嘘はいっていない

コーヤダーイ

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9王子

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 私は幼きころよりずっと恋をしていた。
 
 彼だけが至高の存在だと、彼自身が幸せであり同じ空の下に生きられれば本望、あまりに近くで、そしてあまりに長く慕いすぎたせいで、もはやそれは信仰や崇拝に近い感情であった。

 彼は私にとってこう有りたいと願う憧れそのものだったが、彼が私に成り得ることはないし、逆に私が彼に成り得ることもありえない。もしかしたら絶対に己のものにならないが故の執着心だったのかもしれない。
 
 崇拝と言いながらも私は自分の中の彼に激しく欲情し、夜学園の自室で横になったとき度々私自身の醜い欲望の塊を彼にぶつけ、想像あるいは夢のなかで彼を組み敷き思う存分彼の味を堪能し白濁にまみれさせ、その濁った思いを昇華させていた。

 現実には幼きころに手を繋ぎ頬に口づけを強請るのが精一杯であったが、精通を迎え書物や奔放な年上の友人たちのあけすけな物言いに、私のなかに閨の知識が溜まっていった。

 彼のことを本当に組み敷き、己の欲望を夢のように貫通させたいと思っていたわけではない。溺愛され、彼自身が心から愛する伴侶がいて幸せそうに笑っているのに、そんなことをする勇気は私にはない。何より彼の幸せを心から願っているのが私自身なのだ。

 ならばこの心の矛盾は何であろうか。一方で幸せを願い一方で滅茶苦茶にして自分の手で啼かせてみたいと願うこの暗い、消えぬ欲望の炎は。



 ある日授業で『幻術』の魔法構築を行った。私はもちろん『幻術』の魔法構築もそつなくこなし、上手くいかなかったからあとで教えて欲しいと友人に頼まれたので、二つ返事で了承した。
 その夜寮にて私の自室を訪ねてきた年齢は3つ程上だが同級の友人が、授業後しばらく練習してみたので大分できるようになってきたため、イェルハルドに『幻術』を試してみてもよいだろうか、と聞いてきた。

 構わないと了承すれば友人は、ではと目を閉じて『幻術』の魔法構築を始めた。相手に魔法を掛けるには魔力差がものを言うから、友人の魔法は私には効かないはずであった。
 おそらく私の部屋に来るまでに魔力を長時間練ってあったのであろう、友人は私に『幻術』を掛けるために周到に準備をし、本気を出してきた。彼は魔法構築の補助のために魔石までいくつも用意してきていたのだ。





 瞬間、ぐらりと世界が揺れた気がした。今まで別の場所に居た気がしたが、ずっとここにいたような気もする。家族と住む見慣れた自室のベッドだ。

「イェルハルド」

 名前を呼ばれて目を開ける、愛しい人が目の前にいた。

「イェルハルド」

 黒い髪を揺らしてベッドに乗り上げたひろきが、黒い瞳で私を見ている。伸ばした手の固い指先が頬に触れた。頬から顎へ、顎から唇をたどって、指先が力の抜けた私の下唇を押さえて、また顎を辿った。
 そっと眉をなぞられ、眼のふちをなぞられ、頬を剣だこのある手の平で包まれそのまま首へと、肩へと撫でられる。
 着ていた上衣のボタンをひとつ外してひろきの指先が鎖骨をつまんで撫でた。くぼみに指を這わせて何度も撫でられる。指が首筋を辿り顎を摘まむ。軽く引っ張られれば閉じていた唇が開いた。

 開いた唇にひろきの唇が覆うように重なり、無防備だった口腔内を蹂躙される。力強く太い舌が私の舌に張り付き喉奥まで入ってきて犯される。人間の舌とは思えない太いものが口のなかいっぱいに入り、奥へ奥へと繰り返し注挿され、自分のものではない唾液に溺れそうになる。

「……っカッ……ゲホッ……ハッ」

 苦しいキスを続けられながら、上衣のボタンがまた外されていった。ようやく唇が離れ息をつけば胸を舐められている。乳首がつままれても痛いだけだが、太い舌で何度も舐められた場所は右に左に位置を変えられ、そのたびに唾液が冷えてひんやりとする。熱く舐め擦られ次いで濡れた場所が冷たくなる。
 
 何やら腰の辺りがもぞもぞしだすと、太い舌が腹までを一気に舐めて通っていった。へそまで一気に舐められて、へそに太い舌が入り込めば背筋をぞくりと快感が走り抜けた。
 快感に背がしなる。浮き上がった腰を大きな手に捉えられて、ズボンの布地の上から分かる張り詰めた竿をやんわりと噛まれた。布地を挟んでいても歯を立てられているのがわかり本能でぞっとする。

「っあ……やめ…」

 捉えられた腰は逃げられず、片手で前の張り詰めたズボンのボタンは開けられなかったのだろう、ブチブチィッと糸が引き千切れる音がすると、張った股間が楽になった。剣だこのある手の平に腿を撫でさすられながら、外気に触れた竿を舐め咥えられた。

