80 / 80
第四部
32
しおりを挟む
周囲が薄暗い。もしかして刺繍をしている間にうとうとしてしまったのだろうか。
カミーユは手元を見てやりかけの刺繍に驚いた。
手の中の刺繍枠にかかっていたのは塔の中でよく刺していた薔薇や菊などの花を組み合わせたものだった。塔の中では生花など手に入らなかったので彩色された図鑑を参考にしていた。
本当の薔薇の花がこんな色や形なのかもカミーユは知らなかった。
……あれ? わたしは子供たちのための服を作ろうとして……。どうして薔薇を……。
顔を上げると周囲の壁は剥き出しの石で、ひんやりと冷たい。十三年間ずっと見続けてきた塔の自分の部屋だ。幼い頃に壁に書いた落書きも残っている。
……どういうことだろう。わたしがいた塔は取り壊されて跡形もなくなっていたはずなのに。
思わず傍らにあったベルを鳴らす。けれどいつもならすぐに聞こえてくるはずの侍女の足音もしない。
自分が着ているのが塔の中にいたときの窮屈なドレスだと気づいた。
「……わたしは夢を見ていたのか? 塔から出たことも全て夢だったのか?」
確かに罪人として幽閉されていた自分には過ぎた夢だったかもしれない。
わたしが王に立つなど、許されるはずがないのに。わたしは……。
そして、立ちあがって姿見の前に立つ。そこに写っているのはドレスを纏った痩せた老人。白くなった髪は結われていない。きっともう結ってくれる侍女はここにはいないのだ。だってわたしがこんな老人になるころにはバルバラは……。
急に寒さが襲いかかってきた。身体の奥から凍っていくように身動きができなくなる。一歩踏み出すことすらできないほど身体が重い。
わたしは塔の中で一人朽ち果てていくのだと思っていた。確かに。
だけど、あの幸せを知ったあとでは、もうそんな生き方には戻れない。
あれが夢だったはずがない。わたしは確かにこの塔を出て……人を愛して、愛されていた。わたしのことなど興味がなかったと思っていた父上がわたしのことを愛して下さっていたと知った。
あれがすべて夢で、本当はわたしはたった一人この塔で老いて朽ち果てて死んでいくなんて……。
周囲が暗くなる。その闇の中で一羽の小鳥が見えた気がした。
「アレク……助けて……」
ずっとわたしの側にいてくれると約束したのだから。
「……カミーユ?」
目をあけると心配そうに覗き込んでくる整った顔を見てカミーユはほっとした。
「魘されていたよ? 大丈夫?」
ここはシーニュ王宮のカミーユの私室だ。外はまだ明るくて柔らかな風が窓から入ってきていた。アレクが戻ってくるまで待っている間に刺繍をしていて眠ってしまったらしい。
刺しかけの刺繍枠が目に入る。子供たちへの贈り物だから図案は猫にした。
「良かった……薔薇じゃない」
そう呟いたらアレクが怪訝な顔をした。
「薔薇?」
「変な夢をみたんだ。あの塔で一人きりで老人になって死んでいく夢だった。バルバラももういなくて、他にすることがなくてひたすら薔薇の花の刺繍をやっていた。……アレクに会ったことも全部夢だったのかって思って……」
不意に強く抱きしめられた。アレクが真顔でこちらを見つめている。
「……もう。即位してからずっと働き通しだから、疲れが溜まってない? ちゃんと僕を見て? こっちが現実でしょ?」
身体を支えてくれる腕の力と、触れる手の温かさにカミーユは泣きそうになった。
「……怖かったんだ」
「そりゃ怖いよ。僕だって過去のボコボコにされてた時には戻りたくない」
アレクの唇が頬に触れる。カミーユも両手をアレクの背中に回した。
「わたしはもう一人にはなりたくない」
「一人になんてしない」
どちらからともなく顔が近づいて唇が重なった。お互いの熱を確かめ合うように強く抱き合っているうちに、悪い夢は薄れていくような気がした。
「塔にも戻りたくない」
「大丈夫。あれは僕が壊しちゃったからもうないから。同じような塔がどこかにあるなら教えて? 全部粉みじんにしてくるから」
「……そこまでしなくていいよ」
カミーユは思わず笑ってしまった。このままではシーニュの国中の塔という塔が破壊されてしまいそうだ。
「ありがとう。アレク」
カミーユの表情が明るくなったのを見てか、アレクはふんわりと笑った。
「愛してるよ。カミーユ。君を悲しませる塔を壊しておいてよかった」
「……愛してる。アレク。でも、破壊行為はほどほどにしてね」
