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第四部
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式典を終えて、一旦はエドガー王への報告のためダイモスに戻ることにした。
アレクは、王宮に用意されたカミーユの部屋に常設用の転送魔法の陣を設置していた。
「とりあえず、カーネルの屋敷と王宮に繋がるようにしているから。カミーユと僕のどちらかがいないと作動しない。この規模だと運べるのは五人くらいかな」
カミーユたちが乗ってきた馬車は護衛とともに陸路でダイモスに戻すという。ダイモスの紋章のついた馬車がいつまでも残っていては不自然に思われるから。
アレクが魔法使いということは王宮関係者には知られたものの、その能力までは教える必要はない、とアレクは言っていた。たしかにダイモスの王太子として手札を全て他国に見せる必要はないだろう。
そうしてアレクの転送魔法でカミーユたちはダイモスに移動した。
「……報告は受けている。とりあえずご苦労だった」
執務室にカミーユたちを迎え入れてから、エドガー王はそう言って額に手をやった。
「シーニュを制圧してきても構わんという話はしていたが、本当に国を獲ってくるとはやってくれたな……」
「けれど陛下。これは我が国にとっても益のあることです。シーニュとの関係が改善すれば、亜人と人族の交流も増えるでしょう」
アレクがとりなそうとしたら、エドガー王は頷いた。
「わかっている。だが。お前の伴侶が王では釣り合いが取れんだろう」
「は?」
アレクがぽかんとした顔で国王を見た。エドガーは顔を上げると満足げな笑みを浮かべている。
「お前もついでに王になるか?」
「ついでって何ですか。そうやってまた僕に圧をかけようとしてもひっかかりませんからね。僕は品行方正な王太子ですから父上を差し置いて即位などできかねます。父上は大往生なさるまでしっかり働いていただかないと困ります」
「いや、最近ちょっと足腰がだな……」
「毎日朝から剣の素振りをなさっていると聞いています」
「しかしだな……」
「父上がお元気で長生きしていただきたいと息子として切に願っております」
周りにいる侍従や側近たちがげんなりした顔をしている。
どうやらアレクはこの展開を予想していたのだろう。つらつらと言い返しているのがその証拠だ。
エドガー王はアレクが王太子に決まったことで、隙あらば譲位しようと狙っていたらしい。
カミーユは二人の不毛な会話を聞いて、こっそりと思った。
アレクはエドガー陛下を意識しているけど、よく見たらどこか考え方が似てる一面があるんだよね……。言ったら嫌な顔するだろうけど。二人とも能力は高いのにどうにかして面倒ごとは避けたいって感じが。同族嫌悪って言うんだっけ……こういうの。
「とりあえず、五年。カミーユを補佐させてください。僕はシーニュと行き来しながら王太子の職務は全うします」
「わたしも王太子妃としての職務は果たしたいと思います。どうか……」
カミーユがそう言いかけるとエドガー王が首を横に振った。
椅子から立ちあがるとカミーユの前に歩み寄った。
「それはダメだ。あなたはすでに私と同じ一国の主人だ。うちの息子の嫁ではあるが、王太子妃の職務をお願いするわけにはいかない。今後は対等な立場で接してもらいたい。そしてうちの息子は遊学の名目でシーニュにお預けするので、思う存分こき使っていただきたい」
「……陛下……」
エドガー王は厳つい顔をほころばせて笑った。
「悪い話ではない。王太子が他国で政治の場を経験してくれれば、我が国にも益はある。それに今まで進まなかったシーニュとの関係正常化の代わりだと思えば安いモノだ」
「いやそれ、僕が人質に出されるってことでは……」
「人質というより賄賂だな」
カミーユはエドガー王に向き直った。
「王太子殿下をお預かりいたします。ありがとうございます」
「賄賂だからな」
「はい、わかっています」
賄賂とはいえ、最初からカミーユはダイモスと祖国の関係改善を目指すつもりだった。
それもわかった上で、エドガー王はアレクをシーニュに行かせる名目をくれたのだろう。
「それから、そのうち孫の顔も見せてくれ。猫の亜人だったか?」
「はい。必ず」
カミーユは微笑んだ。養子に迎えることにした子供たちにもダイモスに連れてきたい。
