嘘はいっていない

コーヤダーイ

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11婚約

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 薄桃色の樹花が咲き誇る季節に、魔法大国ヴァスコーネスの第一王子が正式に婚約を発表した。第一王子婚約の話に学園生はもちろん城下街もため息で揺れた。第一王子イェルハルドといえば、王弟フロイラインと瓜二つの美貌として知られており、貴族の多くは先日デビューを果たした社交界でのひと際華やかな第一王子の存在感に、すぐにでも実子をと差し出す者もいたようである。成人前の13歳であるが背も高く少し大人びた容姿のため、第一王子より年上のお相手でもあるいは、と画策している者までいた。

 第一王子イェルハルド社交界デビューの絵姿は、月間王家新聞号外としていつものように各所へと無料で配布された。その絵姿はそれまで目にしたこともないほど鮮明で、当日の装いを見事に再現した立ち姿、デビュタントの社交ダンスを踊る様子を描いた2枚が刷られており、第一王子のお顔立ちまではっきりわかるほど描き込まれていた。月間王家新聞号外は絵姿を求める貴族、庶民に瞬く間に配布が終了し、本来は号外であったものの価格を定めて改めて販売する、という異例の事態を巻き起こしたのだった。
 さぞかし有名な絵師に描かせたのではと世間を騒がせたが、肝心の絵師の名はさっぱり挙がってはこなかった。さもありなん、サキとマティアスの造った魔導具である。

 親バカ妹バカが二人して本気で取り組んだ「カメラ」という。一台あたりにかかる費用があまりに高いため量生産は今後も非常に難しいのだが、「カメラ」は実は3台造られている。1台はマティアスの私物、2台は王家に進呈したのだが、内1台は王弟フロイラインが喜々として首から下げ片時も手離さないらしい。何でも王弟フロイラインの伴侶ひろきを撮るのに夢中で、本人曰く「カメラ」から手を離してよい瞬間などありえないとのことだ。
 
 王弟フロイラインは王家専属「カメラ」現像室を通すことなく自らの手で紙に念写をしており、伴侶ひろきの絵姿は革表紙で分厚く綴じられた見応えのある「ひろき絵姿集」へと進化を遂げている。現在「ひろき絵姿集そのニ」が王弟フロイラインによって編纂中とのことである。自慢気に家族に閲覧させようとした王弟フロイラインを赤い顔で引き留めたひろきを見て、再び首の「カメラ」を構えるその姿に「ひろき絵姿集その三」の革表紙の手配を素早く進める執事と侍女達であった。

 そのような話を聞いても誰一人それを不思議としない、なぜならマティアスとサキ、それに第一王子のイェルハルドまでもが日々成長を遂げるキーラを記録に残そうと必死だったからである。

「キーラは刻一刻ときらめきを増していくのに「カメラ」を手放すことなど考えられません」

 とは第一王子イェルハルドの発言で、自宅で皆と朝食を摂りながら父王に熱く語っているのである。ふーんと興味がなさそうに相槌を打つ父王エーヴェルトだが、その反対側の席では王弟フロイラインが「カメラ」をひろきに向け、食事中はダメと叱られている。
 そんな王家の一族の朝の風景を、王家専属「カメラ」現像室の室長が自ら「カメラ」を構えて切り取っていた。もちろん月間王家新聞に掲載するためである。ちなみに現像室とは「カメラ」で撮った映像を紙に魔導具で念写するために新設された部署である。
 どのような貴族が探りを入れても決して表には出てこない謎の絵師こと「カメラ」は、結局撮影に夢中な大人たちが絶対に首から離さないがゆえに、方々で話題に上るはずもなかったのである。



 さて、見目麗しく学園を飛び級で卒業するほどの優秀さを併せ持った第一王子の婚約者とは、一体どんなお相手であろうか。さぞかし高名な家柄の高貴な方に違いないと人々は噂した、あの美しさに並び立ち遜色ない美姫であるに違いないと。
 
