とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜

文字の大きさ
13 / 25

アナスタシアとの散策

しおりを挟む
 南門へ向かう道は、人と荷車でそこそこ賑わっていた。
 昼の陽射しに石畳が光り、風に乗って焼き立てのパンの匂いが流れてくる。

「やっぱり外っていいですねぇ!」
 
 アナスタシアは歩きながら、手に持った串焼きを嬉しそうにかじった。
 
「部屋に篭っていたら、こういう匂いすら忘れますよ」

「勤務中によくそんなに食べられるわね」
 
 呆れ半分に言いながらも、セリーヌも紙包みを受け取り、ひと口かじる。
 意外にも素朴で、香ばしい味だった。

 通りには笑い声が飛び交い、どの店にも活気がある。
 ――事件があった場所とは思えないほどだ

「なんと!思ったより普通ですね」

 アナスタシアがそう言い、セリーヌが周囲を見渡すと、八百屋の主人が気さくに声をかけてきた。
 
「おや、治安局の方でしょう? リュミエール商会の件、大変でしたねぇ」

「ご存知で?」
 
「ええ。でもねぇ、あそこは昔からきっちりしてる商会ですよ。きっと誤解ですよ」
 
「……誤解、ですか」
 
「証拠も出なかったんでしょう? それが何よりの証拠ですって」

 主人はそう言って笑い、次の客に声をかけた。
 アナスタシアが小声でつぶやく。
 
「なんか……思ってたのと違いますね」

 アナスタシアが言うと、セリーヌは軽く息を吐いた。
 
「……きっと、商会が事前に手を回してたのね」
 
「手を回す、って?」
 
「評判が悪くならないように、話を通しているのだと思うわ。『誤解だった』ってことにしておけば、商会としてダメージは少ないしね」

「流石ですね、セリーヌさん!」

 別に、セリーヌが指示したわけではない。
 商会の人間たちが、リュミエールの為にと動いたのだろう。
 そこに私情などなく、ただ“勤め”を果たそうとする者たちの姿があった。

 アナスタシアは、興味津々といった様子で次々と店先に立ち寄っていった。
 焼き菓子をつまみながら、八百屋の主人や露店の商人に声をかける。

「最近、何か変わったことはありませんか?」
 
「いや……特には――ああ、でもな」

 ふと、果物籠を並べていた商人が思い出したように顔を上げた。

「そう言えば、最近、ここいらじゃ見かけない商会が頻繁に出入りするようになったんだ」

 セリーヌがすかさず問い返す。
「商会? 名前はわかる?」

「確か……『オックスフォード商会』だったかな。原材料を扱うところだったはずだ」  

 聞いたことのない名前だった。
 少なくとも、これまでの取引記録にも、監査局の報告にも一度も出てこなかったはずだ。

 加えて、“原材料を扱う”という所にも違和感があった。
 あれは扱いが難しく、採算の取りづらい分野だ。
 仕入れや保管の手間に比べて利益が薄く、通常は大手の商会――たとえば、リュミエールのような規模でなければ成り立たない。

「これは……調べ甲斐がありそうですね!」

 アナスタシアが目を輝かせる。

 セリーヌはその勢いに、思わず小さく笑みをこぼした。
 
「ええ。でも、焦らずにね。こういう時こそ慎重さが大事よ」

「はーい!」
 
 そう言ってアナスタシアは次の聞き込み先を探していた。

「……まったく、どこにそんな体力があるのかしら」

 そう呟きながらも、その背中を追って歩き出す。午後の日差しが傾き始め、通りの影が長く伸びていた。賑わう声が遠くで響き、焼き菓子の甘い匂いが風に流れていく。

 南門の街は、今日も変わらず動いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」 ――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。 理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。 あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。 マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。 「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」 それは諫言であり、同時に――予告だった。 彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。 調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。 一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、 「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。 戻らない。 復縁しない。 選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。 これは、 愚かな王太子が壊した国と、 “何も壊さずに離れた令嬢”の物語。 静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

悪役令嬢扱いで国外追放?なら辺境で自由に生きます

タマ マコト
ファンタジー
王太子の婚約者として正しさを求め続けた侯爵令嬢セラフィナ・アルヴェインは、 妹と王太子の“真実の愛”を妨げた悪役令嬢として国外追放される。 家族にも見捨てられ、たった一人の侍女アイリスと共に辿り着いたのは、 何もなく、誰にも期待されない北方辺境。 そこで彼女は初めて、役割でも評価でもない「自分の人生」を生き直す決意をする。

『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがないから、婚約破棄する」―― 王太子アルヴィスから突然告げられた、理不尽な言葉。 令嬢リオネッタは涙を流す……フリをして、内心ではこう叫んでいた。 (やった……! これで自由だわーーーッ!!) 実家では役立たずと罵られ、社交界では張り付いた笑顔を求められる毎日。 だけど婚約破棄された今、もう誰にも縛られない! そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き伯爵家―― 「干渉なし・自由尊重・離縁もOK」の白い結婚を提案してくれた、令息クリスだった。 温かな屋敷、美味しいご飯、優しい人々。 自由な生活を満喫していたリオネッタだったが、 王都では元婚約者の評判がガタ落ち、ざまぁの嵐が吹き荒れる!? さらに、“形式だけ”だったはずの婚約が、 次第に甘く優しいものへと変わっていって――? 「私はもう、王家とは関わりません」 凛と立つ令嬢が手に入れたのは、自由と愛と、真の幸福。 婚約破棄が人生の転機!? ざまぁ×溺愛×白い結婚から始まる、爽快ラブファンタジー! ---

婚約破棄?はい、どうぞお好きに!悪役令嬢は忙しいんです

ほーみ
恋愛
 王国アスティリア最大の劇場──もとい、王立学園の大講堂にて。  本日上演されるのは、わたくしリリアーナ・ヴァレンティアを断罪する、王太子殿下主催の茶番劇である。  壇上には、舞台の主役を気取った王太子アレクシス。その隣には、純白のドレスをひらつかせた侯爵令嬢エリーナ。  そして観客席には、好奇心で目を輝かせる学生たち。ざわめき、ひそひそ声、侮蔑の視線。  ふふ……完璧な舞台準備ね。 「リリアーナ・ヴァレンティア! そなたの悪行はすでに暴かれた!」  王太子の声が響く。

婚約破棄された公爵令嬢は真の聖女でした ~偽りの妹を追放し、冷徹騎士団長に永遠を誓う~

鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アプリリア・フォン・ロズウェルは、王太子ルキノ・エドワードとの幸せな婚約生活を夢見ていた。 しかし、王宮のパーティーで突然、ルキノから公衆の面前で婚約破棄を宣告される。 理由は「性格が悪い」「王妃にふさわしくない」という、にわかには信じがたいもの。 さらに、新しい婚約者候補として名指しされたのは、アプリリアの異母妹エテルナだった。 絶望の淵に突き落とされたアプリリア。 破棄の儀式の最中、突如として前世の記憶が蘇り、 彼女の中に眠っていた「真の聖女の力」――強力な治癒魔法と予知能力が覚醒する。 王宮を追われ、辺境の荒れた領地へ左遷されたアプリリアは、 そこで自立を誓い、聖女の力で領民を癒し、土地を豊かにしていく。 そんな彼女の前に現れたのは、王国最強の冷徹騎士団長ガイア・ヴァルハルト。 魔物の脅威から領地を守る彼との出会いが、アプリリアの運命を大きく変えていく。 一方、王宮ではエテルナの「偽りの聖女の力」が露呈し始め、 ルキノの無能さが明るみに出る。 エテルナの陰謀――偽手紙、刺客、魔物の誘導――が次々と暴かれ、 王国は混乱の渦に巻き込まれる。 アプリリアはガイアの愛を得て、強くなっていく。 やがて王宮に招かれた彼女は、聖女の力で王国を救い、 エテルナを永久追放、ルキノを王位剥奪へと導く。 偽りの妹は孤独な追放生活へ、 元婚約者は権力を失い後悔の日々へ、 取り巻きの貴族令嬢は家を没落させ貧困に陥る。 そしてアプリリアは、愛するガイアと結婚。 辺境の領地は王国一の繁栄地となり、 二人は子に恵まれ、永遠の幸せを手にしていく――。

「役立たず」と婚約破棄されたけれど、私の価値に気づいたのは国中であなた一人だけでしたね?

ゆっこ
恋愛
「――リリアーヌ、お前との婚約は今日限りで破棄する」  王城の謁見の間。高い天井に声が響いた。  そう告げたのは、私の婚約者である第二王子アレクシス殿下だった。  周囲の貴族たちがくすくすと笑うのが聞こえる。彼らは、殿下の隣に寄り添う美しい茶髪の令嬢――伯爵令嬢ミリアが勝ち誇ったように微笑んでいるのを見て、もうすべてを察していた。 「理由は……何でしょうか?」  私は静かに問う。

馬鹿王子は落ちぶれました。 〜婚約破棄した公爵令嬢は有能すぎた〜

mimiaizu
恋愛
マグーマ・ティレックス――かつて第一王子にして王太子マグーマ・ツインローズと呼ばれた男は、己の人生に絶望した。王族に生まれ、いずれは国王になるはずだったのに、男爵にまで成り下がったのだ。彼は思う。 「俺はどこで間違えた?」 これは悪役令嬢やヒロインがメインの物語ではない。ざまぁされる男がメインの物語である。 ※『【短編】婚約破棄してきた王太子が行方不明!? ~いいえ。王太子が婚約破棄されました~』『王太子殿下は豹変しました!? 〜第二王子殿下の心は過労で病んでいます〜』の敵側の王子の物語です。これらを見てくだされば分かりやすいです。

処理中です...