「この国の決闘第一の考えもそろそろなんとかせねばなるまい。そうしないと孫や妃に嫌われてしまうだろうからな。住みにくいからと他国に逃げていく民がいるような国のままではいかんだろう」
そう言ってエドガー王はカミーユに手を差し伸べた。カミーユは両手でその大きな手を握った。
報告を終えてシーニュ王宮に戻ると、エルネストからの伝言がいくつか届いていた。
業務連絡が大半だが、モフロワ子爵領から子爵夫人と令息たちが到着したので、戻ったら侯爵家に連絡を入れてほしい、というものが入っていた。
子爵夫人と子供たちの体調は安定しているので面会には支障はない。
「子供たちに会えるって。アレクも行くよね? いつにしようか?」
その言葉に大きく反応したのはアレクではなくノアだった。
「え?」
「すみません……猫の亜人なんですよね……」
「……猫と鼠って相性が悪いの?」
現実の動物なら猫と鼠は相容れない感じだけれど。亜人の種族でもあるんだろうか。
「種族の本能っていうのかな。草食系とか小型の種族は基本的に猫の亜人が苦手だね。ちなみに鳥の民的にもちょっと苦手」
アレクがノアを宥めようと笑いかけてからそう付け加えてきた。
「え? そうなの?」
「猫っていうけど、実際には豹や獅子もいるからね? それを全部ひとくくりで猫と呼んでるんだよ」
「獅子……?」
「獅子とかの大型猫族はほとんどいないって聞いてるけど、やっぱりね。まあ、実際に狩られるわけじゃないし、会って話をしてみれば親しくもなれるよ。僕の身内なんて肉食系の種族ばっかりだけど何とかなってるでしょ」
「そうなんだ……」
亜人の種族間にはそういう感情も関係するのか。
「でも、トニを見ていると思うけど、小さい子は無条件で可愛いよね。わたしは子供と接する機会が全然なかったから会うのが楽しみだよ。ノアも無理はしなくていいけど、仲良くしてほしいな」
カミーユにそう言われるとノアはぶんぶんと首を縦に振った。
ノアが下がったあとでアレクが首を傾げていた。
「ノアは猫という言葉で萎縮してるだけだと思うなあ。だって、バルバラにあれだけビシバシ鍛えられてても食らいつくくらい根性あるんだし。トニの面倒見てる様子も堂に入ってるくらいだし」
「そうだよね。接してるうちに仲良くなれるといいな。というか、むしろわたしみたいに子供に触る機会がなかった人間に親が務まるのかって思うけど」
カミーユは自分でそう言ってだんだん不安になってきた。
アレクは小さく吹きだしてから、カミーユの顔を覗き込んできた。
「最初から親が務まるわけないでしょ。何事も初めてがつきものだよ。カミーユは今沢山初めてのことをやってるから大変だろうけど、神様のお墨付きがあるよね?」
「え? まさかあの『何にでもなれる』って……?」
あれは選べるという意味で何もかもやれという意味ではない……はずだけど。
実際今、シーニュ国王とアレクの伴侶と冒険者にはなっているし、神殿からは瘴気を浄化したから聖者だと持ち上げられそうになっている。
そこまで考えて愕然としたカミーユだった。
「あれ? もしかしてわたし、何もかもやらされそうになっているような……」
「カミーユ、今頃気づいたの?」
アレクがそう言ってカミーユを抱き寄せた。
「もう、本当にカミーユは可愛いなあ。大丈夫、僕も手伝うからね?」
宥めるように頭を撫でられると、カミーユはアレクの首筋に顔を埋めた。
……そうだ。わたしは何者になっても、アレクの側にいられればいいんだ。
翌日エルネストが双子と子爵夫人を連れて登城してきた。正式にカミーユとの養子縁組の手続きが終わったので、王宮内に彼らを住まわせることになるという。
サラ夫人は華奢で色白の穏やかな女性だった。父親の代に移民としてシーニュに来て子爵領に住んでいたという。猫の種族は内部で獅子や豹などの大型の種との格差で弱い小型種の民は居心地が悪かったのだそうだ。
双子は顔立ちは似ているけれど一人は金色の髪と緑の瞳、もう一人は黒髪に紺碧の瞳をしていた。金髪の子がミシェル、黒髪の子がナルシス。不思議なことにアレクとカミーユの瞳の色を交換したような組み合わせだ。
二人は環境が変わったことに戸惑ってはいるようだけれど、好奇心いっぱいの目で周りの大人たちを見つめている。
「このたびは陛下のご温情に感謝の言葉が尽きません。わたしだけでは子供たちを守る自信がございませんでした」
サラ夫人はそう言ってカミーユに頭を下げた。
