塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白

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第四部

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「モフロワ子爵……?」

 カミーユたちの夫婦の時間を中断させたのはエルネストからの伝言を持って来たノアだった。
「すみません。火急の用なのですぐに来て欲しいと……」
 ノアはうっすらと察していたのか申し訳なさそうに頭を下げる。
 いや、悪いのはノアじゃない。それに止めてもらわなかったらそのまま寝室に……とかなりかねなかったし。
 そう思いながらカミーユたちは身支度を調えてエルネストの執務室に向かった。
 そうして告げられた名前は全く知らないものだった。
 エルネストが口にしたのは、モフロワ子爵が王都に向かう途中で馬車の事故で亡くなったという知らせだった。
「モフロワ子爵はうちの一門の家なんだけど、そこのご令嬢が王宮で働いていたときに先々代の国王陛下のお手つきになってね。その時の子が当主になっていたんだ」
「……」
 先々代の国王、つまりカミーユにとっては祖父だが、その人はどうやら正妃以外に大勢の女性と関係があったらしい。愛妾が数人、そして一夜の相手ともなると愛人にもされず手切れ金だけで王宮から下がらせてしまった。
 ……つまり、そんな女性の一人だったのだろう。
「ということはわたしの叔父ということですか?」
「まあ、非公式にはね。当時の陛下は関係は認めたけれど、我が子とは認めなかったらしいから。ただ、当時の子爵家当主には男子がいなかったので養子になって、大事に育てられていた。当主になったのは五年前くらいかな。王宮にもほとんど顔を出さなかった。だから君とは全く面識がないはずだ」
「……その方が亡くなったのですね」
「そう。そして子爵家から彼の子の処遇を新国王に決めていただけないかと要請があった」
「子供?」
「子爵は亡くなったけれど、子供たちが残された。今年一歳になったばかりの双子の男の子だ。子爵夫人と領地に残っていたから無事だった。子爵が王都に向かっていた用件もカミーユに会うためだったらしい」
 非公式であっても叔父の子ならカミーユの従弟ということになる。
「どうして……」
 エルネストが自分の眼を指差した。
「双子のうち一人が君と同じ色の瞳を持っているから。彼らが領地を出た時はカミーユの即位は伝わってなかった。彼らは自分の子をドミニクがどうにかするかもしれないと恐れて、カミーユに保護してもらいたかったみたいだ。馬車からも、僕にカミーユとの面談を求める書状が見つかっている」
「王家の瞳……」
 確かにドミニクは自分の子供たちが「王家の瞳」を受け継がなかったことで焦っていた。そのあげくに当時は王女と思われていたカミーユを側妃に召し上げようとしていたくらいだ。
 その瞳の持ち主が子爵家にいると知れば、黙ってはいないだろう。
 そこへ隣国の王太子と結婚したカミーユが式典に参加するために来訪していると聞いて、ダイモスの後ろ盾があれば我が子を守れると思ったのかもしれない。
「子爵夫人は双子の出産後、身体を悪くしていて、そこへ夫の事故だ。すっかり先行きに不安を抱えているそうだ。僕は一応後見を申し出たけれど、それだけではまだ足りないと思っているようでね。他に親族もいないから子供たちを僕の養子にして、夫人を近くで静養できるようにしたい。そして、子供たちの成人までは子爵領も預かることにしようかと思ってる」
「……そうですか。それは心配ですね」
「うん。それで相談だけど、ドミニクについては君は処刑するつもりはないんだよね?」
「はい。わたしからは処刑を求めることはしません。裁判の結果に委ねます」
「そうなると彼の派閥は完全に解散とはいかない。だから、いずれ君の養子に迎える気はないかい? 一人だけでもいい」
 つまり子爵家から侯爵家の養子にして家格を上げてから、最終的にカミーユの子にするということなのか。侯爵家だけでも後ろ盾としては充分だろうけれど、その血筋を利用されないようにするには王家に近い場所に置くのは悪い話ではない。
「それからもう一つ言っておかなきゃいけない。子爵夫人は元平民で、ダイモスからの移民だそうだ。つまり子供たちは半亜人だ。獣の相は出ていないが猫の亜人だそうだ。だからある意味君たちならその子を預かるにふさわしいと僕は思ってる」
 半亜人。亜人と人族の間では子供ができにくいが、生まれないわけではない。
 ただ、シーニュの貴族社会で亜人に慣れない人族の中で育てるのは何かと不都合も出るだろう。カミーユの周りには亜人が多いから、その環境なら健全に育てられるかもしれない。
 子供たちの受け入れ先が決まれば、病床にある子爵夫人が安心できるというのなら引き取りたい、とカミーユは思った。
 けれど、その結論は……わたしだけで決められない。
 カミーユは一瞬アレクに眼を向けた。アレクは頷いた。
「……おそらく放っておいたら訳のわからない遠縁とかが名乗り出て、子供たちも母親も酷い目に遭うだろうね。だからエルネスト殿が保護するのは当然だと思う。それと、我々の養子にすればダイモスの庇護も受けられる。子供二人とも養子にする、ということなら受け入れよう」
「アレク?」 
「瞳の色で双子を引き裂くのはどうかなと。それと、籍を移してもその子たちの母がなるべく側にいられるように計らうようにしたい。ダイモスにつれて行くことも含めて了承を取って欲しい」
 事情は理解できても、夫の死に落胆して自分の体調も良くない母親を我が子と引き離すのはアレクも望まなかったらしい。
 それに、王家の瞳を持つ子だけを迎えるのなら、ドミニクとやっている事は同じだ。
「カミーユもそれでいいかな?」
「わたしも同じ考えだよ。子供たちと母親を保護したい」
 カミーユは頷いた。
 一度に二人の子供の親になるという実感も感慨もないまま承諾してしまったけれど、早く彼らを保護しなくてはならないことは間違いない。
 エルネストはすでに弔問の使者とともに乳母と医師を子爵領に派遣しているという。さっそく手続きをしてしまうね、と張り切って執務室を飛び出していった。
「本当に良かったの? わたしに気を遣ってくれたの?」
 カミーユはアレクの顔を覗き込んだ。
「だって、僕もグラントリーを養子にするのは君には事後承諾だったし、子供が増えるのは構わないじゃない? それに、その子供たちがシーニュ王族の血筋だというのなら、将来双子のどちらかがカミーユの後継者になってくれるんじゃないかって期待してしまったんだ」
「もし半亜人の国王が立つことで亜人と人族の共存が完成したら、どれほど素敵だろうね」
 カミーユはアレクの言葉に大きく頷いた。
 きっといつかそんな日が来る。そうなるようにしたい。
 まだ見ぬ子供たち。彼らが幸せになれるように。

 シーニュ王国建国百五十年記念式典は、新国王の戴冠式で始まった。
 先代国王の遺言により十三年前即位するべきだったのは第三王子カミーユだったと宣言されたばかりで、集まった招待客や民衆は不安と好奇の目で新国王を迎えた。
 彼の父は弟ドミニクと民衆たちによって貶められ処刑された。彼自身も塔に幽閉されてきた。そのあげくに貴族が亜人を暴行した事件の代償に隣国に差し出されていた。
 新しい王はドミニクと民衆を恨んでいるだろう。自分たちに復讐をするのではないか、何か恐ろしいことが起きるのではないか、と人々は後ろめたさを感じていたのだろう。
 戴冠式のあと、カミーユは大神殿の前に立ち、人々と向かい合った。
 その姿に人々は息を呑んだ。
 長い金色の髪と紺碧の瞳を持つ長身は堂々としていてその眼差しは穏やかで優しい。そしてそのかたわらに美しい黒髪の青年を連れている。

 カミーユは人々の前に踏み出す前に、アレクに手を差し伸べた。彼はこの場の主役であるカミーユに敬意を示すために一歩下がってくれていた。
 けれどカミーユにとって自分と一緒に歩いてくれる存在であるアレクも人々に見て欲しかった。
 この先何があっても、わたしの側にずっといてほしいから……。
 アレクはその気持ちに気づいてくれたのかその手をとってくれた。
 大勢の人の前に出るのはやはり恐ろしい。あの時のように罵声を浴びせられるかもしれない。彼らが支持したドミニク叔父上を追いやったことで恨まれるかもしれない。
 けれど神殿に集まった人々は静かにこちらを見つめていた。
 先導してきた司祭に促されてカミーユは人々と向かい合った。
「わたしは国王としてこの身を国と民のために捧げることをここに宣言する。この建国百五十年の節目に、この国は変わらなくてはならない。わたしは何者であってもこの国の民が虐げられることがないようにしたい。貧しい者や移民、そして亜人であっても、等しくこの国の民だ。皆が安心して、誰かを恨まずに暮らせるようになるよう、わたしは力を尽くしたい。そして、わたしは皆の知るとおり、ダイモス連合王国の王太子の伴侶でもある。だからこそ今後両国の関係を改善し、共に繁栄することを目指すことも約束する」
 ……わたしは彼らに信じてほしいとは言えない。わたしは外の世界にやっと慣れてきたばかりの幼子のようなものだから。それでもやりたいことは決まっている。
 この国の民が穏やかに暮らしていけること。身分や人種に関わりなく。
 亜人だからと貶められたり、貧しいからと犯罪に走ったりしなくていいように。
 きっとそれが父上のやりたかったことだろうから。きっと父上はドミニク叔父上を支持した人々のことも恨んではいなかった。
 自分が至らなかったから、民に信じてもらえなかったのだと。だから自分が逃げ出すことはしなかった。自分が民の恨みを引き受けることで、彼らが満足するのならと受け入れたのではないだろうか。
 ……それをいつかこの国の人々にもわかってもらいたい。
 小さなざわめきが少しずつ熱量を帯びてきた。
 信じて良いのか、という表情からはっきりとした期待に。
「我らが新しき王に神の栄光があらんことを」
 司祭がそう告げると人々も同じように唱和した。
 こうして塔の中で幽閉されていたカミーユ王子は新たな国王となった。

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