嘘はいっていない

コーヤダーイ

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8祝福

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 翌日、早めに帰宅したマティアスが皆と一緒に夕食を摂りながら、サキを見て何か言いたげな表情をしているの気づいた。夕食の席では話しづらいのかも、と執務室ではなくリビングルームへと移動してお茶を飲みながら、話し出すのをじっと待つ。結局お茶を3杯おかわりしてもマティアスが口を開くことはなかったので、サキは自分から尋ねることにする。

「父さん、僕に何か困った話でもありましたか」

 単刀直入に尋ねれば、マティアスは珍しく怯む様子を見せた。

「後ほどエーヴェルトがやって来るのだが」
「はい、妹の名前の件ですね。楽しみです」
「もう一つ打診されている話がある……くそっ。親になるとこんなに悩むなんて聞いていないぞ」

 サキにとってもマティアスにとっても、悩ましい案件らしい。となると学園だろうか、手袋の結界魔法を見せてしまったし、王子が二人とも通っている学園である。行きたくないから通わない、では高位魔法師としての立場上不味いのかもしれない。どうしたものかとサキも顎に手を当て考え始めた。

「エーヴェルトと共に、イェルハルドも来るのだが、サキお前はイェルハルドのことをどう思う」
「……真面目な方だなと」
「………」

 ひとことで済ませたコメントでは足りなかったらしい。サキは一度しか会っていない第一王子のことを思い出して苦笑した。正直会話もわずかに交わしたばかりで堅苦しい生真面目な王子様、という印象しかない。

「ほとんどお話していないですが、見た目でいえばとてもお綺麗な方でしたね。身体が大きいのに僕と目線を合わせるために膝をついてお話してくださった。いい人そうだなーと思いました」
「そうか」
「そうですね」
「他にはあるか」
「……ほか?」

 一度しか会っていないのだ、他にはもう何も出てこない。サキは首を傾げて思い出そうと努力はしたが、あとは髪の色と瞳の色くらいしか思い出せなかった。

「金髪で瞳が青い?」
「………そうか」
「イェルハルド殿下がどうかなさったんですか」

 マティアス宛に伝魔通信の魔導具が鳴ったのに、舌打ちをしてマティアスが出る。短いやり取りのあと、わかったと一方的に接続を切ったマティアスが魔法を構築すれば、先日と同じ金色の二人が現れた。

「こんばんはマティアス、お邪魔するよサキくん。今日はよろしくね」
「こんばんはマティアス卿、サキ殿」
「こんばんは陛下、殿下。お目にかかれて光栄です」

 マティアスはマイペースに一応椅子からは立ち上がり、皆の挨拶が済むと無言で長椅子に腰掛けた。何やら苛立っている様子である。たぶん殿下の件で話が途中だったためであろう、結局話の内容は見えないままであるから、苛立つ理由もわからない。

「今日はラミさんは留守なのかい」
「あぁ、出かけているらしい。おそらく寝ているから呼び寄せはしないぞ」
「それは美人のお顔が見られず残念だ」

 マティアスの苛立つ様子を見て一層煽るような王様である。紅茶のワゴンと共に妹の籠もやってきて、カティが乳母として傍に控えた。執事により音もなくサーブされたお茶を一口飲んで、王様は妹の名前を告げた。

「キーラ」

 どのような魔法なのか妹の籠の周りをキラキラとたくさんの光が舞った。祝福……と王子様が目を見開いているから、珍しいことなのかもしれない。カティは息を飲んで真っ赤な顔をして口許を抑え、ぶるぶる震えていた。マティアスが一度だけ王様に向かって頭を下げた。

「……いい名だ、感謝する」
「うん。それでマティアス、例の話だけれど」
「待て、エーヴェルト。イェルハルド殿下、少しお時間を頂きたい。部屋を移しても?」
「もちろん私は構いません」

 すぐ戻ると言い置いてマティアスは王子様と一緒に転移してしまった。手持ち無沙汰になったサキがキーラと名前のついた妹の籠に近づき覗き込んでいると、すぐ横に王様がやってきた。やっぱりラミさんそっくりでかわいいねと笑いながら、指の背でキーラの頬を撫でる。乳母のカティに抱いても構わない?と聞いてからキーラを抱き上げると上手にあやしだした。

(父さんより子供の扱いが上手い)
「うちは子供が4人だからね、私だって慣れているんだよ」

 誇らしそうに語るにこやかな姿は、王様というより良き父親だ。

「エーヴェルト陛下、先ほどの名付けのときにキラキラとした光が見えたのですが、あれは何ですか?」
「あれは『祝福』といって、私が扱える数少ない魔法のひとつかな。その名の通り祝福を与える加護のようなものかな。まぁささやかなものだけれどね」
「とてもとても綺麗でした。エーヴェルト陛下、キーラの名前と祝福をありがとう存じます」
「うん、サキくんは素直でほんとにかわいいねぇ。ねえ、ほんとにうちにおいでよ」

 王様はぐっすり眠るキーラをそっと籠に戻し、幸せにおなりと髪を撫でた。優しい手つきにサキも思わずにっこりする。乳母のカティが感謝いたします、と小さな声で告げると頭を下げてキーラの籠を持って出て行った。

「もったいないことです、エーヴェルト陛下。お心遣い痛み入ります」
「本気なんだけどね、サキくん。うちのイェルハルドのところに来てくれない?」
「は?……え、っとそれは従者として、ということでしょうか。僕はまだ7歳なのでお役に立てるかどうかは……」
「あっはっはっはっ、君ほんとにかわいいねぇ。うんうん、面白くて気に入っちゃった」

 まさか王様に歯を見せてまで爆笑されるとは思わず、サキは驚き固まっていた。今の発言の一体どこが面白かったのか、まったくわからないところが恐ろしいが、王様は大変機嫌よく笑っている。
 と急に王様がサキに向き直り、真顔に戻った。

「イェルハルドがサキくんと婚約したい、と言っている」
「………!!」
「おそらくマティアスとイェルハルドも、今頃同じ話をしているだろう」
「で、でも殿下は王位継承権がおありになります」

 現王の第一王子である、将来は正妃を迎えて王位継承をすべき血筋を引き継がねばならない立場なのだ。

「それなんだけどね、イェルハルドは真面目すぎて堅物だから、王様に向いてないのよ。家族の話になるのだけれど、王位継承権は王家特有の魔法との相性もあるから、うちの次女が継ぐことがもう決まっていてね」

 だから優秀な婿をとる予定だ、と王様が晴れやかに笑った。そんな内々のお家事情を聞いてしまってよかったのだろうか。

「僕は魔族の血が半分入っていますので、成長してどうなるかわかりません」
「うん、知っている。混血って面白いし、すごい美人になりそうで楽しみだね」
「……実は父にも話していませんが、前世の記憶があります……」
「うん、知っている。あ、それマティアスも気がついているからね」
「えっ……」

 勝手に話しちゃったなぁ、マティアスに怒られると笑いながら王様は種明かしをしてくれた。

「お札を見せてもらったんだ。それを弟の伴侶に見せたらカンジだって叫んでいた」

 現王の弟が選んだ伴侶が落ち人様なのは有名な話である。そして確かどこかでお名前を聞いた覚えがある。

「ひろき様は、ニホンジンなのですか」
「そうだよ、ニホンジン。カンジを懐かしいって笑っていたよ、タッピツって言っていたけど何のこと?ひろきも喜ぶから今度うちへもぜひ遊びにおいで」

 うちは父も弟も、家族みんな一緒に暮らしているんだよ、と朗らかに王様が笑っている。朝ご飯は必ず全員で一緒に食べるようにしているんだ、面白いでしょうと笑っている。

「うちの息子とのことはまぁ置いておいて、ひろきに会いに来てやってくれないかな」
「はい、僕もお会いしてみたいです」

 ひろき様は落ち人様だ、同じ日本人同士なら一度会って話してみたかった。

「うちの息子は君のことが好きで堪らなくなっちゃったみたいだから、これからは鬱陶しいと思うけれど、頑張って。私は一応勧めたけれど結婚するなら本人の、サキくんの心が一番大事だと思っているから」
「あの、なぜ僕なのでしょうか?お会いしたのは一度だけですし、理由がわからなくて」
「なんだろうねぇ、できれば本人に聞いてやってくれないかな?良くも悪くも純粋で一途な子だから」

 視線をサキの後ろに流したので振り返れば、マティアスと王子様が戻ってきていた。王子様は何かを堪えているのか唇を強く噛みしめているので、唇の色が白くなっている。

(父さん何を話したのかな)
「サキ、イェルハルド殿下に『魅了』を掛けろ」
「ええっ?」

 僕の『魅了』にはこの間ラミ母さんが掛かって大変だったのに、どうしたというんだろうか。

「お前の生い立ちを話したが、それでも殿下はサキとの結婚を望んでいる。成長してどちらの血が濃くでるかわからないサキの将来を、任せられる男かどうか確かめるだけだ」
「で、でも『魅了』は魔力量に差があれば掛かってしまいます」
「気を強く保てば掛からない、大体7歳の子供の『魅了』に簡単に掛かるような男に大事な子供の将来を預けるつもりなどない」

 大事な子供の将来、マティアスのことばにサキは身体が火照る、そうだ僕も本気でいこう!

「イェルハルド殿下、いきます!」
「は、はいっ!」

 サキは椅子から立ち上がって腰掛ける王子様の元へ行き、顔をぐっと近づけると全力で『魅了』を掛けようとした。王子様は見えているところを全て真っ赤に染めて、白目をむいて気絶した。

「あっはっはっはっ。どんだけ好きなわけ、ほんとにイェルハルドは面白いな。ごめんよサキくん、また出直させてくれる」

 お腹を押さえて笑いをこらえようとする王様に、鼻を鳴らすマティアス。結局王様は笑いが治まらず、気絶したままの王子様と共に、ひーひーと涙を流しながらマティアスの転移魔法で帰っていった。

「話にならんな」
「はい……」
「アレも本気ならばまた来るだろう、お前の魔法に負けない程度まで鍛えねば、任せることなどできんからな」
「はいっ……」

 つまりはサキに好意を持つ王子様を、見込みがあるので鍛えてくれると言っているわけだ。だが今はまだ王子様からの好意よりも、父親に大事な子供として守られていたいと願うサキであった。 
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