「夫君のことは残念でした。あなたには子供たちの世話係として部屋を用意しているので今まで通り一緒にすごしてかまいません」
「ありがとうございます」
「けれど、当面はあなたの仕事はご自分の身体を労ることです。医師もつけるので療養に専念するように」
カミーユはそう言ってから子供たちに歩み寄った。
……わたしが母を失ったのはこの子たちより幼い時期だった。この子たちにはそんな目に遭ってほしくない。
エルネストの話では子供たちが王家で保護されることが決まってから心労から解放されて、夫人の体調は回復傾向にあるらしい。出産の後で子供の瞳の色を隠さなくてはと追い詰められて精神的にも弱っていたという。
カミーユは子供たちに両手を差し出した。戸惑った様子を見せたけれど、子供たちは小さくて柔らかい手でカミーユの手を握ってくれた。大きなガラス玉のように輝く瞳が愛らしい。愛らしいだけにカミーユは胸が痛くなった。
この子たちはすでに父親を失っている。せめて母親のことを覚えられるくらいまでは彼女には元気でいてもらわないと。
「わたしは赤子のときに母を亡くしたので母の顔を全く覚えていない。だからこれはわたしの我が儘です。あなたには元気になってほしい」
「……陛下……。どうかこれからも子供たちをよろしくお願いします」
感極まった様子で夫人はもう一度深く頭を下げる。
「……うわあ。カミーユって人たらしかも」
部屋に戻ったとたんにアレクがぽつりと呟いていた。
「何? わたし何かやった?」
思わず側にいたバルバラに問いかけると、彼女は胸を張って答えた。
「カミーユ様の人望に嫉妬なさっているだけのことですよ」
嫉妬? それを聞いてカミーユはアレクに問い返した。
「わたし、サラ夫人を口説いたりしていないよ?」
何か誤解される言動をしただろうかと思っていたカミーユにアレクは首を横に振る。
「いや、そっちの方は疑ってない」
「……? だったら何がいけなかった?」
浮気を疑われたのでないのなら、自分の何が悪かったのか。
カミーユが戸惑っていると、アレクはカミーユの肩に手を置いた。
「違うんだ。君が悪いんじゃない。でも、子供のために療養しろとか言うから、サラ夫人完全にカミーユに心酔しちゃってたでしょ? そう言えばこういうこと前にもあったなって思い出して。好き嫌いの激しい母上にめっちゃ気に入られてたし、決闘申し込んできたマーガレット嬢にも慕われてたし、何なら決闘した相手にも懐かれてたし、神殿の司祭たちや冒険者たちだってすっかり言いなりだし……カミーユってなんかすごくない?」
アレクはバルバラに問いかける。バルバラは目を細めて答える。
「何をおっしゃいますか。カミーユ様の魅力は今まで外界に晒されていなかっただけのことです」
アレクは納得した様子で口元に手を当てる。
「そうか。つまり今、全世界がカミーユの素晴らしさを知ろうとしているということなのか。これは革命的な出来事だね。歴史に記されなくてはならないよね?」
「左様でございます」
何でそこで頷き合っているのか。カミーユは理解できなくて問いかけた。
「いや、話が大きすぎない? 何言ってるの? そんなわけないじゃないか。わたしは……」
言葉が終わる前に二人が揃ってこちらを見る。何か文句でも? と言いたげな目を見て、カミーユはどうしてこの二人おかしなことで気が合うのかとすっかり力が抜けてしまった。
別に子供たちにもサラ夫人にも嫌われていないのだからいいじゃないか。
でもこれ以上この話題を続けて歴史書に載せられては困るのでやめておこう、とカミーユは溜め息をついた。
「でも、子供たち、可愛かったね。わたしもあんなときがあったのかな」
「カミーユが赤ちゃんの時かあ……そりゃあもう可愛かったに決まってるよね?」
「もちろんです」
「そうか。バルバラは知ってるんだよね。羨ましいなあ……」
アレクはカミーユと同じ年齢なのだから仕方のないことだけれど、本当に悔しそうに呟くので、バルバラがこっそりと勝ち誇ったように笑っていた。
「こうなったら子供たちは毎日ちゃんと見に行かないと。今の姿を目に焼き付けておかないとね」
「そうだね」
自分たちにはできなかったことを子供たちには……。きっと全ての親はそう思っているのだろう。
父上も「幸せになってくれ」と言って下さっていた。
わたしは幸せだし、子供たちもそうなってほしい。
カミーユはそう思いながら微笑んだ。