そのまま抱き合っているだけで、カミーユは身体が温かくなって、さっき夢の中で感じた寒さは消え去っていた。
「そういえば、アレク。どこに行っていたの? 午後からずっと出かけていたよね?」
「あー……実はダイモスに戻ってた」
「何か急用?」
アレクは苦笑いを浮かべて、急といえば急だけど、と呟いた。
「カミーユはジジババという恐ろしい存在を知ってるかい? 息子はどうでもいいけど孫に貢ぎたい習性があってね……」
「え? この間帰国したときも玩具や反物を大量にいただいたのに」
先日やっと双子をダイモスに連れて行って、国王夫妻に対面させた。二人とも双子を見てすっかり孫溺愛状態だった。
「プレゼントしたいものがあるからすぐ来いって連絡があって、何をくれたと思う?」
「?」
アレクは複雑そうな表情で答えた。
「かなり立派な長剣を二振り」
「ありがたいけど……まだ歩き出したばかりなんだけど……」
言葉もおぼつかない一歳児に何てものを。恐るべしジジババ……。
「まあ、サラさんもびっくりしてたからバルバラにあずけておいたよ」
「それがいいだろうね」
カミーユがシーニュに来て二ヶ月。双子の実母サラ夫人は重圧から解放されたのが良かったのか、今は王宮で双子と元気に過ごしている。子供たちは半亜人のせいか身体能力が高くて、しばしば予想外の行動をとるので乳母たちが大騒ぎしている。
最初は不安げだったトニとノアもお兄ちゃん気分で双子の世話を引き受けている。
そんなほのぼのした空間に物騒な剣を置いておくわけにはいかないだろう。
「まあ、レイモンドのところに孫が生まれたらそっちに目が行くだろうし……多分もう少しの我慢だと……」
「そうだね」
アレクの異母弟レイモンドは公爵の位を与えられて臣下に降りた。そして婚約者のマーガレット嬢ともうすぐ結婚式を挙げるのだという。マーガレット本人からカミーユに手紙が送られてきた。
立場的に出席は難しいのでお祝いの品に青いハンカチに刺繍を施したものを添えて届けておいた。彼らも幸せになってほしい。
「だけど、カミーユは毎日忙しいんだから、ちゃんと休まないとだめだよ。明日は大事な日でしょ?」
「そうだね」
明日はカミーユの両親の墓を訪れる予定だった。
側妃だったため実家の墓地に埋葬された母と、罪人扱いで郊外の神殿で葬られた父。その二人を王家の陵墓に移す作業がやっと終わった。
父の正妃だった人は子供たちとともに実家で埋葬されていたが、墓所の移動は辞退された。正妃の実家は先々代の頃から権力を振りかざして政治をほしいままにしていた。
マルク王が民の反感を買ったのも元はと言えば彼らの暴政が原因だったのだ。
マルク王の名誉が取り戻されたとしても当家の罪は消えないのだと、現在の当主は答えた。
どちらにしても、名誉も罪も生きていればこそで、墓所を移すのは生者の身勝手な思いに過ぎない。けれど、カミーユは後世の人々にまで父を罪人呼ばわりされたくはなかった。
「……わたしはこのくらいしか両親に返せそうにないから、喜んでもらえるといいな」
「きっと喜んでいるよ。今までより近くで君を見守れるんだから。カミーユを応援してくれているよ」
アレクがそう言いながらカミーユの髪を撫でる。
取り戻せないものはたくさんある。取りこぼしてしまったものも。でもわたしにはどうすることもできない。
塔を出てから急速に動きだした自分の時間に戸惑いはあるけれど……。
カミーユはアレクの手に自分の手を添えた。
……もう戻りたくないんだ。
「わたしは、ちゃんと頑張れているだろうか」
アレクの緑色の瞳を見つめて問いかけた。穏やかな光を湛えたそれが笑みを作る。
「もちろん。むしろ頑張りすぎて偉すぎるからどうしようかって思ってる」
「……だったら、アレクに褒めてほしい」
今も声が聞こえる場所に誰かが控えている。だからあからさまには言えなかった。
夢の中で冷え切って、凍えていく自分が恐ろしかった。
だから……。
アレクが小さく咳払いした。
「バルバラ。今日の国王陛下の予定は全部延期してくれるかな?」
隣室に控えていたらしいバルバラがすっと入ってきた。
「かしこまりました。夕食は軽いものを後ほどお届けします」
そう言ってバルバラは寝室に通じる扉を開いた。
「え?」
いきなりアレクに横抱きに抱え上げられてカミーユは戸惑った。アレクより自分の方が体格が上なのに。