「……んっ…んぅっ」

 暖かいひろきの口の中で奉仕を受ける己自身を目にしたくて、開かない目を開ける。ひろきの黒髪が上下に動いてこの快感を生み出しているのだと思えば瞬間的に竿は破裂した。
 竿に残る白濁をも啜るひろきの黒髪に手をやろうとして、その手を剣だこのある大きな手がつかまえる。その固い指先が私の腕を撫で浮いた血管をなぞり、また舌を這わせる。
 突然、腹に軽いなにかがぱたぱたと乗せられた、瞬間温かかったがそれはすぐに冷えて私の身体を冷やすと、滑り落ちていった。



 私はひろきを思い浮かべる。黒髪が流れるとたまに耳が覗く。顔も鼻も小さい。歯を見せてよく笑う。
 ひろき。この間久しぶりに帰ったときには、もう合わせた手は私の方が大きかった。
 ひろき、ひろき。誰よりも伴侶であるフロイライン叔父上を愛している人。
 ひろき、ひろきひろき!絶対に手の届かない人。



 身体中に鳥肌が立つ。しっかりと目を開けて息を吸えば、視界がはっきりとした。
 
 私は自分に覆いかぶさる男を見た、ひろきではない、先ほどまでは友人だと思っていた男を。





 タイミングが良いのか悪いのか、私が背中を預けてもいいと思っている友が来訪した。
 とっさに口をふさごうとした男を殴り飛ばし、その物音に扉を開けた友の驚く顔を私は生涯忘れないだろう。 

 肌が白いため血色がよくなると私の肌は全体が桃色に色を変えてしまう。舐められた部分はひりひり痛むし、どうやら赤く腫れてしまっている。きつく押さえこまれ掴まれていたのだろう腰やら腿は、くっきりと赤い手形がついていた。
 着衣ははだけているしズボンは破られた、精を吐き出してしまった竿は力なく垂れているが、濡れてやはり赤に近い色に染まってしまっている。腹も腿も何かの液で汚れているし、何が起こったのかは一目瞭然であろう。

「私は無事だ」

 友が暴走せぬよう、私は宣言した。男同士で身体を繋げるときには尻に挿入することは、知識として知っている。私は入れてもいないし、入れられてもいないから無事であるといえるはずだ。

「そんななりで何が無事だ馬鹿者」

 友は勝手知ったる動きで私の部屋の衣装棚の上段から、季節外でしまってあった毛布を取り出すと私をぐるぐるに巻いた。不義を働いた男の一生はお終いであろう、本人も理解しているのか、私に殴り飛ばされたまま床に座り込み、こげ茶色の髪をうなだれて、大人しくしている。
 
 伝魔通信の魔導具で寮監へと助けを呼び、殿下の件、とだけ伝えて内密に動くよう指示をする。やがて急ぎやって来た寮監は一目で全てを察すると、素早く共に来た者たちに指示を出して動いた。私の部屋には男が使用したと思われる様々な色の砕けた魔石のクズが散らばっていた。私を術に掛け続けるために、どれだけの魔石を利用したのであろう。
 
 このような犯罪を起こすために学園で学んでいるわけではなかっただろうに、と私が呟けば友が横目でそれだけ重症だったんだろと返した。男が静かに連行されると、友が衣装棚から私の服を取り出し歩けるか?と聞いてきた。

「大丈夫だ」 

 頷けば友は私の服を手にさっさと踵をきびす返す。毛布でぐるぐる巻かれすぎたせいで、立ち上がる時によろめいた。瞬間的に振り向いた友が手を伸ばし支えようとするのに、びくりと身体がすくんだ。友は無言で手を引いたが私は急に足が震えて、膝から頽れくずおてしまった。

「イェルハルド、部屋を出るために触るぞ」

 触る前に宣言してから友は私に触れた。いくぶん乱暴に身体を持ち上げ、背中と膝の裏を両腕で支えて抱えられる。毛布にぐるぐる巻かれて動けないのだから仕方ないが、不本意である。

「怒るな、今だけだ」

 私も年齢にしては身体が大きい方だが、2歳年上の友は同じほどの背丈でも体格が違った。抱えられて初めて知るが腕も胸周りもずいぶんがっしりした身体付きなのが分かる。鍛えてはいるものの自分の腹の薄さは知っているから、もう少し鍛錬を増やしてもいいのかもしれない。

「……何を考えている」
「ん?……お前はずいぶん鍛えていて羨ましいな、と」
「………」

 私を抱えながら危なげなく足を運ぶ友は、心配すれば……かと悪態をついたが、あいにく腕の中で振動を感じている私に全ては聞き取れなかった。

(心配すれば無自覚か)
「心配をかけてすまない」
「気にするな」

 迷惑をかけたことを詫びればそっけなく逸らされる。辿り着いた友の部屋で浴室を借り着替えた私は、一人になったら寝られなくなるかもしれんから、眠いなら横になれと寝かしつけられ、ほどなく眠ってしまった。だから私は血が滲むまで拳を握りしめた友の暗い瞳に気づくことはなかった。