アレクは、王宮に用意されたカミーユの部屋に常設用の転送魔法の陣を設置していた。
「とりあえず、カーネルの屋敷と王宮に繋がるようにしているから。カミーユと僕のどちらかがいないと作動しない。この規模だと運べるのは五人くらいかな」
カミーユたちが乗ってきた馬車は護衛とともに陸路でダイモスに戻すという。ダイモスの紋章のついた馬車がいつまでも残っていては不自然に思われるから。
アレクが魔法使いということは王宮関係者には知られたものの、その能力までは教える必要はない、とアレクは言っていた。たしかにダイモスの王太子として手札を全て他国に見せる必要はないだろう。
そうしてアレクの転送魔法でカミーユたちはダイモスに移動した。
「……報告は受けている。とりあえずご苦労だった」
執務室にカミーユたちを迎え入れてから、エドガー王はそう言って額に手をやった。
「シーニュを制圧してきても構わんという話はしていたが、本当に国を獲ってくるとはやってくれたな……」
「けれど陛下。これは我が国にとっても益のあることです。シーニュとの関係が改善すれば、亜人と人族の交流も増えるでしょう」
アレクがとりなそうとしたら、エドガー王は頷いた。
「わかっている。だが。お前の伴侶が王では釣り合いが取れんだろう」
「は?」
アレクがぽかんとした顔で国王を見た。エドガーは顔を上げると満足げな笑みを浮かべている。
「お前もついでに王になるか?」
「ついでって何ですか。そうやってまた僕に圧をかけようとしてもひっかかりませんからね。僕は品行方正な王太子ですから父上を差し置いて即位などできかねます。父上は大往生なさるまでしっかり働いていただかないと困ります」
「いや、最近ちょっと足腰がだな……」
「毎日朝から剣の素振りをなさっていると聞いています」
「しかしだな……」
「父上がお元気で長生きしていただきたいと息子として切に願っております」
周りにいる侍従や側近たちがげんなりした顔をしている。
どうやらアレクはこの展開を予想していたのだろう。つらつらと言い返しているのがその証拠だ。
エドガー王はアレクが王太子に決まったことで、隙あらば譲位しようと狙っていたらしい。
カミーユは二人の不毛な会話を聞いて、こっそりと思った。
アレクはエドガー陛下を意識しているけど、よく見たらどこか考え方が似てる一面があるんだよね……。言ったら嫌な顔するだろうけど。二人とも能力は高いのにどうにかして面倒ごとは避けたいって感じが。同族嫌悪って言うんだっけ……こういうの。
「とりあえず、五年。カミーユを補佐させてください。僕はシーニュと行き来しながら王太子の職務は全うします」
「わたしも王太子妃としての職務は果たしたいと思います。どうか……」
カミーユがそう言いかけるとエドガー王が首を横に振った。
椅子から立ちあがるとカミーユの前に歩み寄った。
「それはダメだ。あなたはすでに私と同じ一国の主人だ。うちの息子の嫁ではあるが、王太子妃の職務をお願いするわけにはいかない。今後は対等な立場で接してもらいたい。そしてうちの息子は遊学の名目でシーニュにお預けするので、思う存分こき使っていただきたい」
「……陛下……」
エドガー王は厳つい顔をほころばせて笑った。
「悪い話ではない。王太子が他国で政治の場を経験してくれれば、我が国にも益はある。それに今まで進まなかったシーニュとの関係正常化の代わりだと思えば安いモノだ」
「いやそれ、僕が人質に出されるってことでは……」
「人質というより賄賂だな」
カミーユはエドガー王に向き直った。
「王太子殿下をお預かりいたします。ありがとうございます」
「賄賂だからな」
「はい、わかっています」
賄賂とはいえ、最初からカミーユはダイモスと祖国の関係改善を目指すつもりだった。
それもわかった上で、エドガー王はアレクをシーニュに行かせる名目をくれたのだろう。
「それから、そのうち孫の顔も見せてくれ。猫の亜人だったか?」
「はい。必ず」
カミーユは微笑んだ。養子に迎えることにした子供たちにもダイモスに連れてきたい。
「この国の決闘第一の考えもそろそろなんとかせねばなるまい。そうしないと孫や妃に嫌われてしまうだろうからな。住みにくいからと他国に逃げていく民がいるような国のままではいかんだろう」
そう言ってエドガー王はカミーユに手を差し伸べた。カミーユは両手でその大きな手を握った。
報告を終えてシーニュ王宮に戻ると、エルネストからの伝言がいくつか届いていた。