「無理無理。わたし重いから……」
「大丈夫大丈夫。祝福効果かもしれないけど、筋力も上がってるんだよね」
そのままカミーユを寝室に連れて行こうとする。いくらか陽は傾いていてもまだ夕方には遠い時間だというのに。展開が速すぎる。
「え? 待って、これから?」
「あれ? 誘ったのはカミーユだよ? 国王陛下のお求めとあれば張り切っちゃうしかないよね?」
「いや、だって……」
「最近カミーユは頑張りすぎだから、強制的に休ませるようにダルトワ侯爵からも言われてたんだよね。ちょうどいいからたくさんイチャイチャしようね?」
いつの間にそんな話が。確かに休めとは言われていたけれど。
……でも確かにアレクにたくさん甘やかされたいと思ったし……。
「それに一晩中くっついていたら悪い夢ももう見ないよ」
「アレク……」
啄むようにキスされて、ああ、心配かけてしまったのか、と気づく。
「じゃあバルバラ、あとは頼んだよ」
「かしこまりました」
二人が寝室に入ると、バルバラはそう言って扉を閉めた。
国境警備軍の砦の奥にある白い石塔。そこには一人の哀れな姫が幽閉されている。
先代国王の遺児にして金色の髪と紺碧の海を映した瞳を持つ美しきカミーユ姫。
……もうそんな姫君はどこにもいない。
のちに、カミーユはシーニュ王国の歴史のなかで最も異色の経歴を持つ王だと語られた。王女として育てられ、成人するまでほとんど幽閉されて暮らし、隣国の王太子の伴侶となってからシーニュ王に即位した。
在位中は両国の関係改善につとめ、亜人と人族の共存を実現した。
息子に譲位したあとは、隣国の王を退いた伴侶とともに冒険者として活動し、そちらでも勇名を残したという。
カミーユは手元を見てやりかけの刺繍に驚いた。
手の中の刺繍枠にかかっていたのは塔の中でよく刺していた薔薇や菊などの花を組み合わせたものだった。塔の中では生花など手に入らなかったので彩色された図鑑を参考にしていた。
本当の薔薇の花がこんな色や形なのかもカミーユは知らなかった。
……あれ? わたしは子供たちのための服を作ろうとして……。どうして薔薇を……。
顔を上げると周囲の壁は剥き出しの石で、ひんやりと冷たい。十三年間ずっと見続けてきた塔の自分の部屋だ。幼い頃に壁に書いた落書きも残っている。
……どういうことだろう。わたしがいた塔は取り壊されて跡形もなくなっていたはずなのに。
思わず傍らにあったベルを鳴らす。けれどいつもならすぐに聞こえてくるはずの侍女の足音もしない。
自分が着ているのが塔の中にいたときの窮屈なドレスだと気づいた。
「……わたしは夢を見ていたのか? 塔から出たことも全て夢だったのか?」
確かに罪人として幽閉されていた自分には過ぎた夢だったかもしれない。
わたしが王に立つなど、許されるはずがないのに。わたしは……。
そして、立ちあがって姿見の前に立つ。そこに写っているのはドレスを纏った痩せた老人。白くなった髪は結われていない。きっともう結ってくれる侍女はここにはいないのだ。だってわたしがこんな老人になるころにはバルバラは……。
急に寒さが襲いかかってきた。身体の奥から凍っていくように身動きができなくなる。一歩踏み出すことすらできないほど身体が重い。
わたしは塔の中で一人朽ち果てていくのだと思っていた。確かに。
だけど、あの幸せを知ったあとでは、もうそんな生き方には戻れない。
あれが夢だったはずがない。わたしは確かにこの塔を出て……人を愛して、愛されていた。わたしのことなど興味がなかったと思っていた父上がわたしのことを愛して下さっていたと知った。
あれがすべて夢で、本当はわたしはたった一人この塔で老いて朽ち果てて死んでいくなんて……。
周囲が暗くなる。その闇の中で一羽の小鳥が見えた気がした。
「アレク……助けて……」
ずっとわたしの側にいてくれると約束したのだから。
「……カミーユ?」
目をあけると心配そうに覗き込んでくる整った顔を見てカミーユはほっとした。
「魘されていたよ? 大丈夫?」
ここはシーニュ王宮のカミーユの私室だ。外はまだ明るくて柔らかな風が窓から入ってきていた。アレクが戻ってくるまで待っている間に刺繍をしていて眠ってしまったらしい。
刺しかけの刺繍枠が目に入る。子供たちへの贈り物だから図案は猫にした。
「良かった……薔薇じゃない」