 結局お披露目会は婚約者側の都合で執り行われず、人々が渦中のお相手を目にしたのは月間王家新聞での記事と絵姿によってだった。それによると第一王子のお相手は高位魔法師マティアス卿のご息女キーラ嬢であり、ご年齢は1歳とある。月間王家新聞の絵姿は「かくも麗しきそは天翔の愛し子なり」と表現され、その月の月間王家新聞もまた、キーラ嬢の絵姿を求める人々の求めに応じて、価格を定めてから改めて販売する運びとなった。
 
 ご年齢の差も貴族の政略結婚にはよくある話で、貴族のなかにはマティアス卿のご息女が成人あそばすまではこれから男盛りを迎える第一王子も身軽なのだから、その隙に実子がお情けを頂戴できればと考える者も多くいた。誰もが第一王子イェルハルドが望んでこその婚約だとは、想像だにしなかったのである。



 困ったことになった。国中でキーラ・フィーバーが巻き起こってしまったのである。マティアス卿の屋敷は一般市民の家を少し大きくした程度のものだ。結界に守られているとはいえ、キーラがいると知って一目見たいと屋敷の周りから動かない輩まで現れるしまつである。何を勘違いしたものか自作の歌を楽器を奏でつつ歌いだす者もいる、はっきり言って迷惑千万である。キーラはまだ1歳、これから結婚するまでこれが続くのかとマティアスは眉間の皺を深めた。

 翌日早々に王の執務室へ直接転移したマティアスが、キーラの安全を考慮して婚約を即刻取り止めるよう王であるエーヴェルトに告げると、それなんだけどと提案を受けた。

「キーラちゃんの可愛さはもう世に知らしめちゃったじゃない?だから婚約を白紙に戻したとしても危険なことには変わりないでしょ」
「うむ」
「むしろ王家の後ろ盾がなくなったら危険は倍増するんじゃない」
「……たしかに」
「そこで提案なんだけど―――」





「近日中に引っ越すことになった」

 帰宅後夕食を摂りながらマティアスがサキに告げた。

「え、どこに?」

 サキは口の中の肉をごくりと飲みこんでから尋ねた。引っ越しなど急な話である、この屋敷は立地も良いし安全面でも敷地内は完璧で、様々な魔導具がそこかしこに設置されており気に入っている。最近キーラのために開発し設置したばかりの魔導具「エイガ」はどうするつもりであろうか。「エイガ」とは「カメラ」で撮った映像をそのまま壁面へと投射する魔導具である。

 動くキーラ、眠るキーラ、笑うキーラなどの上映会はキーラ本人が眠ってから行われ、観る者をひっそりと癒している。昼間はキーラが気に入った人形劇や歌劇団の子供のための歌や踊りといった映像を、キーラが何度も観なおして喜んでいる。もちろん人形劇も歌劇団の上演も、すべてがキーラのために新たに作られた内容であった。

 演劇や歌や踊りといったものは大人の嗜みとして興されるものだったが、ためしに市井の劇場で子供相手に上演してみたところ、異常な盛り上がりを見せ親に強請り何度も通う子供や、劇中の歌や踊りを真似る子供も出てきて急遽大劇場横に、子供劇場も建設を急がせ、常時上演に向けての準備を整えているところなのである。

「王城の横だ」
「……はい?」
「………城の横が空いているらしい。隣家はエーヴェルト邸になる、もう着工しているそうなので竣工次第ということになる」

 王城の建つ敷地内ならばそれは土地も広くとってあることだろう。しかし土地が余っているからここに家を建てちゃう的に建立することなど、本来は無理なはずである。マティアスとて気に入らないのであろう、眉間に深い皺が刻まれている。

「安全のことを考えると、この屋敷では今後少々不安がある。エーヴェルトに婚約破棄を相談したら逆に危ないから、引っ越しをせよと勅命で受けた」
「勅命って大げさな……」

 確かに婚約破棄をするのは王家の庇護がなくなるのだから、逆に危ないのはわかる。またマティアスの性格からいって、勅命でもない限り王家の敷地内に新居を建てそこへ住むなどとは有り得ないだろうから、既に着工させた上で命を下した王様は、なるほどマティアスのことを正確に理解している。

 ふふっ、と嬉しくなってサキはマティアスを見た。憮然とした顔で肉を口に運んでいる、今日はラミが留守だから二人だけで囲む食卓は静かなものだ。

「父さんはエーヴェルト陛下にも愛されているんですね」

 と言えば肉に添えられた野菜を口に運ぼうとしていたマティアスは、じとりとサキをねめつける。構わず肉をまた一切れ口に入れて何てことない顔をして咀嚼すれば、マティアスはひとつため息をついた。眉間の皺はいつの間にか消えている。

「ついては一度エーヴェルト邸を訪れて挨拶をし、ついでに新居の造りで希望があれば現場で言ってくるからお前も来い」
「はい、いつですか」
「明日の昼になると思う、伝魔法を飛ばす」
「わかりました」

 食後はいつものように研究室と化した執務室で、新居をどのようにするか二人で話し合い、家族で楽しむべく小さな舞台を持たせた白い壁面の小部屋を「エイガ」室とすることにした。
 まだ魔力を扱えないキーラのための結界魔導具を製作中の二人だが、ふと手を止めてマティアスがサキをじっと見る。あまりにもじっと見ているので流石にサキも何か言いにくいことでもあるのかな、と手を止めてマティアスを見る。

「僕に何か言いにくいことでも?」

 話し出さないマティアスにサキが問う。マティアスははっとしたように瞬きをして、何でもないと言おうとしてそれも止めて、首を傾げたサキを見ると片頬を上げて苦笑した。

「いや、ずいぶん大きく育ったと思ってな」
「ありがとうございます。父さんたちのおかげです?」

 言いたいことはそれではないのだろうと思いながら、サキはマティアスの続きを待つ。マティアスは造りかけの魔導具から手を離して首の後ろをカリカリと掻いた。

「お前もそろそろ成長期に入るだろう、体調で変わりはないか?」
「んー、今のところはまだ変化もないかな。僕まだ精通きてないんで」
「そうか」
「そうです、きたら報告します」
「……そうか」

 聞きたかったのはそこかな、と思ったのできちんと話しておく。人間と魔族の混血だから今後どのような変化が起こるのかは未知数だ。些細な変化を伝えていなかったがために後々対処しきれない事態が起こらないとも限らない。

「お前は……」
「はい?」
「いや、お前はどのような人生を歩むのかと思ってな」
「目立たず平凡に」

 即答すればマティアスはまた片頬で苦笑する。再び手にした魔導具の部品の魔力の通り方を確認しながら、マティアスは言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

「私は早くに両親が亡くなり、多すぎる魔力に振り回される子供時代だった。やらねば死ぬから死に物狂いで知識を詰め込み魔力を制御し、それでも余る魔力をたまに暴発させながら育った。親のことはほとんど覚えていないし、いつ暴発するか知れぬ魔力を抱えた子供に優しい言葉を掛ける大人なぞいなかった。だから正直お前が生まれた時、私は無理だと思ったんだ。親になるのは無理だと」

 言葉を返すことができなかったので、サキは無言で頷いた。サキを横目でちらりと見てからマティアスは話を続けた。

「結婚もするつもりなどなかったし、独りで生きているつもりだった。だが今は……」

 意味もなく魔導具の部品に魔力を通しては抜いていく作業を繰り返す。サキの目にはマティアスの制御された魔力が小さな部品を素早く流れては抜かれていく動きが光のように視えている。マティアスの精気も魔力も常に制御されており揺らぐことがなく、傍にいて心地良い。

「今はなぜ独りで生きているつもりであったのか、わからない。そんな感覚は忘れてしまった」
「僕は父さんが父さんで幸せです。僕をこの世に送り出してくれてありがとう」
「そうか」
「はい」

 どことなくホッとした表情でマティアスがもう寝るかと呟いた。サキがマティアスの手をとって引っ張れば、立ち上がったマティアスは一度サキの頭を撫でてからそのまま寝室へと移動した。いつものようにラミを呼び寄せて三人で川の字になる。むにゃりとサキに巻き付いてきたラミはやはりいつもの花の香りをまとっており、いつもどこで寝ているのか今度聞いてみようと思いながら、サキは眠りについたのだった。
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