業務連絡が大半だが、モフロワ子爵領から子爵夫人と令息たちが到着したので、戻ったら侯爵家に連絡を入れてほしい、というものが入っていた。
子爵夫人と子供たちの体調は安定しているので面会には支障はない。
「子供たちに会えるって。アレクも行くよね? いつにしようか?」
その言葉に大きく反応したのはアレクではなくノアだった。
「え?」
「すみません……猫の亜人なんですよね……」
「……猫と鼠って相性が悪いの?」
現実の動物なら猫と鼠は相容れない感じだけれど。亜人の種族でもあるんだろうか。
「種族の本能っていうのかな。草食系とか小型の種族は基本的に猫の亜人が苦手だね。ちなみに鳥の民的にもちょっと苦手」
アレクがノアを宥めようと笑いかけてからそう付け加えてきた。
「え? そうなの?」
「猫っていうけど、実際には豹や獅子もいるからね? それを全部ひとくくりで猫と呼んでるんだよ」
「獅子……?」
「獅子とかの大型猫族はほとんどいないって聞いてるけど、やっぱりね。まあ、実際に狩られるわけじゃないし、会って話をしてみれば親しくもなれるよ。僕の身内なんて肉食系の種族ばっかりだけど何とかなってるでしょ」
「そうなんだ……」
亜人の種族間にはそういう感情も関係するのか。
「でも、トニを見ていると思うけど、小さい子は無条件で可愛いよね。わたしは子供と接する機会が全然なかったから会うのが楽しみだよ。ノアも無理はしなくていいけど、仲良くしてほしいな」
カミーユにそう言われるとノアはぶんぶんと首を縦に振った。
ノアが下がったあとでアレクが首を傾げていた。
「ノアは猫という言葉で萎縮してるだけだと思うなあ。だって、バルバラにあれだけビシバシ鍛えられてても食らいつくくらい根性あるんだし。トニの面倒見てる様子も堂に入ってるくらいだし」
「そうだよね。接してるうちに仲良くなれるといいな。というか、むしろわたしみたいに子供に触る機会がなかった人間に親が務まるのかって思うけど」
カミーユは自分でそう言ってだんだん不安になってきた。
アレクは小さく吹きだしてから、カミーユの顔を覗き込んできた。
「最初から親が務まるわけないでしょ。何事も初めてがつきものだよ。カミーユは今沢山初めてのことをやってるから大変だろうけど、神様のお墨付きがあるよね?」
「え? まさかあの『何にでもなれる』って……?」
あれは選べるという意味で何もかもやれという意味ではない……はずだけど。
実際今、シーニュ国王とアレクの伴侶と冒険者にはなっているし、神殿からは瘴気を浄化したから聖者だと持ち上げられそうになっている。
そこまで考えて愕然としたカミーユだった。
「あれ? もしかしてわたし、何もかもやらされそうになっているような……」
「カミーユ、今頃気づいたの?」
アレクがそう言ってカミーユを抱き寄せた。
「もう、本当にカミーユは可愛いなあ。大丈夫、僕も手伝うからね?」
宥めるように頭を撫でられると、カミーユはアレクの首筋に顔を埋めた。
……そうだ。わたしは何者になっても、アレクの側にいられればいいんだ。
翌日エルネストが双子と子爵夫人を連れて登城してきた。正式にカミーユとの養子縁組の手続きが終わったので、王宮内に彼らを住まわせることになるという。
サラ夫人は華奢で色白の穏やかな女性だった。父親の代に移民としてシーニュに来て子爵領に住んでいたという。猫の種族は内部で獅子や豹などの大型の種との格差で弱い小型種の民は居心地が悪かったのだそうだ。
双子は顔立ちは似ているけれど一人は金色の髪と緑の瞳、もう一人は黒髪に紺碧の瞳をしていた。金髪の子がミシェル、黒髪の子がナルシス。不思議なことにアレクとカミーユの瞳の色を交換したような組み合わせだ。
二人は環境が変わったことに戸惑ってはいるようだけれど、好奇心いっぱいの目で周りの大人たちを見つめている。
「このたびは陛下のご温情に感謝の言葉が尽きません。わたしだけでは子供たちを守る自信がございませんでした」
サラ夫人はそう言ってカミーユに頭を下げた。
「夫君のことは残念でした。あなたには子供たちの世話係として部屋を用意しているので今まで通り一緒にすごしてかまいません」
「ありがとうございます」
「けれど、当面はあなたの仕事はご自分の身体を労ることです。医師もつけるので療養に専念するように」
カミーユはそう言ってから子供たちに歩み寄った。