そう呟いたらアレクが怪訝な顔をした。
「薔薇?」
「変な夢をみたんだ。あの塔で一人きりで老人になって死んでいく夢だった。バルバラももういなくて、他にすることがなくてひたすら薔薇の花の刺繍をやっていた。……アレクに会ったことも全部夢だったのかって思って……」
不意に強く抱きしめられた。アレクが真顔でこちらを見つめている。
「……もう。即位してからずっと働き通しだから、疲れが溜まってない? ちゃんと僕を見て? こっちが現実でしょ?」
身体を支えてくれる腕の力と、触れる手の温かさにカミーユは泣きそうになった。
「……怖かったんだ」
「そりゃ怖いよ。僕だって過去のボコボコにされてた時には戻りたくない」
アレクの唇が頬に触れる。カミーユも両手をアレクの背中に回した。
「わたしはもう一人にはなりたくない」
「一人になんてしない」
どちらからともなく顔が近づいて唇が重なった。お互いの熱を確かめ合うように強く抱き合っているうちに、悪い夢は薄れていくような気がした。
「塔にも戻りたくない」
「大丈夫。あれは僕が壊しちゃったからもうないから。同じような塔がどこかにあるなら教えて? 全部粉みじんにしてくるから」
「……そこまでしなくていいよ」
カミーユは思わず笑ってしまった。このままではシーニュの国中の塔という塔が破壊されてしまいそうだ。
「ありがとう。アレク」
カミーユの表情が明るくなったのを見てか、アレクはふんわりと笑った。
「愛してるよ。カミーユ。君を悲しませる塔を壊しておいてよかった」
「……愛してる。アレク。でも、破壊行為はほどほどにしてね」
そのまま抱き合っているだけで、カミーユは身体が温かくなって、さっき夢の中で感じた寒さは消え去っていた。
「そういえば、アレク。どこに行っていたの? 午後からずっと出かけていたよね?」
「あー……実はダイモスに戻ってた」
「何か急用?」
アレクは苦笑いを浮かべて、急といえば急だけど、と呟いた。
「カミーユはジジババという恐ろしい存在を知ってるかい? 息子はどうでもいいけど孫に貢ぎたい習性があってね……」
「え? この間帰国したときも玩具や反物を大量にいただいたのに」
先日やっと双子をダイモスに連れて行って、国王夫妻に対面させた。二人とも双子を見てすっかり孫溺愛状態だった。
「プレゼントしたいものがあるからすぐ来いって連絡があって、何をくれたと思う?」
「?」
アレクは複雑そうな表情で答えた。
「かなり立派な長剣を二振り」
「ありがたいけど……まだ歩き出したばかりなんだけど……」
言葉もおぼつかない一歳児に何てものを。恐るべしジジババ……。
「まあ、サラさんもびっくりしてたからバルバラにあずけておいたよ」
「それがいいだろうね」
カミーユがシーニュに来て二ヶ月。双子の実母サラ夫人は重圧から解放されたのが良かったのか、今は王宮で双子と元気に過ごしている。子供たちは半亜人のせいか身体能力が高くて、しばしば予想外の行動をとるので乳母たちが大騒ぎしている。
最初は不安げだったトニとノアもお兄ちゃん気分で双子の世話を引き受けている。
そんなほのぼのした空間に物騒な剣を置いておくわけにはいかないだろう。
「まあ、レイモンドのところに孫が生まれたらそっちに目が行くだろうし……多分もう少しの我慢だと……」
「そうだね」
アレクの異母弟レイモンドは公爵の位を与えられて臣下に降りた。そして婚約者のマーガレット嬢ともうすぐ結婚式を挙げるのだという。マーガレット本人からカミーユに手紙が送られてきた。
立場的に出席は難しいのでお祝いの品に青いハンカチに刺繍を施したものを添えて届けておいた。彼らも幸せになってほしい。
「だけど、カミーユは毎日忙しいんだから、ちゃんと休まないとだめだよ。明日は大事な日でしょ?」
「そうだね」
明日はカミーユの両親の墓を訪れる予定だった。
側妃だったため実家の墓地に埋葬された母と、罪人扱いで郊外の神殿で葬られた父。その二人を王家の陵墓に移す作業がやっと終わった。
父の正妃だった人は子供たちとともに実家で埋葬されていたが、墓所の移動は辞退された。正妃の実家は先々代の頃から権力を振りかざして政治をほしいままにしていた。
マルク王が民の反感を買ったのも元はと言えば彼らの暴政が原因だったのだ。
マルク王の名誉が取り戻されたとしても当家の罪は消えないのだと、現在の当主は答えた。