 幼きころから王家の教育を受けていたせいか、あるいは傍で支えてくれた友のおかげか、私は性的暴行を受けた者としては珍しく後遺症も発症せず、つまりはいつもの通り生活を送っていた。
 
 ただ一つ変わったことは、ひろきへの思いが一切消えたことである。親愛の情はある、だがあれ以降ひろきを思って欲情することはなくなった。それを友に語れば横目で、やはり無自覚かと返された。
 



 
 私に光がやってきたのは、半年ほど経ってからだ。父と共にマティアス卿の屋敷を訪れ、そこで運命に出会った。寝ても覚めてもサキ殿のことを考えてしまう、お声も可愛かった、お顔も可愛かった。そして何より辛いことがあっても前向きに生きようとしている姿に心打たれた。
 
 学園をご辞退されると伺ったので学園内でお会いすることはないが、あの愛らしさを人目に晒さずに済んで逆に良かったのやもしれない。そう、あのように愛らしいお姿でこの学園の廊下など歩けば、輩にやから攫われてしまうであろう。

「!?……サキ殿?」
「どうしたイェルハルド」

 外練習場で体術と剣術の授業が終わり、早めに実習室へ移動しようと友と廊下を歩いていた私は、学園を訪れていたサキ殿を見掛けた。

「私が見間違えるはずはない、あれはサキ殿だ」
「おー、あれが噂の高位魔法師マティアス卿のご子息か。あの美貌将来が楽しみだな」
「………」

 危ない、どうしたら良いのだ。信頼する友にまでこうも言わせしむとは流石サキ殿。いや危ない、あの美貌でこのような危険な場所を歩いてはいけない。ああ、隣にいるその教師は美しい生徒を愛でるのが趣味の好色家です、サキ殿がそのように笑いかけてはなりません。私は一体どうしたら……!

「イェルハルド、全部声に出ているからね」

 いつでも冷静な友が横目で私をたしなめた。そんな友には構わずサキ殿の後を追う、実習室で授業など受けている場合ではない。大げさなため息をつきながらも友はついて来てくれるらしい、サキ殿に何かあれば大変だから傍にいてくれるのはありがたい。

 サキ殿は低学年から順に教室を周って見学をしているらしく、案内役の教師から言葉をかけられ、たまに頷いて笑顔を見せている。私は少し離れた場所からサキ殿を見守り、おかしな輩が近づかぬよう牽制した。
 
 高学年の実習室でサキ殿が中に入っていったので、私たちも廊下の窓からサキ殿を見守る。魔力制御の至らぬ愚か者が構築中の魔力を暴発させ、サキ殿がそれを結界で止めた。私の利き手と同じ場所にサキ殿と揃いの手袋があった。

「今のって結界?結界飛ばすって……」

 友への説明は後にして、何事もなかったように教室を出てくるサキ殿に身を固くし、瞬間的に身を屈めていた。友が言うにはこちらをチラリと見ていたそうだが、気づけば多くの生徒たちがサキ殿を一目見るために廊下に集まっていたので、大丈夫であろう。 

 その後は何事もなく学園口までサキ殿は無事に辿り着いた。教師を見上げて笑顔で何か告げているサキ殿、教師が膝をつき正式な騎士の礼でサキ殿に挨拶をしている。サキ殿は騎士の礼などご存じなのだろうか、意味するところは「あなたを敬愛いたします」である。
 
 私はやきもきしながら壁の向こうを覗き見て、友は横で欠伸を噛み殺している。伝魔通信の魔導具を使い、間もなくその場からサキ殿が消えて始めてホッと息をついた。今日はいやに疲れる日であった。

「あれがイェルハルドの意中の君かあ、まだ7歳だっけ?」
「うむ、サキ殿というのだ」
「年齢の割にずいぶん艶のある美人だったね」
「……っまさか!!」
「ないよ、ないない。俺の好みじゃないから安心して」

 苦笑して否定をする友を怪しみつつもあれだけ愛らしいのだ、いつどこから横槍が入るやもしれぬと気が気ではなくなる。どんな手を使ってでもいい、私の運命は自分で掴み取らねばなるまい。しばし考えて頷くと最も効率的に事を進めることにした。

「少し父の元へ行ってくる」
「はいよー、いってらっしゃい」

 すぐに転移した私はその場に残された友の、やっぱり俺じゃダメかねと呟いた言葉を聞くことはなかった。
 




「父上、私はマティアス卿のご子息、サキ殿と結婚したいと考えております。どうか正式に婚約を申込む手続きをお願いいたします」

 その夜私は、父に人生で二度目の頼み事をし頭を下げた。
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