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オックスフォード商会
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監査局の記録室は、昼下がりの光が差し込み、紙の匂いで満ちていた。
分厚い台帳を前に、セリーヌは黙々とページをめくる。隣ではアナスタシアが、慣れない手つきで書類を仕分けていた。
本来、セリーヌが監査局の記録室に入ることは許されていない。
だが、アナスタシアが監査局の所属だったため、今回は彼女の同行という形で特別に入室を認められていた。
「……ありました!」
アナスタシアの明るい声に、セリーヌが顔を上げる。
彼女が指差した帳簿の一行――『オックスフォード商会 所在地:北地区第七倉庫群』。
「北側、ね……」
セリーヌは小さくつぶやいた。
北地区は街の外縁に位置し、鉱山への輸送路が延びている。エインズワース領の鉱山等がそれに該当する。
今でこそ往来は減ったが、古い倉庫がいくつも残っている。
そして――監視の目が最も薄い区域でもあった。
「輸入の記録も確認してみましょうか」
アナスタシアがページをめくりながら言った。
指先が止まったのは、出入りの記録台帳。そこには、いくつもの商会名が並んでいる。
「……ありました。オックスフォード商会、輸入元は“北部産業区”となっています」
「北部産業区?」
「はい。例の鉱山地帯に近いところです。鉄や鉛の取引が中心みたいですね」
この王国は南北に広く、中央の中部には王都が置かれている。
政治と商業の中心である王都を境に、北と南では景色も、暮らしも、まるで違っていた。
北部は豊富な鉱脈を抱え、鉄や鉛といった資源に恵まれている。だが、厳しい気候と不便な地形のため、産業の発展は遅れ、交易路も限られていた。
一方、南部――王都を中心とする地域は資源こそ乏しいが、政治と経済の中枢が集中している。
そのため、北部で掘り出された資源は中部の王都を経由して南へと流れ、加工や販売によって莫大な利益を生み出していた。
けれど、その恩恵を受けるのは、いつの時代も中心部にいる者たちだけだった。
北の鉱夫たちは、寒風の吹き荒れる坑道で身体を削りながらも、報酬はわずかであった。
「実際の取り扱いは鉄が中心みたいですね!」
「鉄……ね」
セリーヌは帳簿を指で軽く叩いた。
「原材料を扱う商会なんて他にもあるけれど、鉄を主にしているとなると話が違うわ」
「違う、ってどういうことですか?」
アナスタシアが首を傾げる。
「鉄はただの資材じゃないの。――剣や鎧の基になる素材よ」
「でも、武具の管理って、普通は治安局の管轄じゃないんですか?」
「ええ、基本はそうなんだけど――」
セリーヌは帳簿から視線を上げた。
「治安局の直轄は“完成された武器”まで。原材料の鉄そのものは、王都の規制対象外なの」
「つまり、鉄を仕入れても、その後どう使うかまでは誰も監視していない……?」
「そういうことよ」
「でも、そんな事をやっていても誤魔化しが出来ないと思うんですよね」
確かに、アナスタシアの言っていることは正しかった。
王立工房に納めるための鉄とは別に用意しているとなれば、いずれ帳簿上で辻褄が合わなくなる。
それでも、不思議なことに帳簿の上では何の異常も見られない。
王立工房への納入量は過不足なく、むしろ規定通り納められていた。
一体どのようなカラクリを使っているのか、もしくはただの勘違いなのかセリーヌには見当もつかなかった。
ただ、いずれにしろ、王立工房へ行く必要はあった。
「……やっぱり、実際に見に行くしかないわね」
もしこの数字の裏に細工があるのなら、王立工房――つまり、鉄が実際に流れ込む先にその痕跡が残っているはず。
それを確かめる以外に、真実を掴む方法はなかった。
二人の視線は、次に訪れる“現場”へと向けられていた。
分厚い台帳を前に、セリーヌは黙々とページをめくる。隣ではアナスタシアが、慣れない手つきで書類を仕分けていた。
本来、セリーヌが監査局の記録室に入ることは許されていない。
だが、アナスタシアが監査局の所属だったため、今回は彼女の同行という形で特別に入室を認められていた。
「……ありました!」
アナスタシアの明るい声に、セリーヌが顔を上げる。
彼女が指差した帳簿の一行――『オックスフォード商会 所在地:北地区第七倉庫群』。
「北側、ね……」
セリーヌは小さくつぶやいた。
北地区は街の外縁に位置し、鉱山への輸送路が延びている。エインズワース領の鉱山等がそれに該当する。
今でこそ往来は減ったが、古い倉庫がいくつも残っている。
そして――監視の目が最も薄い区域でもあった。
「輸入の記録も確認してみましょうか」
アナスタシアがページをめくりながら言った。
指先が止まったのは、出入りの記録台帳。そこには、いくつもの商会名が並んでいる。
「……ありました。オックスフォード商会、輸入元は“北部産業区”となっています」
「北部産業区?」
「はい。例の鉱山地帯に近いところです。鉄や鉛の取引が中心みたいですね」
この王国は南北に広く、中央の中部には王都が置かれている。
政治と商業の中心である王都を境に、北と南では景色も、暮らしも、まるで違っていた。
北部は豊富な鉱脈を抱え、鉄や鉛といった資源に恵まれている。だが、厳しい気候と不便な地形のため、産業の発展は遅れ、交易路も限られていた。
一方、南部――王都を中心とする地域は資源こそ乏しいが、政治と経済の中枢が集中している。
そのため、北部で掘り出された資源は中部の王都を経由して南へと流れ、加工や販売によって莫大な利益を生み出していた。
けれど、その恩恵を受けるのは、いつの時代も中心部にいる者たちだけだった。
北の鉱夫たちは、寒風の吹き荒れる坑道で身体を削りながらも、報酬はわずかであった。
「実際の取り扱いは鉄が中心みたいですね!」
「鉄……ね」
セリーヌは帳簿を指で軽く叩いた。
「原材料を扱う商会なんて他にもあるけれど、鉄を主にしているとなると話が違うわ」
「違う、ってどういうことですか?」
アナスタシアが首を傾げる。
「鉄はただの資材じゃないの。――剣や鎧の基になる素材よ」
「でも、武具の管理って、普通は治安局の管轄じゃないんですか?」
「ええ、基本はそうなんだけど――」
セリーヌは帳簿から視線を上げた。
「治安局の直轄は“完成された武器”まで。原材料の鉄そのものは、王都の規制対象外なの」
「つまり、鉄を仕入れても、その後どう使うかまでは誰も監視していない……?」
「そういうことよ」
「でも、そんな事をやっていても誤魔化しが出来ないと思うんですよね」
確かに、アナスタシアの言っていることは正しかった。
王立工房に納めるための鉄とは別に用意しているとなれば、いずれ帳簿上で辻褄が合わなくなる。
それでも、不思議なことに帳簿の上では何の異常も見られない。
王立工房への納入量は過不足なく、むしろ規定通り納められていた。
一体どのようなカラクリを使っているのか、もしくはただの勘違いなのかセリーヌには見当もつかなかった。
ただ、いずれにしろ、王立工房へ行く必要はあった。
「……やっぱり、実際に見に行くしかないわね」
もしこの数字の裏に細工があるのなら、王立工房――つまり、鉄が実際に流れ込む先にその痕跡が残っているはず。
それを確かめる以外に、真実を掴む方法はなかった。
二人の視線は、次に訪れる“現場”へと向けられていた。
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