どちらにしても、名誉も罪も生きていればこそで、墓所を移すのは生者の身勝手な思いに過ぎない。けれど、カミーユは後世の人々にまで父を罪人呼ばわりされたくはなかった。
「……わたしはこのくらいしか両親に返せそうにないから、喜んでもらえるといいな」
「きっと喜んでいるよ。今までより近くで君を見守れるんだから。カミーユを応援してくれているよ」
アレクがそう言いながらカミーユの髪を撫でる。
取り戻せないものはたくさんある。取りこぼしてしまったものも。でもわたしにはどうすることもできない。
塔を出てから急速に動きだした自分の時間に戸惑いはあるけれど……。
カミーユはアレクの手に自分の手を添えた。
……もう戻りたくないんだ。
「わたしは、ちゃんと頑張れているだろうか」
アレクの緑色の瞳を見つめて問いかけた。穏やかな光を湛えたそれが笑みを作る。
「もちろん。むしろ頑張りすぎて偉すぎるからどうしようかって思ってる」
「……だったら、アレクに褒めてほしい」
今も声が聞こえる場所に誰かが控えている。だからあからさまには言えなかった。
夢の中で冷え切って、凍えていく自分が恐ろしかった。
だから……。
アレクが小さく咳払いした。
「バルバラ。今日の国王陛下の予定は全部延期してくれるかな?」
隣室に控えていたらしいバルバラがすっと入ってきた。
「かしこまりました。夕食は軽いものを後ほどお届けします」
そう言ってバルバラは寝室に通じる扉を開いた。
「え?」
いきなりアレクに横抱きに抱え上げられてカミーユは戸惑った。アレクより自分の方が体格が上なのに。
「無理無理。わたし重いから……」
「大丈夫大丈夫。祝福効果かもしれないけど、筋力も上がってるんだよね」
そのままカミーユを寝室に連れて行こうとする。いくらか陽は傾いていてもまだ夕方には遠い時間だというのに。展開が速すぎる。
「え? 待って、これから?」
「あれ? 誘ったのはカミーユだよ? 国王陛下のお求めとあれば張り切っちゃうしかないよね?」
「いや、だって……」
「最近カミーユは頑張りすぎだから、強制的に休ませるようにダルトワ侯爵からも言われてたんだよね。ちょうどいいからたくさんイチャイチャしようね?」
いつの間にそんな話が。確かに休めとは言われていたけれど。
……でも確かにアレクにたくさん甘やかされたいと思ったし……。
「それに一晩中くっついていたら悪い夢ももう見ないよ」
「アレク……」
啄むようにキスされて、ああ、心配かけてしまったのか、と気づく。
「じゃあバルバラ、あとは頼んだよ」
「かしこまりました」
二人が寝室に入ると、バルバラはそう言って扉を閉めた。
国境警備軍の砦の奥にある白い石塔。そこには一人の哀れな姫が幽閉されている。
先代国王の遺児にして金色の髪と紺碧の海を映した瞳を持つ美しきカミーユ姫。
……もうそんな姫君はどこにもいない。
のちに、カミーユはシーニュ王国の歴史のなかで最も異色の経歴を持つ王だと語られた。王女として育てられ、成人するまでほとんど幽閉されて暮らし、隣国の王太子の伴侶となってからシーニュ王に即位した。
在位中は両国の関係改善につとめ、亜人と人族の共存を実現した。
息子に譲位したあとは、隣国の王を退いた伴侶とともに冒険者として活動し、そちらでも勇名を残したという。
70
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人
「後1年、か……」
レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる
奏音 美都
BL
<あらすじ>
エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。
そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……
俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
転生したら最強辺境伯に拾われました
マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。
死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる