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19ギルド
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王都で流行った猫耳人気もようやく落ち着いてきた。落ち着いて、というよりは定着してきたと言った方がいいだろうか。喫茶店や食事処での制服の一部として、猫耳と尻尾はすっかり市民権を得たようである。
それに合わせて今まではあまり見なかった獣人を城下街で見掛けるようになってきた。ヴァスコーネス王国の王都へは冒険者という肩書で訪れているようである。
冒険者と聞いて心躍らないはずはない、サキとて前世ではゲームを楽しんだものだ。冒険者ギルドへ行けば獣人の冒険者に会えるのでは、とそわそわしてしまう。むろんサキが冒険者ギルドの場所を知るわけがないし、一人で外出を許されるはずもないのはわかっている、そこでお願いである。
「え、城下街に?別にいいけど何しに行くんだ」
「冒険者ギルドというのに行ってみたいです」
「キーラもにぃにと、くー」
キーラは無理だ、連れて行けまい。だがサキが行けて自分が行けない理由などキーラにはわからない。連れて行ってもらえぬなら泣くまで、キーラ3歳可愛い盛りである。しとしと涙を流すキーラの零れる雫を柔らかい布巾で拭いつつ、イェルハルドがキーラをあやす。
「キーラ私がキーラの好きな弦を弾いてあげましょう、一緒に歌ってくれますか」
「おうた?フエは?」
「もちろん笛も吹いてあげましょう、一緒に歌ってくれますかキーラ」
「うん、いぇうーとうたう」
本物の王子様にご機嫌をとってもらい、キーラはにこにこである。もうすでに育ての親といっても過言ではないイェルハルドであるが、キーラにとってもイェルハルドは大好きな特別な存在だ。何しろ一緒に過ごす時間が長いのである、サキがいなくてもイェルハルドがいてくれればご機嫌なキーラである。
弦に合わせて歌い出したキーラを柔らかい目で見守るイェルハルドを拝むように手を合わせると、サキはクラースに頷いて館を出発した。
「んで、冒険者ギルドで登録でもすんの?」
「……え?僕でも登録できるんですか」
「………さぁ?」
冒険者カードの発行とか冒険者っぽくて恰好良いと話すサキに、サキの恰好良いツボがさっぱりわからないと歩きながら話す二人は、城下街で暮らす人々にとって大分見慣れた光景となった。
サキを見掛けると小さい魔法師さん、と呼ばれる程度には街の中で定着しつつある。一方クラースは女性陣から相変わらず囁くように名前を呼ばれている。どんな女性にも律儀にウィンクしたり手を振ったりとマメな男である。
サキが小さな魔法師さん、と呼ばれる訳はそのマントにある。学園に行かずマティアスと共に魔導具の研究開発に精を出していたサキであったが、この度新たな魔法研究室の一員として任命されたのである。
魔法研究室と言えば魔法大国であるヴァスコーネス王国では花形の職業と言っても過言ではない狭き道だ。幼き頃よりサキの考えてきた魔導具などの成果を認められての今回の抜擢であるが、それを知らぬ者たちはマティアスの息子だからであろうと噂した。
城内を歩けば耳に入る噂話に、サキもなるほど確かにマティアスの息子であるといちいち頷いて聞いている。マティアスの息子でなければ、このように恵まれた環境にはなかったであろう、だが一番は皆が一目置いているのが自分の父親であるという自負が大きい。だから噂を聞けば嬉しいし父親の顔に泥を塗るわけにもいかないな、とその度に身を引き締めている。
つまり噂では七光り、本当のところ実力で魔法師と任命され、サキにも白衣の白マントが貸与されたのである。
魔法研究室の正装は長い黒マントだが、研究時のマントは白衣型の短いもので部署によって色が異なる。
古代魔法や歴史系の研究室は紫、浄化や治癒といった医療系は緑、攻撃魔法系は赤、支援魔法系は青、魔方陣や魔導具開発は白と5色に分かれている。
医療系の中でも治癒は特殊魔法で数えるほどしか扱える者はいないため、王都では内科外科といった専門の医者による診療か、街で薬師の作る薬草を買っている。そんなわけで魔法師の中でも医療系は浄化や生活魔法を主に扱う部署と呼ばれており、5部署のなかでは緑マントの人気は低い。
紫マントは魔法云々の前に古代語を操る高い語学力と難解な古書を読み解く忍耐が必要なため、ある意味特殊な部署である。王弟フロイラインが席を置くのもこの部署である。
赤マントと青マントは攻撃と支援ということで、それぞれ協力し合っている。魔法一択での戦闘などはよほど魔力が多くなければ魔力枯渇の恐れがあるからできない。通常は武器と魔法を交互に、あるいは魔法を補助として使う騎士たちのための部署といってもよい。どちらが欠けても上手くは回らぬから、色は違えど互いに助け合い騎士たちとも仲良くやっているのだ。
サキの羽織る白マントは次々と新たな魔方陣や魔導具を開発し発表している、一番人気の部署である。
城下街の人々が他の研究室員を城外で見掛けることはあまりないので、白マントと言えば皆一様に通常高位魔法師マティアスを思い浮かべる。黒髪をなびかせて颯爽と歩く背の高い男は、それほど頻繁に市井に降りるわけでもないのに人々の中に強く印象づけられている。
実際に在籍している面々は魔法研究馬鹿の一般常識に欠けたおかしな連中ばかりだが、魔法構築に掛ける情熱と頭脳が一流なのは実証済みである。
そんなわけで城下街を歩くときにも白マントを羽織っていれば魔法研究室の花形魔法師とわかるため、まず絡まれることはない。よってサキが表を歩くときには白マント着用が義務づけられている。
ただサキが羽織ると魔法師の白マントもケープを着た女の子のように見えてしまうのは、白マントに喜ぶ本人には内緒の話である。
小さな魔法師さん、と露店のおかみさんに声を掛けられ挨拶をされて嬉しそうに手を振り返すサキを、城下街の人々が微笑んで見ている。小さな魔法師さんは女の子だと誰もが思っているのは、これもやはり本人には伝えにくい話である。
「冒険者ギルドには他国からやって来た獣人がいると聞きましたので」
「サキの獣人好きはブレないな」
「ありがとうございます?」
首を傾げて礼を言うサキを横目で見つつ、周囲への警戒は怠らないクラースである。もちろんそんな素振りはちらりとも見せないから、ごくのんびりと話しながら歩いているように見える。
やがて中心街から少し離れた場所に位置する石造りの大きな建物の前にやって来た。建物の前で立ち止まり三階まである大きな石壁を見上げる。
(ここが冒険者ギルドかあ)
心の中で懐かしいゲームの音楽が流れる。別に冒険者になるために訪れたわけでもないのに、心高ぶるサキである。
「で?中入ってみんのか」
「あ、はい。冒険者ギルドで販売している物なんかも見てみたいので」
「んじゃ一階の受付に声かけてから奥の棚の方」
慣れたように右側に立ちサキの右手を掬い持ったクラースが、左手でそっと背中を押して誘導してくれる。人が雑多に流れる不慣れな場所でどこへ進めばいいかわからないので、エスコート助かると思っているサキだが、突然現れた騎士然とした男と白マントの少女に冒険者ギルド内は一瞬騒めきを潜めた。
エスコートされるままに受付の列に並んだサキへと、カウンターから出てきた職員が冒険者ギルドへのご登録ですか、と尋ねてきた。
「いいえ、こちらで販売している物を見せて頂きたいのと、ギルド内を少し見学させて頂ければと思いまして」
「失礼ですが魔法研究室の方でしょうか」
「はい、そうです」
「私は職員のエフと申します。それではこちらへ、お連れ様もどうぞ」
「僕はサキです」
「クラースだ」
どうやら案内してくれるらしい、と着いて行けばギルドで販売している商品の陳列棚ではなく、裏の倉庫へと案内された。ギルドの職員は入り口付近に待機するらしい。
「ご自由にご覧ください、ご質問があれば何なりと」
見ていれば手に取ってどうぞと言われ、使い道のわからない道具を訪ねれば丁寧に教えてくれる、大変感じの良いギルド職員である。倉庫といっても一階の一部屋を在庫置き場として使っているようで、棚も綺麗に整理されており掃除も行き届いた清潔な空間である。
サキは手に取って見た道具について疑問に思った点をいくつか尋ねていく。重さ大きさ設置面、明るさ耐久性持続性、質問すべてに明確な答えが返ってくる、仕事の出来るギルド職員である。もしこれがこう改良されるとどうなるか、もしくは商品に対して改良することは可能かといった質問にも具体的に答えが返される。
冒険者ギルドとしても冒険者がより使いやすい道具になるのであれば問題はない、むしろ性能が上がって価格が下がれば喜ばしいことなのである。
「あの、欲しいものがあれば僕でも購入できますか」
「もちろんでございます、お申しつけください」
「じゃああの、これとこれと、それからこれと……」
冒険者用に集められた道具類は前世でいうところのアウトドア用品であった。テントに寝袋コッヘルに簡易キッチン、軽い素材の食器にカトラリー折り畳みのテーブルに椅子、ライトに携帯用食料や水筒、薬草まで置いてある。それらを上手いことまとめて背負い袋に詰め込むサキは、どことなく楽しそうである。
連れの男性にでも持たせるのだろうとギルド職員が思っていた大きな荷物は、支払い手続きが済めばサキが『空間』に収納してしまった。空間魔法とて魔力の量で収納率が異なり操るだけでもかなりの魔力を消費するのだが、サキはまるで手提げ袋に放り込むように空間を操った。なるほどこれが魔法研究室の人間かと無表情の下で考えを改める。
「ギルドの見学というのは、どうされますか」
「あ、冒険者の方がどのように仕事を依頼されるのか見てみたかっただけですから、受付のお邪魔にならないそちらのテーブルで座っていてもいいですか?」
「どうぞご自由になさってください」
倉庫代わりの一室から出ると職員は一礼してカウンター内へ戻ろうとした。
「案内してくださりありがとうございました、とても助かりました」
「とんでもない、またいつでもいらしてください」
出来るギルド職員は無表情に一礼をし、カウンター内へと戻って行った。
「楽しそうだな」
「はい、とっても」
依頼掲示板に貼られた依頼内容を順番に見ていく、探しもの、薬草採取、護衛と様々な依頼があり報酬もまちまちだ。一通り見ると依頼にはやはりランク付けがされており、冒険者ランクの存在が明らかになった。
(高ランク冒険者とかどんな人なのかな)
にこにこしながらテーブルにつき、冒険者ギルドに入ってくる人物を失礼にならぬ程度に見定めていく。とはいっても手元の冒険者ギルド案内に目は落としており、入ってきた時に魔力の流れを感じたら目で視るだけである。一緒にテーブルについたクラースは胸元の隠しから書き付けを出すと、細かい文字を書きこみだした。
安定した魔力を纏った人物が冒険者ギルドに入ってくる。つと顔を上げればこちらを真っ直ぐ見ている茶色い立ち耳に大きな尻尾の男性がいた。
サキが確認すれば黄色い魔力も精気も安定して身体を覆っているのが視えた。男性は受付には行かずサキたちのテーブルへと来ると大きな尻尾をゆさりと振った。
「俺は狼人族のタルブという、よければ名前を教えて欲しい」
「サキです」
「クラースだ」
サキとクラースにそれぞれ顔を移すと、狼人タルブは頷いた。魔力も精気も揺らがず安定しているので、サキはにこにこと狼人タルブを見ている。クラースも愛想よくしているが警戒を解いたわけではない。
(狼人か、ムスタ師匠とは違ってまた恰好良い獣人だなあ)
「狼人族の方とお会いするのは初めてです。お会いできて嬉しいです」
「俺も王都へ来るのは久しぶりだが、前回訪れたのはたぶんサキ殿が生まれる前のことだろう」
「王都へはお仕事ですか?」
「あぁまあそうだな、護衛依頼で来たが王都でも仕事があってな、仕事が終わるまではしばらく滞在予定だ」
サキは嬉しそうに揺れる尻尾を眺めている。眺められているのを知って狼人タルブもさらに尻尾を振ってやる。ふむ、と頷いて狼人タルブが口を開いた。
「聞きたいことがあるのだが、時にそなたらは貴族で間違いないか」
「僕貴族じゃありません」
「一応家名はある」
「ふむ、実は王都へは人探しで来ておってな、確かにいるはずなのだが見つからなんだ」
「へえ」
クラースがわずかに警戒をする、人探しで貴族か尋ねるということは探し人は貴人であろう。面倒なことにサキを巻き込むわけにはいかない。クラースはサキと居て何かあればいつでも吹けとマティアスから渡されたペンダント型の笛を服の上からそっと確かめた。
「城下街にはおらん、ということは貴族の館のどこかへ居候でもしているということだろう」
「その方の名前を伺ってもよいですか」
王都内の貴族の元へ滞在する客人は全て報告が来ている、適当な名前を言うようであればすぐさま笛を吹く準備をしてクラースが尋ねる。
「ムスタファという黒豹の獣人だ」
「……」
「………」
知っている、しかしひょいひょいと会える場所にはいないし、ムスタ本人がこの狼人タルブを知っていて会いたいと考えているかはわからない。一瞬のうちにサキとクラースは目を合わせ、決断した。
「……やはり知らぬか」
「……」
「この話は一旦俺に預からせてください」
知ってはいるが今は答えられないと暗に告げれば、ふむと狼人タルブは頷いた。
「クラースと言ったな、そなたに任せる。俺はこの先の麦穂亭という宿に滞在している、留守にもするが宿の女将に伝言を頼む」
「承知しました」
狼人の高ランク冒険者としばらく話したあと、受付の方へとぺこりと一つ礼を残してサキとクラースは出て行った。
「かわいい女の子だったっすね、ギルド長」
「女の子?あぁ、そうだね」
男の子だと思っていたけれどと思いながらギルド長エフは書類を手にし、階段に足を乗せ二階へと上がっていった。
それに合わせて今まではあまり見なかった獣人を城下街で見掛けるようになってきた。ヴァスコーネス王国の王都へは冒険者という肩書で訪れているようである。
冒険者と聞いて心躍らないはずはない、サキとて前世ではゲームを楽しんだものだ。冒険者ギルドへ行けば獣人の冒険者に会えるのでは、とそわそわしてしまう。むろんサキが冒険者ギルドの場所を知るわけがないし、一人で外出を許されるはずもないのはわかっている、そこでお願いである。
「え、城下街に?別にいいけど何しに行くんだ」
「冒険者ギルドというのに行ってみたいです」
「キーラもにぃにと、くー」
キーラは無理だ、連れて行けまい。だがサキが行けて自分が行けない理由などキーラにはわからない。連れて行ってもらえぬなら泣くまで、キーラ3歳可愛い盛りである。しとしと涙を流すキーラの零れる雫を柔らかい布巾で拭いつつ、イェルハルドがキーラをあやす。
「キーラ私がキーラの好きな弦を弾いてあげましょう、一緒に歌ってくれますか」
「おうた?フエは?」
「もちろん笛も吹いてあげましょう、一緒に歌ってくれますかキーラ」
「うん、いぇうーとうたう」
本物の王子様にご機嫌をとってもらい、キーラはにこにこである。もうすでに育ての親といっても過言ではないイェルハルドであるが、キーラにとってもイェルハルドは大好きな特別な存在だ。何しろ一緒に過ごす時間が長いのである、サキがいなくてもイェルハルドがいてくれればご機嫌なキーラである。
弦に合わせて歌い出したキーラを柔らかい目で見守るイェルハルドを拝むように手を合わせると、サキはクラースに頷いて館を出発した。
「んで、冒険者ギルドで登録でもすんの?」
「……え?僕でも登録できるんですか」
「………さぁ?」
冒険者カードの発行とか冒険者っぽくて恰好良いと話すサキに、サキの恰好良いツボがさっぱりわからないと歩きながら話す二人は、城下街で暮らす人々にとって大分見慣れた光景となった。
サキを見掛けると小さい魔法師さん、と呼ばれる程度には街の中で定着しつつある。一方クラースは女性陣から相変わらず囁くように名前を呼ばれている。どんな女性にも律儀にウィンクしたり手を振ったりとマメな男である。
サキが小さな魔法師さん、と呼ばれる訳はそのマントにある。学園に行かずマティアスと共に魔導具の研究開発に精を出していたサキであったが、この度新たな魔法研究室の一員として任命されたのである。
魔法研究室と言えば魔法大国であるヴァスコーネス王国では花形の職業と言っても過言ではない狭き道だ。幼き頃よりサキの考えてきた魔導具などの成果を認められての今回の抜擢であるが、それを知らぬ者たちはマティアスの息子だからであろうと噂した。
城内を歩けば耳に入る噂話に、サキもなるほど確かにマティアスの息子であるといちいち頷いて聞いている。マティアスの息子でなければ、このように恵まれた環境にはなかったであろう、だが一番は皆が一目置いているのが自分の父親であるという自負が大きい。だから噂を聞けば嬉しいし父親の顔に泥を塗るわけにもいかないな、とその度に身を引き締めている。
つまり噂では七光り、本当のところ実力で魔法師と任命され、サキにも白衣の白マントが貸与されたのである。
魔法研究室の正装は長い黒マントだが、研究時のマントは白衣型の短いもので部署によって色が異なる。
古代魔法や歴史系の研究室は紫、浄化や治癒といった医療系は緑、攻撃魔法系は赤、支援魔法系は青、魔方陣や魔導具開発は白と5色に分かれている。
医療系の中でも治癒は特殊魔法で数えるほどしか扱える者はいないため、王都では内科外科といった専門の医者による診療か、街で薬師の作る薬草を買っている。そんなわけで魔法師の中でも医療系は浄化や生活魔法を主に扱う部署と呼ばれており、5部署のなかでは緑マントの人気は低い。
紫マントは魔法云々の前に古代語を操る高い語学力と難解な古書を読み解く忍耐が必要なため、ある意味特殊な部署である。王弟フロイラインが席を置くのもこの部署である。
赤マントと青マントは攻撃と支援ということで、それぞれ協力し合っている。魔法一択での戦闘などはよほど魔力が多くなければ魔力枯渇の恐れがあるからできない。通常は武器と魔法を交互に、あるいは魔法を補助として使う騎士たちのための部署といってもよい。どちらが欠けても上手くは回らぬから、色は違えど互いに助け合い騎士たちとも仲良くやっているのだ。
サキの羽織る白マントは次々と新たな魔方陣や魔導具を開発し発表している、一番人気の部署である。
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実際に在籍している面々は魔法研究馬鹿の一般常識に欠けたおかしな連中ばかりだが、魔法構築に掛ける情熱と頭脳が一流なのは実証済みである。
そんなわけで城下街を歩くときにも白マントを羽織っていれば魔法研究室の花形魔法師とわかるため、まず絡まれることはない。よってサキが表を歩くときには白マント着用が義務づけられている。
ただサキが羽織ると魔法師の白マントもケープを着た女の子のように見えてしまうのは、白マントに喜ぶ本人には内緒の話である。
小さな魔法師さん、と露店のおかみさんに声を掛けられ挨拶をされて嬉しそうに手を振り返すサキを、城下街の人々が微笑んで見ている。小さな魔法師さんは女の子だと誰もが思っているのは、これもやはり本人には伝えにくい話である。
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「ありがとうございます?」
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「で?中入ってみんのか」
「あ、はい。冒険者ギルドで販売している物なんかも見てみたいので」
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慣れたように右側に立ちサキの右手を掬い持ったクラースが、左手でそっと背中を押して誘導してくれる。人が雑多に流れる不慣れな場所でどこへ進めばいいかわからないので、エスコート助かると思っているサキだが、突然現れた騎士然とした男と白マントの少女に冒険者ギルド内は一瞬騒めきを潜めた。
エスコートされるままに受付の列に並んだサキへと、カウンターから出てきた職員が冒険者ギルドへのご登録ですか、と尋ねてきた。
「いいえ、こちらで販売している物を見せて頂きたいのと、ギルド内を少し見学させて頂ければと思いまして」
「失礼ですが魔法研究室の方でしょうか」
「はい、そうです」
「私は職員のエフと申します。それではこちらへ、お連れ様もどうぞ」
「僕はサキです」
「クラースだ」
どうやら案内してくれるらしい、と着いて行けばギルドで販売している商品の陳列棚ではなく、裏の倉庫へと案内された。ギルドの職員は入り口付近に待機するらしい。
「ご自由にご覧ください、ご質問があれば何なりと」
見ていれば手に取ってどうぞと言われ、使い道のわからない道具を訪ねれば丁寧に教えてくれる、大変感じの良いギルド職員である。倉庫といっても一階の一部屋を在庫置き場として使っているようで、棚も綺麗に整理されており掃除も行き届いた清潔な空間である。
サキは手に取って見た道具について疑問に思った点をいくつか尋ねていく。重さ大きさ設置面、明るさ耐久性持続性、質問すべてに明確な答えが返ってくる、仕事の出来るギルド職員である。もしこれがこう改良されるとどうなるか、もしくは商品に対して改良することは可能かといった質問にも具体的に答えが返される。
冒険者ギルドとしても冒険者がより使いやすい道具になるのであれば問題はない、むしろ性能が上がって価格が下がれば喜ばしいことなのである。
「あの、欲しいものがあれば僕でも購入できますか」
「もちろんでございます、お申しつけください」
「じゃああの、これとこれと、それからこれと……」
冒険者用に集められた道具類は前世でいうところのアウトドア用品であった。テントに寝袋コッヘルに簡易キッチン、軽い素材の食器にカトラリー折り畳みのテーブルに椅子、ライトに携帯用食料や水筒、薬草まで置いてある。それらを上手いことまとめて背負い袋に詰め込むサキは、どことなく楽しそうである。
連れの男性にでも持たせるのだろうとギルド職員が思っていた大きな荷物は、支払い手続きが済めばサキが『空間』に収納してしまった。空間魔法とて魔力の量で収納率が異なり操るだけでもかなりの魔力を消費するのだが、サキはまるで手提げ袋に放り込むように空間を操った。なるほどこれが魔法研究室の人間かと無表情の下で考えを改める。
「ギルドの見学というのは、どうされますか」
「あ、冒険者の方がどのように仕事を依頼されるのか見てみたかっただけですから、受付のお邪魔にならないそちらのテーブルで座っていてもいいですか?」
「どうぞご自由になさってください」
倉庫代わりの一室から出ると職員は一礼してカウンター内へ戻ろうとした。
「案内してくださりありがとうございました、とても助かりました」
「とんでもない、またいつでもいらしてください」
出来るギルド職員は無表情に一礼をし、カウンター内へと戻って行った。
「楽しそうだな」
「はい、とっても」
依頼掲示板に貼られた依頼内容を順番に見ていく、探しもの、薬草採取、護衛と様々な依頼があり報酬もまちまちだ。一通り見ると依頼にはやはりランク付けがされており、冒険者ランクの存在が明らかになった。
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「サキです」
「クラースだ」
サキとクラースにそれぞれ顔を移すと、狼人タルブは頷いた。魔力も精気も揺らがず安定しているので、サキはにこにこと狼人タルブを見ている。クラースも愛想よくしているが警戒を解いたわけではない。
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「狼人族の方とお会いするのは初めてです。お会いできて嬉しいです」
「俺も王都へ来るのは久しぶりだが、前回訪れたのはたぶんサキ殿が生まれる前のことだろう」
「王都へはお仕事ですか?」
「あぁまあそうだな、護衛依頼で来たが王都でも仕事があってな、仕事が終わるまではしばらく滞在予定だ」
サキは嬉しそうに揺れる尻尾を眺めている。眺められているのを知って狼人タルブもさらに尻尾を振ってやる。ふむ、と頷いて狼人タルブが口を開いた。
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「僕貴族じゃありません」
「一応家名はある」
「ふむ、実は王都へは人探しで来ておってな、確かにいるはずなのだが見つからなんだ」
「へえ」
クラースがわずかに警戒をする、人探しで貴族か尋ねるということは探し人は貴人であろう。面倒なことにサキを巻き込むわけにはいかない。クラースはサキと居て何かあればいつでも吹けとマティアスから渡されたペンダント型の笛を服の上からそっと確かめた。
「城下街にはおらん、ということは貴族の館のどこかへ居候でもしているということだろう」
「その方の名前を伺ってもよいですか」
王都内の貴族の元へ滞在する客人は全て報告が来ている、適当な名前を言うようであればすぐさま笛を吹く準備をしてクラースが尋ねる。
「ムスタファという黒豹の獣人だ」
「……」
「………」
知っている、しかしひょいひょいと会える場所にはいないし、ムスタ本人がこの狼人タルブを知っていて会いたいと考えているかはわからない。一瞬のうちにサキとクラースは目を合わせ、決断した。
「……やはり知らぬか」
「……」
「この話は一旦俺に預からせてください」
知ってはいるが今は答えられないと暗に告げれば、ふむと狼人タルブは頷いた。
「クラースと言ったな、そなたに任せる。俺はこの先の麦穂亭という宿に滞在している、留守にもするが宿の女将に伝言を頼む」
「承知しました」
狼人の高ランク冒険者としばらく話したあと、受付の方へとぺこりと一つ礼を残してサキとクラースは出て行った。
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転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった
angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。
『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。
生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。
「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め
現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。
完結しました。
無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました
芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)
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