10 / 50
10撫でる
しおりを挟む
王子様から婚約を打診されたサキだったが、父親であるマティアスの鍛えなおさねば話にならん、という一声でひとまずのところ話は保留となっている。学園は飛び級での卒業もあるので、学園内では優秀な成績を修めている王子様は少し早いが卒業してしまうらしい。卒業後は城の魔法研究室で経験を積みつつ、マティアスから特訓を受けるそうだ。
そんな話をサキにするために、いやおそらくはサキの顔を見るためであろうが、屋敷には王子様がやってきている。ちなみにサキは今キーラの籠を乳母のカティに任されて、ゆらゆらと揺らしているところである。籠を覗き込んで優しい顔で笑う王子様は、実に好人物に見える。
(ほんとに良い人なんだよなあ)
王子様良い人、それがサキの率直な感想だ。サキのことを好きな理由が運命というのにはちょっと納得がいかないが、怖い目にあったのに頑張って前を向いて生きようとしているところも好きだと言われた。そんな人間はいくらでもいるのではないか、と思うのだがまだ何か別の理由があるのかもしれない。すぐにどうこう、という話でもないのならお友達として始めてみませんかとサキが提案すれば、嬉しそうに微笑んだ。
(綺麗な人だしなあ)
サキが鏡で見る自分の顔より、ずっと美しいと思うのだが。それを伝えれば本当の美しさは見た目ではありません、と硬い表情で話を始めた。
絵本で読んだ憧れの落ち人様に出会った話、落ち人様のおかげで王様と家族として一緒に暮らせるようになった話、剣が苦手な落ち人様のために騎士になってみんなを守ろうと努力してきた話、落ち人様が叔父上の伴侶であった話。
そしてサキを気にしながらも語ってくれたのが、半年ほど前に同級生で友人だと思っていた人間に襲われた話。
ポツポツと語られる王子様の話に、サキはなるほどそういうことかとひとり頷いた。
サキは前世で大人の記憶がある、サキが前世の記憶に引きずられて家族に対してどこか一線引いていたときには、やはり家族もサキとは馴染まなかった。今は前世の記憶は便利な図書館くらいの気持ちでいるから、サキとして生活を楽しみ家族に甘えることも覚えた。要するに家族に甘やかされて幸せ、これである。
おそらく王子様は、親の愛を受けて育つべきときに子供らしく甘えられず、我慢をしていたのだろう。
王弟フロイライン様の話は落ち人様との結婚までが本にまでなっているから、知っている。当時まだ王子様だった王様も弟をずっと探していたというし、フロイライン様が結婚されてから王様も結婚をされた話も有名である。王子様は6歳から6年間の間学園にいるのだから、家族で過ごした時間など本当にわずかなものだろう。
寂しいときに現れて、みんなを救ってくれた落ち人様に憧れて、その人が誰よりも優しく自分を甘やかしてくれれば好きにもなるだろう。幼い心に強烈な印象を残すであろうし、すぐに離れて暮らせば会いたいと募る気持ちを拗らせもする。
擦り込みを愛と錯覚し、思いを消化できぬまま『幻術』で利用されて友達と思っていたやつに犯されかけて。ようやく夢から覚めた、と思ったら目の前に突然現れたサキ。
同じように犯されかけて心の傷を追いつつも、前を向いて生きようとしている年下の少年、これがまた黒髪黒目である。
(うん、何かわかってきた)
つまるところ、王子様は美しい華やかな見た目とは反対に、生真面目で努力家で才能に溢れ、その上すごく我慢強い良い子なのだ。彼に必要なのは結婚相手ではなく、彼自身を存分に甘やかしてくれる人である。
サキは現在家族に愛され甘やかされ、サキ自身も家族愛に溢れている。もちろん彼はそんなことには気づかずに、それを無意識に欲して我知らず擦り寄ってきているだけの話なのだ。そのままの自分を愛してほしいと。
「イェルハルド殿下、かわいいなあ」
サキはキーラの眠る籠から手を離して立ち上がり、王子様の腰掛ける椅子へと近づき、いつもは高い位置にあるはずの王子様の頭を撫でた。緩くまとめた薄い金髪は見た目よりも柔らかくふわっふわで、空に浮かぶ雲に触れたらこんな感じだろうかという手触りである。撫でられている本人は驚いて青い瞳を真ん丸にして、サキにされるがままである。
「か、かわいいのは私ではなくサキ殿でしょう」
「あれ、声に出てましたか、失礼」
それでもサキは王子様の頭を撫でることを止めず、その極上の手触りを楽しんでいる。王子様も止めようとはしないのだから、いいのだろう。
(その上全然スレていなくて初心とか、ほんとかわいすぎだろう)
「……サキ殿、何かおかしなことを考えてはいませんか」
「あ、わかりますか、すみません」
もうサキはイェルハルドに対して王家への特別な敬語なぞ使うのは止めた、友達になったのだから多少言葉が崩れても構わないだろうという勝手な判断である。もちろんイェルハルドはそんなことでは怒らない。
「できた人だよな、まだ12歳なのに」
「…………サキ殿、先ほどからわざとですか」
「あ、また声に出てましたか、失礼」
「サキ殿とて7歳でしょう」
サキはすっかりイェルハルドのことがかわいくなってしまっていた。犬のように真っ直ぐ自分を慕ってくれているのだから、かわいくないわけがない。裏表のない正直な性格はなるほど王様には向いていないな、と先日の王様の話を思い出して笑う。
さすがにそろそろ撫でるのも止めようかと思うのだが、あまりに触り心地が良くてなかなか手を離せない。そこへマティアスがやってきた。
「何をしている……」
「え、あ、いや私は……」
「イェルハルド殿下の撫で心地は最高です。父さんもぜひ」
手を離してマティアスに進めてみる、仏頂面のマティアスがまさか王子様の髪を撫でるとは誰も思うまい。
「え、えぇ?」
「うむ、良いな」
触った。しかも思いのほか触り心地が良かったので気に入ったのであろう、その後は無言で頭を撫でている。人の好い王子様はここでも困った顔でされるがままである、美しい顔で困って眉を下げてもいっそうかわいらしいだけなので、もちろんサキもマティアスを止めはしない。
「あー楽しそうなことしてるぅ」
ちょうど現れたラミがマティアスに代わり、王子様の頭に手を置きぽんぽんとする。そのまま撫でられれば王子様は幸せそうに微笑んだ。
「頭をこんなに撫でられたのは初めてのことですが、良いものですね」
「また撫でてあげる、いつでも来て?」
ラミが笑って王子様も微笑んだ。マティアスが無言でラミの手を取り、あまりくっつくなと王子様に文句を言う。さすがにそれはかわいそうだろう、とサキがとりなそうとすれば。
「申し訳ありません」
(不憫すぎる)
王子様が真っ赤な顔でマティアスとラミに謝っていた、初心で真面目なのである。サキは話を変えるために王子様に話しかけた。
「イェルハルド殿下、この屋敷の居心地はいかがですか?」
「とても居心地がいいです、サキ殿と結婚すれば私はずっとここに……」
「ふぅん、ここに住むの」
「まだ早い」
結婚か、それはないなとサキは考えながら言葉を選ぶ。サキの前世はノーマルだったし正直この美しい人と恋愛感情を持つに至るか、と聞かれればないな、と答えるしかない。恋愛感情ではないが、家族の愛のようなものは感じている。なぜかはわからない、勘のようなものがそう告げているのだ。
「イェルハルド殿下、ご存じとは思いますが僕は半分の血が魔族の夢魔です。その血がイェルハルド殿下は伴侶ではないと告げています。正直に申し上げてイェルハルド殿下に対して恋愛感情はありません」
王子様がショックを受けた顔をする。前世の実家にいた犬を思い出す、ボール遊びはお終いって言われたときの顔がこんな感じだった。
「ただイェルハルド殿下には親愛というか、家族への愛情に近いものは感じています」
(ゴールデンレトリーバー……似ている)
「それでも構いません。あなたの家族に私はなりたいのです」
「身を焦がして手に入れたいと思うほど僕を愛しているのではない、でしょう?あなたが欲しいのは、あなた自身をただ甘やかし愛してくれる存在だ」
ラミがマティアスの顔を見て首を傾げている、マティアスは小さく首を振るとキーラの籠を持ち、ラミの手を引いて空いている長椅子に腰掛けさせた。ラミは籠を揺らして微笑んでいる。サキは両親の様子を見てから王子様に視線を戻し話を続けた。
「あなたはずいぶん頑張ってきて、だけど甘えられるときに甘えられなかったから、本当はまだ心が子供なんです。だから家族愛に満ちている僕の家族に惹かれている」
「……そんなことは……」
「この屋敷は居心地がいいって言ったでしょう。僕のことだけが好きならば家族なんて邪魔なはずなんです。何しろこの父は婚約を許さないって言っているくらいなんですからね」
「あ……」
「好きで好きで手に入れたくて堪らなければ、少しでもいいから誰もいないところで会いたいと思う。くっつきたいし、触れたいし、もっと一緒にいたい。僕に対してそんな気持ちありますか?」
ずいぶん言葉を選んで話したつもりだったが、子供の柔らかい心には突き刺さってしまったかなと反省しつつ、サキは王子様の様子を伺った。
「……サキ殿は本当は7歳ではないのですか?何だかすごく年上の遠い人に感じます」
「僕は落ち人様の国から生まれ変わりで来まして、記憶が残っているんです」
王子様の肩に手を添えて、顔を近づける。耳元でこそっと告げて内緒ですよ、と唇に指を当てる。内緒話をするときに王子様がビクッとしたから唇がほんの少し耳に触れたのは、マティアスには見えていないだろう。王子様の真っ赤な顔をかわいい、と思いながら父親を振り返ったら、マティアスは険しい顔をしていた。
「近すぎる」
「も、もうしわ……「はーい、ごめんなさい」」
マティアスの家族愛はわかった、サキはそういえばと思いつきキーラの籠を見た。王子様の心が成長するのは時間が掛かりそうだから、ちょうど良いのではなかろうか。
「イェルハルド殿下、キーラと婚約してはいかがですか?」
「「は?」」
婚約すれば王子様はここに頻繁に遊びに来られる。こんなに性格の良い人はなかなかいない、しかも美形賢いその上王子様、願ってもないオススメ優良物件である。サキ自身も恋愛や結婚は無理だが、王子様の人柄は大好きだ、これからもぜひお友達でいたい。
にっこり笑って無言でおらおらと追い詰めれば、涙目になった王子様が考えてみますと小さな声で答えた。王子様ほんとかわいい、サキは笑顔でゴールデンレトリーバー、もとい王子様の頭を撫でた。撫で心地はやはり手を離したくなくなるほどの手触りだった。
(そういえばこの手触りも似ている)
サキのなかで完全にゴールデンレトリーバー化した王子様は、その後屋敷に来るたび家族全員に頭を撫でられることとなった。ついにはつかまり立ちを始めた妹のキーラが王子様の頭を撫でた。赤ん坊がいることがさらに居心地を良いものにさせたのだろう、寝るとき以外の自由時間はおそらくほとんど屋敷に遊びに来ている王子様である。
サキが殿下のご友人とはいえ、一般的な屋敷に婚約もしていない王子様がひとりで頻繁に訪れるのはどうか、と護衛兼付き添いが付くことになった。選ばれたのはイェルハルドの友である。奔放貴族の三男坊である彼は、持ち前の対人交流能力を生かしてすっかり屋敷にも家族にも馴染んでいる。
特にカティに気に入られているようで、クラースくんクッキー焼いたわよと厨房に呼ばれ王子様が帰宅するまで、厨房のテーブルでカティとお茶を飲んで楽しそうに話し込んだりしている。
そんな護衛兼付き添いのクラースも今日は皆と同じ部屋で絵本をめくっている。キーラのための子供の絵本は多岐に渡り、サキも前世の飛び出す絵本を妹のために作ったりしているので、大人でも見応えがある。
ラミは留守だがマティアスも休日だからと、お茶を飲みながらサキの描いたお札を確認している。皆同じ空間にいながらもそれぞれが誰彼気兼ねなく好きなことをし、実に居心地の良い空間である。
「いえう」
キーラが突然しゃべった。部屋にいた誰もが全ての動きを止めてキーラを見守った。皆が息をひそめて見守るなか立ち上がって歩いて向かった先は王子様で、キーラは王子様を指さしてもう一度言った。
「いえうー」
キーラが最初に話した言葉は、イェルハルドだった。キーラの一番のお気に入りは金色できれいで優しい王子様だった。
感激して真っ赤な顔で泣いた王子様は、そのままマティアスにキーラとの婚約を申し込んだ。
マティアスはこれには、まだ早いと言わなかった。
そんな話をサキにするために、いやおそらくはサキの顔を見るためであろうが、屋敷には王子様がやってきている。ちなみにサキは今キーラの籠を乳母のカティに任されて、ゆらゆらと揺らしているところである。籠を覗き込んで優しい顔で笑う王子様は、実に好人物に見える。
(ほんとに良い人なんだよなあ)
王子様良い人、それがサキの率直な感想だ。サキのことを好きな理由が運命というのにはちょっと納得がいかないが、怖い目にあったのに頑張って前を向いて生きようとしているところも好きだと言われた。そんな人間はいくらでもいるのではないか、と思うのだがまだ何か別の理由があるのかもしれない。すぐにどうこう、という話でもないのならお友達として始めてみませんかとサキが提案すれば、嬉しそうに微笑んだ。
(綺麗な人だしなあ)
サキが鏡で見る自分の顔より、ずっと美しいと思うのだが。それを伝えれば本当の美しさは見た目ではありません、と硬い表情で話を始めた。
絵本で読んだ憧れの落ち人様に出会った話、落ち人様のおかげで王様と家族として一緒に暮らせるようになった話、剣が苦手な落ち人様のために騎士になってみんなを守ろうと努力してきた話、落ち人様が叔父上の伴侶であった話。
そしてサキを気にしながらも語ってくれたのが、半年ほど前に同級生で友人だと思っていた人間に襲われた話。
ポツポツと語られる王子様の話に、サキはなるほどそういうことかとひとり頷いた。
サキは前世で大人の記憶がある、サキが前世の記憶に引きずられて家族に対してどこか一線引いていたときには、やはり家族もサキとは馴染まなかった。今は前世の記憶は便利な図書館くらいの気持ちでいるから、サキとして生活を楽しみ家族に甘えることも覚えた。要するに家族に甘やかされて幸せ、これである。
おそらく王子様は、親の愛を受けて育つべきときに子供らしく甘えられず、我慢をしていたのだろう。
王弟フロイライン様の話は落ち人様との結婚までが本にまでなっているから、知っている。当時まだ王子様だった王様も弟をずっと探していたというし、フロイライン様が結婚されてから王様も結婚をされた話も有名である。王子様は6歳から6年間の間学園にいるのだから、家族で過ごした時間など本当にわずかなものだろう。
寂しいときに現れて、みんなを救ってくれた落ち人様に憧れて、その人が誰よりも優しく自分を甘やかしてくれれば好きにもなるだろう。幼い心に強烈な印象を残すであろうし、すぐに離れて暮らせば会いたいと募る気持ちを拗らせもする。
擦り込みを愛と錯覚し、思いを消化できぬまま『幻術』で利用されて友達と思っていたやつに犯されかけて。ようやく夢から覚めた、と思ったら目の前に突然現れたサキ。
同じように犯されかけて心の傷を追いつつも、前を向いて生きようとしている年下の少年、これがまた黒髪黒目である。
(うん、何かわかってきた)
つまるところ、王子様は美しい華やかな見た目とは反対に、生真面目で努力家で才能に溢れ、その上すごく我慢強い良い子なのだ。彼に必要なのは結婚相手ではなく、彼自身を存分に甘やかしてくれる人である。
サキは現在家族に愛され甘やかされ、サキ自身も家族愛に溢れている。もちろん彼はそんなことには気づかずに、それを無意識に欲して我知らず擦り寄ってきているだけの話なのだ。そのままの自分を愛してほしいと。
「イェルハルド殿下、かわいいなあ」
サキはキーラの眠る籠から手を離して立ち上がり、王子様の腰掛ける椅子へと近づき、いつもは高い位置にあるはずの王子様の頭を撫でた。緩くまとめた薄い金髪は見た目よりも柔らかくふわっふわで、空に浮かぶ雲に触れたらこんな感じだろうかという手触りである。撫でられている本人は驚いて青い瞳を真ん丸にして、サキにされるがままである。
「か、かわいいのは私ではなくサキ殿でしょう」
「あれ、声に出てましたか、失礼」
それでもサキは王子様の頭を撫でることを止めず、その極上の手触りを楽しんでいる。王子様も止めようとはしないのだから、いいのだろう。
(その上全然スレていなくて初心とか、ほんとかわいすぎだろう)
「……サキ殿、何かおかしなことを考えてはいませんか」
「あ、わかりますか、すみません」
もうサキはイェルハルドに対して王家への特別な敬語なぞ使うのは止めた、友達になったのだから多少言葉が崩れても構わないだろうという勝手な判断である。もちろんイェルハルドはそんなことでは怒らない。
「できた人だよな、まだ12歳なのに」
「…………サキ殿、先ほどからわざとですか」
「あ、また声に出てましたか、失礼」
「サキ殿とて7歳でしょう」
サキはすっかりイェルハルドのことがかわいくなってしまっていた。犬のように真っ直ぐ自分を慕ってくれているのだから、かわいくないわけがない。裏表のない正直な性格はなるほど王様には向いていないな、と先日の王様の話を思い出して笑う。
さすがにそろそろ撫でるのも止めようかと思うのだが、あまりに触り心地が良くてなかなか手を離せない。そこへマティアスがやってきた。
「何をしている……」
「え、あ、いや私は……」
「イェルハルド殿下の撫で心地は最高です。父さんもぜひ」
手を離してマティアスに進めてみる、仏頂面のマティアスがまさか王子様の髪を撫でるとは誰も思うまい。
「え、えぇ?」
「うむ、良いな」
触った。しかも思いのほか触り心地が良かったので気に入ったのであろう、その後は無言で頭を撫でている。人の好い王子様はここでも困った顔でされるがままである、美しい顔で困って眉を下げてもいっそうかわいらしいだけなので、もちろんサキもマティアスを止めはしない。
「あー楽しそうなことしてるぅ」
ちょうど現れたラミがマティアスに代わり、王子様の頭に手を置きぽんぽんとする。そのまま撫でられれば王子様は幸せそうに微笑んだ。
「頭をこんなに撫でられたのは初めてのことですが、良いものですね」
「また撫でてあげる、いつでも来て?」
ラミが笑って王子様も微笑んだ。マティアスが無言でラミの手を取り、あまりくっつくなと王子様に文句を言う。さすがにそれはかわいそうだろう、とサキがとりなそうとすれば。
「申し訳ありません」
(不憫すぎる)
王子様が真っ赤な顔でマティアスとラミに謝っていた、初心で真面目なのである。サキは話を変えるために王子様に話しかけた。
「イェルハルド殿下、この屋敷の居心地はいかがですか?」
「とても居心地がいいです、サキ殿と結婚すれば私はずっとここに……」
「ふぅん、ここに住むの」
「まだ早い」
結婚か、それはないなとサキは考えながら言葉を選ぶ。サキの前世はノーマルだったし正直この美しい人と恋愛感情を持つに至るか、と聞かれればないな、と答えるしかない。恋愛感情ではないが、家族の愛のようなものは感じている。なぜかはわからない、勘のようなものがそう告げているのだ。
「イェルハルド殿下、ご存じとは思いますが僕は半分の血が魔族の夢魔です。その血がイェルハルド殿下は伴侶ではないと告げています。正直に申し上げてイェルハルド殿下に対して恋愛感情はありません」
王子様がショックを受けた顔をする。前世の実家にいた犬を思い出す、ボール遊びはお終いって言われたときの顔がこんな感じだった。
「ただイェルハルド殿下には親愛というか、家族への愛情に近いものは感じています」
(ゴールデンレトリーバー……似ている)
「それでも構いません。あなたの家族に私はなりたいのです」
「身を焦がして手に入れたいと思うほど僕を愛しているのではない、でしょう?あなたが欲しいのは、あなた自身をただ甘やかし愛してくれる存在だ」
ラミがマティアスの顔を見て首を傾げている、マティアスは小さく首を振るとキーラの籠を持ち、ラミの手を引いて空いている長椅子に腰掛けさせた。ラミは籠を揺らして微笑んでいる。サキは両親の様子を見てから王子様に視線を戻し話を続けた。
「あなたはずいぶん頑張ってきて、だけど甘えられるときに甘えられなかったから、本当はまだ心が子供なんです。だから家族愛に満ちている僕の家族に惹かれている」
「……そんなことは……」
「この屋敷は居心地がいいって言ったでしょう。僕のことだけが好きならば家族なんて邪魔なはずなんです。何しろこの父は婚約を許さないって言っているくらいなんですからね」
「あ……」
「好きで好きで手に入れたくて堪らなければ、少しでもいいから誰もいないところで会いたいと思う。くっつきたいし、触れたいし、もっと一緒にいたい。僕に対してそんな気持ちありますか?」
ずいぶん言葉を選んで話したつもりだったが、子供の柔らかい心には突き刺さってしまったかなと反省しつつ、サキは王子様の様子を伺った。
「……サキ殿は本当は7歳ではないのですか?何だかすごく年上の遠い人に感じます」
「僕は落ち人様の国から生まれ変わりで来まして、記憶が残っているんです」
王子様の肩に手を添えて、顔を近づける。耳元でこそっと告げて内緒ですよ、と唇に指を当てる。内緒話をするときに王子様がビクッとしたから唇がほんの少し耳に触れたのは、マティアスには見えていないだろう。王子様の真っ赤な顔をかわいい、と思いながら父親を振り返ったら、マティアスは険しい顔をしていた。
「近すぎる」
「も、もうしわ……「はーい、ごめんなさい」」
マティアスの家族愛はわかった、サキはそういえばと思いつきキーラの籠を見た。王子様の心が成長するのは時間が掛かりそうだから、ちょうど良いのではなかろうか。