……わたしが母を失ったのはこの子たちより幼い時期だった。この子たちにはそんな目に遭ってほしくない。
エルネストの話では子供たちが王家で保護されることが決まってから心労から解放されて、夫人の体調は回復傾向にあるらしい。出産の後で子供の瞳の色を隠さなくてはと追い詰められて精神的にも弱っていたという。
カミーユは子供たちに両手を差し出した。戸惑った様子を見せたけれど、子供たちは小さくて柔らかい手でカミーユの手を握ってくれた。大きなガラス玉のように輝く瞳が愛らしい。愛らしいだけにカミーユは胸が痛くなった。
この子たちはすでに父親を失っている。せめて母親のことを覚えられるくらいまでは彼女には元気でいてもらわないと。
「わたしは赤子のときに母を亡くしたので母の顔を全く覚えていない。だからこれはわたしの我が儘です。あなたには元気になってほしい」
「……陛下……。どうかこれからも子供たちをよろしくお願いします」
感極まった様子で夫人はもう一度深く頭を下げる。
「……うわあ。カミーユって人たらしかも」
部屋に戻ったとたんにアレクがぽつりと呟いていた。
「何? わたし何かやった?」
思わず側にいたバルバラに問いかけると、彼女は胸を張って答えた。
「カミーユ様の人望に嫉妬なさっているだけのことですよ」
嫉妬? それを聞いてカミーユはアレクに問い返した。
「わたし、サラ夫人を口説いたりしていないよ?」
何か誤解される言動をしただろうかと思っていたカミーユにアレクは首を横に振る。
「いや、そっちの方は疑ってない」
「……? だったら何がいけなかった?」
浮気を疑われたのでないのなら、自分の何が悪かったのか。
カミーユが戸惑っていると、アレクはカミーユの肩に手を置いた。
「違うんだ。君が悪いんじゃない。でも、子供のために療養しろとか言うから、サラ夫人完全にカミーユに心酔しちゃってたでしょ? そう言えばこういうこと前にもあったなって思い出して。好き嫌いの激しい母上にめっちゃ気に入られてたし、決闘申し込んできたマーガレット嬢にも慕われてたし、何なら決闘した相手にも懐かれてたし、神殿の司祭たちや冒険者たちだってすっかり言いなりだし……カミーユってなんかすごくない?」
アレクはバルバラに問いかける。バルバラは目を細めて答える。
「何をおっしゃいますか。カミーユ様の魅力は今まで外界に晒されていなかっただけのことです」
アレクは納得した様子で口元に手を当てる。
「そうか。つまり今、全世界がカミーユの素晴らしさを知ろうとしているということなのか。これは革命的な出来事だね。歴史に記されなくてはならないよね?」
「左様でございます」
何でそこで頷き合っているのか。カミーユは理解できなくて問いかけた。
「いや、話が大きすぎない? 何言ってるの? そんなわけないじゃないか。わたしは……」
言葉が終わる前に二人が揃ってこちらを見る。何か文句でも? と言いたげな目を見て、カミーユはどうしてこの二人おかしなことで気が合うのかとすっかり力が抜けてしまった。
別に子供たちにもサラ夫人にも嫌われていないのだからいいじゃないか。
でもこれ以上この話題を続けて歴史書に載せられては困るのでやめておこう、とカミーユは溜め息をついた。
「でも、子供たち、可愛かったね。わたしもあんなときがあったのかな」
「カミーユが赤ちゃんの時かあ……そりゃあもう可愛かったに決まってるよね?」
「もちろんです」
「そうか。バルバラは知ってるんだよね。羨ましいなあ……」
アレクはカミーユと同じ年齢なのだから仕方のないことだけれど、本当に悔しそうに呟くので、バルバラがこっそりと勝ち誇ったように笑っていた。
「こうなったら子供たちは毎日ちゃんと見に行かないと。今の姿を目に焼き付けておかないとね」
「そうだね」
自分たちにはできなかったことを子供たちには……。きっと全ての親はそう思っているのだろう。
父上も「幸せになってくれ」と言って下さっていた。
わたしは幸せだし、子供たちもそうなってほしい。
カミーユはそう思いながら微笑んだ。
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翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
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