めた。きっと僕より立派な国王になるだろう。だから僕も君を支えるよ。どうせ僕の父上は可愛くないからそう簡単に倒れたりはしないだろうからね。君はこの国を建て直すことに専念すればいい。先のことはゆっくり考えればいい」
そう言ってカミーユの頬に素早く口づけた。
『どうか逃げ延びて幸せになってほしい。幸せになってくれ』
父の最後の声が頭をかすめた。
……父上。どこかでわたしを見てくださっているだろうか。
カミーユはアレクに微笑みかけた。
わたしは幸せだから、父上もどうか冥府で母上とお幸せに過ごしてほしい。
ドミニク三世が叫いた。誰も彼を助けに来ないと言われても、まだ自分が正しいと言い張るだけの執念はあるようだ。カミーユに詰め寄ろうとして兵士たちに取り押さえられる。
カミーユはゆっくりと彼に歩み寄った。
随分と窶れた姿はおそらく王宮で瘴気の影響を受け続けた結果かもしれない。漂っていた瘴気は薄かったが、王都じゅうの瘴気が王宮に流れ込んでいたのだから。
けれど目だけはまだ執着を示しているかのように暗い光をはらんでいる。自分と同じ色の瞳なのに、どこか濁っているように見える。
……あなたはどうしてそんなに王座がほしかったのか。それはわたしには理解できない。
「あなたの言うとおりかもしれない。けれど、王に最初からふさわしい人などいるだろうか。わたしの父は即位してから祖父の代からの旧臣たちに阻まれ、思うような政治を行えなかった。けれど自分の意見を押し通すように努力していたと聞いている。それを不甲斐ないと言う人はいるだろう。けれど、あなたはそれを見て批判するだけで助けることもしなかった」
あの日あれほど恐ろしかったこの男が卑小な存在に思える。恨みも怒りもない。
おそらく父にとっては王座は親から受け継いだだけの重い役割だった。けれど、この人にとっては自分を周囲に認めさせるための場所だったのだろう。
「……ふさわしくあろうと努力した父をわたしは尊敬している。あなたよりもよほどあの人のほうが国王にふさわしい」
ドミニク三世が即位してから不慣れな官僚による失策が続き、税は上がり氾濫対策の土木工事が中止になったことで水害が起きた。外交政策でも不手際が続いて他国からも侮られている。
このまま国力が低下すれば、周辺国から攻め入られるだろう。
塔の中にいたわたしですら、危ういと思っているのに。
「本当はわたしはあなたが自分の罪を認めて下さるなら、王位から引きずり降ろすつもりはなかった。けれど、もうあなたを擁護するつもりはない」
「……引きずり降ろすつもりはない? 何を言っている。私が憎いのではないのか? それなら私がやったこととどこが違う?」
「……叔父上。わたしはあなたを憎んではいません」
おそらくこの人は父上の遺言が後で発見されてもいいように、わたしの異母兄たちを処刑したのだ。わたしのことは王位継承権を持たない王女だと思っていたし、将来【祝福】を得るためにも殺すつもりはなかったのだろう。
「……お前も処刑しておくのだった。あの日お前の瞳の色を見た時、何故か背筋が凍ったような気がした」
あの処刑場でこの人の顔はよく見えなかった。あの時この人はわたしの瞳に怯えていたのか。父が紛れもなく王家の血を引いた正統な王だったと突きつけられて。
「ではあなたも間違えることがあるただの人ということではありませんか?」
ドミニク三世はそれを聞いて黙り込んだ。自分の過ちや後悔を自分で口にしておいて、まだ認めたくないのだろう。
彼はそのまま兵士たちに連行されていった。
……元国王、ということになるのだろうか。それともただの王弟ということか。
遺言の正当性が認められたら、あの人が即位したこと自体がなかったことになる。
「わたしが戴冠してもいいのだろうか」
カミーユは神官たちやエルネストに眼を向けた。
「わたしはダイモスに嫁いだ身だ。ダイモスの王太子配としての立場がある」
エルネストが穏やかに微笑んだ。
「いえ。それが過去に前例があるのです。百二十年程前、ある国と緊急で同盟を結ぶ必要ができた折りに、我が国の王と相手国の女王が婚姻をしました。後に二国は併合しましたが」
「それは確か相手国を保護する必要があったからで、併合を前提にしていたものだ。それに……」
カミーユは歴史の書物でそのことは聞いたことがある。二人の子が即位したことで両国は円満に併合した。けれど自分たちには決定的な問題がある。
……わたしはアレクと子を成すことはない。だからアレクの後継はグラントリーを指名している。けれど、この国の王となる後継者をどうすればいいのだ。
「いろいろと問題があるのは承知の上です。結論を急ぐ必要はないでしょう。不肖このエルネスト、全力で摂政としてお支えいたします。何よりも、この国に必要なのは正しい王ではなく、民を見捨てぬ王です」
「神殿としてもあなた様をお支えいたします。聖人としてもふさわしい力を持つお方がこの国の王に立つことは喜ばしいことでございます」
カミーユは頷いた。そして自分の隣に歩み寄ってきたアレクに問いかける。
「……王になってもアレクの伴侶でいさせてくれるだろうか」
「何言ってるの。僕が君を手放すわけがないでしょ。転送魔法の仕掛けを置いておけば一瞬で会えるんだから。ああそうか、それならこっちで執務したって問題ないし、いっそ僕もこっちに住んじゃおうかな。カーネルの領主にはグラントリーを任じればいいし」
「……え?」
アレクの手が伸びてきて、カミーユの肩を抱いた。
「君は亜人でも人族でも分け隔てなく助けようとした。君の父を非難して死に追いやった王都の人たちが瘴気に晒されるのを止めた。きっと僕より立派な国王になるだろう。だから僕も君を支えるよ。どうせ僕の父上は可愛くないからそう簡単に倒れたりはしないだろうからね。君はこの国を建て直すことに専念すればいい。先のことはゆっくり考えればいい」
そう言ってカミーユの頬に素早く口づけた。
『どうか逃げ延びて幸せになってほしい。幸せになってくれ』
父の最後の声が頭をかすめた。
……父上。どこかでわたしを見てくださっているだろうか。
カミーユはアレクに微笑みかけた。
わたしは幸せだから、父上もどうか冥府で母上とお幸せに過ごしてほしい。
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