「イェルハルド殿下、キーラと婚約してはいかがですか?」
「「は?」」
婚約すれば王子様はここに頻繁に遊びに来られる。こんなに性格の良い人はなかなかいない、しかも美形賢いその上王子様、願ってもないオススメ優良物件である。サキ自身も恋愛や結婚は無理だが、王子様の人柄は大好きだ、これからもぜひお友達でいたい。
にっこり笑って無言でおらおらと追い詰めれば、涙目になった王子様が考えてみますと小さな声で答えた。王子様ほんとかわいい、サキは笑顔でゴールデンレトリーバー、もとい王子様の頭を撫でた。撫で心地はやはり手を離したくなくなるほどの手触りだった。
(そういえばこの手触りも似ている)
サキのなかで完全にゴールデンレトリーバー化した王子様は、その後屋敷に来るたび家族全員に頭を撫でられることとなった。ついにはつかまり立ちを始めた妹のキーラが王子様の頭を撫でた。赤ん坊がいることがさらに居心地を良いものにさせたのだろう、寝るとき以外の自由時間はおそらくほとんど屋敷に遊びに来ている王子様である。
サキが殿下のご友人とはいえ、一般的な屋敷に婚約もしていない王子様がひとりで頻繁に訪れるのはどうか、と護衛兼付き添いが付くことになった。選ばれたのはイェルハルドの友である。奔放貴族の三男坊である彼は、持ち前の対人交流能力を生かしてすっかり屋敷にも家族にも馴染んでいる。
特にカティに気に入られているようで、クラースくんクッキー焼いたわよと厨房に呼ばれ王子様が帰宅するまで、厨房のテーブルでカティとお茶を飲んで楽しそうに話し込んだりしている。
そんな護衛兼付き添いのクラースも今日は皆と同じ部屋で絵本をめくっている。キーラのための子供の絵本は多岐に渡り、サキも前世の飛び出す絵本を妹のために作ったりしているので、大人でも見応えがある。
ラミは留守だがマティアスも休日だからと、お茶を飲みながらサキの描いたお札を確認している。皆同じ空間にいながらもそれぞれが誰彼気兼ねなく好きなことをし、実に居心地の良い空間である。
「いえう」
キーラが突然しゃべった。部屋にいた誰もが全ての動きを止めてキーラを見守った。皆が息をひそめて見守るなか立ち上がって歩いて向かった先は王子様で、キーラは王子様を指さしてもう一度言った。
「いえうー」
キーラが最初に話した言葉は、イェルハルドだった。キーラの一番のお気に入りは金色できれいで優しい王子様だった。
感激して真っ赤な顔で泣いた王子様は、そのままマティアスにキーラとの婚約を申し込んだ。
マティアスはこれには、まだ早いと言わなかった。
40
あなたにおすすめの小説
性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000の勇者が攻めてきた!
モト
BL
異世界転生したら弱い悪魔になっていました。でも、異世界転生あるあるのスキル表を見る事が出来た俺は、自分にはとんでもない天性資質が備わっている事を知る。
その天性資質を使って、エルフちゃんと結婚したい。その為に旅に出て、強い魔物を退治していくうちに何故か魔王になってしまった。
魔王城で仕方なく引きこもり生活を送っていると、ある日勇者が攻めてきた。
その勇者のスキルは……え!? 性技Lv.99、努力Lv.10000、執着Lv.10000、愛情Max~~!?!?!?!?!?!
ムーンライトノベルズにも投稿しておりすがアルファ版のほうが長編になります。
悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――
ロ
BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」
と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。
「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。
※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)
転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜
隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。
目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。
同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります!
俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ!
重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ)
注意:
残酷な描写あり
表紙は力不足な自作イラスト
誤字脱字が多いです!
お気に入り・感想ありがとうございます。
皆さんありがとうございました!
BLランキング1位(2021/8/1 20:02)
HOTランキング15位(2021/8/1 20:02)
他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00)
ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。
いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!
寄るな。触るな。近付くな。
きっせつ
BL
ある日、ハースト伯爵家の次男、であるシュネーは前世の記憶を取り戻した。
頭を打って?
病気で生死を彷徨って?
いいえ、でもそれはある意味衝撃な出来事。人の情事を目撃して、衝撃のあまり思い出したのだ。しかも、男と男の情事で…。
見たくもないものを見せられて。その上、シュネーだった筈の今世の自身は情事を見た衝撃で何処かへ行ってしまったのだ。
シュネーは何処かに行ってしまった今世の自身の代わりにシュネーを変態から守りつつ、貴族や騎士がいるフェルメルン王国で生きていく。
しかし問題は山積みで、情事を目撃した事でエリアスという侯爵家嫡男にも目を付けられてしまう。シュネーは今世の自身が帰ってくるまで自身を守りきれるのか。
ーーーーーーーーーーー
初めての投稿です。
結構ノリに任せて書いているのでかなり読み辛いし、分かり辛いかもしれませんがよろしくお願いします。主人公がボーイズでラブするのはかなり先になる予定です。
※ストックが切れ次第緩やかに投稿していきます。
【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる
奏音 美都
BL
<あらすじ>
エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。
そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……
俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け
番だと言われて囲われました。
桜
BL
戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。
死を覚悟したその時、光に包み込まれ機体ごと何かに引き寄せられて、異世界に。
そこは魔力持ちも世界であり、私を番いと呼ぶ物に囲われた。
転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった
angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。
『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。
生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。
「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め
現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。
完結しました。
無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました
芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる