嘘はいっていない

コーヤダーイ

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18パーティ

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 パーティ当日。エーヴェルト邸のお隣へと無事に引っ越しも済み、サキはマティアスと徒歩でエーヴェルト邸へと向かった。サキの着替えやら支度を、エーヴェルト邸で仕上げてくれるというのでお願いしてある。

 今日のマティアスは高位魔法師の正装で、全身黒いスーツに黒い長マントという恰好である。真ん中分けの長い黒髪、黒い瞳に高身長、目つきの悪いどこぞの魔王様という出で立ちは、知らない人が見たらたぶん逃げる。この隣にいれば絶対安全だとサキはぐっと拳を握りしめた。

 エーヴェルト邸に着くと、パーティの支度で大わらわなのか侍女たちが沢山動き回っていた。誰一人走っていないのは流石である。魔王様、もといマティアスは談話室に案内されていき、サキは客室の一つへと案内された。客室内には木で子供の体形を模した型に、白く輝く子供服が着せられ鎮座していた。

 確かにサキはイェルハルドの服を借りると言った、お任せするとも言った、そして衣装の確認を面倒だという理由で怠った。すべては自分の責任である。子供服は複雑な形をした目が痛くなるような白一色で、驚くほど多くの白い魔石だけが縫い付けられており実際に輝いていた。

(イェルハルドこれを着たことあるんだ……いや絶対似合いそうだけど)

 すでに気が遠くなるのを感じつつ、サキは半目で侍女たちの言うなりに服を脱ぎ足を上げ腕を上げた。白いニーハイソックスを履いた足に何かが触れて見てみれば、獣人の黒毛の尻尾が白い半ズボンにわざわざ開けられた穴から出ていた。尻尾にまで黒い魔石が丁寧に縫い込まれており、虹蜘蛛の糸でも使ったのかまるで意思を持っているかのように、たまに揺れる。

 頭につけるカチューシャは見たこともないほど華奢な造りで、嵌めれば耳を包むようにぴたりと納まり頭の上の黒毛の獣耳にも尻尾と同じ細工が施してあるのだろう、ごくたまにピクリと向きを変える芸の細かさである。

(この細かすぎる魔法構築の仕方、父さんの造った魔導具だ)

 つまりクラースが細工を頼んだのはマティアスで、二人してサキの仮装にノリノリだった訳である。侍女たちにご準備整いました、ご覧くださいませと鏡の前に連れてこられたサキは、鏡の中からこちらを見つめる獣人の子供に驚いた。

(あれ、これ僕か、びっくりした)

 普段は気にしていない自分の容姿だが、手を掛けられ豪華な白い衣装に身を包んだサキは絶世の獣人美少女にしか見えなかった。
 黒い真っ直ぐの髪は眉毛と肩とでパツンと切り揃えているので、余計性別不明に見えるのかもしれない。半ズボンを履いたのに上着の腰周りがふわりとしているから、一見ワンピースのようにも見える。白いニーハイソックスに白い靴で、金と青白い石のピアスだけが隠された耳に残されキラリと揺れている。  

 サキはどこか満足気な侍女たちにお礼を伝えて、談話室へと向かった。もういい、自分のことは気にすまい。今日はイェルハルドだけが目立たなければ御の字なのである。談話室に入ったサキを見た面々は、一瞬息をのんだ。マティアスとイェルハルドは素早く「カメラ」を呼び寄せて、サキの奇跡を映し撮り始めた。

「おう、サキはいのう」

 後ろから談話室にやって来たムスタの声に振り返ったサキは、ふあっと叫んだ。

「ムスタ師匠っ、すごく恰好良いですっ」

 褐色の肉食獣ムスタは、その魅力を余すことなく発揮する衣装に身を包んでいた。基本的にはいつもの衣装と同じ形である。白いゆったりとしたパンツは艶のある絹で腰帯は黄金、足首を絞るのは紐ではなく黄金のリングであった。足には黄金のサンダルを履いている。

 いつもは上半身裸だが今日は素肌に黄金のみを編み込んだベストを羽織っている。尻尾は仕舞わずパンツの外で機嫌が良さそうに揺れていた。獣耳には黄金のリングがいくつも重なり、首にも腕にもいくつもの黄金が光を放っている。普段洗いざらしの髪は額を出す形に整えられ、金色の瞳が黄金にも負けぬ光を放つ。
 
 その気高き姿は猫の獣人なぞではなかった、褐色の肌をしたムスタは黒豹の獣人だったのである。

(うわあ、恰好良いすごく恰好良い、来て良かった)

 もうこの姿を拝めただけで、今日の目的は果たした気になったサキである。

 「カメラ」を手放さずサキを撮り続けていたイェルハルドだが、王室「カメラ」現像室の係に今日は私の仕事ですのでと早々に「カメラ」を取り上げられた。
  王家の面々やムスタを映し始めた「カメラ」係の人物にサキはそっと近づき、あとでムスタ師匠の絵姿を一枚くださいとお願いした。一番良く映ったものをご用意しましょうと答えてくれたのでありがとうございますと微笑めば、その顔を「カメラ」に納められてしまった。

 今日のイェルハルドは金髪をくくらず下ろし、濃い色合いの青い詰襟型スーツを纏っている。所々に金の刺繍があしらわれ華美すぎず、しかしその抑えた品の良さがかえってイェルハルドの美貌を引き立たせてしまっている。相変わらずの人目を惹く美しさに、サキは魔導具役に立っていないなと苦笑した。
 
 こうなったらムスタとマティアスとサキの三人でイェルハルドの周りを固めて、恐ろしい肉食貴族のご令嬢から王子様を守ってやらねばなるまい。決意を新たに拳を握りしめるサキであった。



 王城のパーティ会場となるフロアーの入り口で一度待たされ、音楽と口上を聞いてから案内されて入場となる。身分の高い者ほど後の入場となるのは知っていたが、まさか自分がムスタやマティアスと一緒に、イェルハルドの直前の入場になるとは思いもよらなかった。固まって行動するためには仕方がないのかもしれないと納得して、人前に立つ緊張を解そうと肩を回してみた。

「どうした緊張しているようだの」

 隣に立っているムスタがサキの顔を覗きこむようにして尋ねた。

「こういう人の多い公の場は初めてなもので」
「なるほどの、ではこうしてやろう」

 ムスタは素早くサキの脇に手を入れて持ち上げ高い高いをした後、サキの両頬にチュッチュと軽い口づけをしてから互いの鼻を擦り合わせるとそっと床へと降ろした。ほわぁっと赤くなったサキを見て満足気ににやりとするムスタと、そんな二人を後ろから無言で見つめるマティアスである。

「ほれ、わしらの番じゃ、行くぞ」

 ムスタに手を引かれて促され緊張も忘れたサキはぼおっと音楽に導かれ歩き出したので、星森のアルナジュムガーバ宗主ムスタファ=バサ=ハウン様という口上は耳に入らならかった。ヴァスコーネス王国で自由に暮らす星森の王と手を繋いで歩く息子の姿を前に見ながら、気を引き締めて今夜を乗り切ろうとマティアスは顎を引いた。

 

「見たか」
「えぇ見ました」
「はっきりと」
  
 イェルハルドが入場した後、最後に残った王家の人々エーヴェルトと王妃とフロウラインである。先ほど確かにムスタがサキに鼻を擦り合わせたのを見た気がした。その行為は獣人の最上級の挨拶であるから、通常は求愛するときに行う動作である。
 サキは獣人の約束事などは知らないだろうが、マティアスがわからぬはずはない。そのマティアスが止めなかったのだから外野が物を言う道理はない。

「求愛……ではないよな」
「親愛……ではないでしょうか」
「ムスタ殿は王よりだいぶお年が上だったかと」

 三人はすぐに口をつぐみ、結局何も見なかったことにしたのであった。
 


 音楽と口上の先触れ流れる中、煌びやかに入場したのが獣人の王である。
 社交界になぞまず出ては来ない星森の獣人王の登場に会場はざわめき、淑女の鏡とされる貴婦人方は我を忘れついぞ立てることのない黄色い声を上げた。

 ついで会場の目は獣人王が同伴した人形のように愛らしい獣人の子供に注目し、何とか近くで愛でたいものと近寄る貴族たちを氷よりも冷え冷えとした視線で迎えるのは、子供の後ろに控えた黒衣の魔王様改め高位魔法師マティアスであった。

 その脇でひっそりと黄金の椅子に家族と並んで腰掛けるイェルハルドは変わらず微笑み、挨拶にやってくる貴族たちにゆったりと挨拶を返す。イェルハルドは公の場に出るようになって初めて腰掛けてくつろぎ、飲み物まで飲むことができるほどゆっくり会を楽しむことができたのだった。

 常であればイェルハルドに群がる貴族のご令嬢を捌くのに手を焼くクラースであったが、今日はムスタとサキのおかげで助かっている。時々秋波を寄せる貴婦人たちにウインクを返しながら、クラースもまたのんびりと会を楽しんだ。

 結果として言えばイェルハルドの成人のパーティは大盛況のまま無事に終幕した。サキのことは登場時の口上など騒めきでかき消されたため名前もわからず、獣人王の同伴者で獣人の少女であるという記憶だけが人々に残された。

 その後パーティがあるたびに獣人王と獣人の少女は出席がないか貴族の間で長いこと話題に上ったが、二人が姿を揃えて会場に姿を見せることは二度とはなかった。





「疲れたか」

 ようやくパーティを終えて自宅へと戻り、ふぅとため息をついたサキの頬をマティアスが撫でた。甘えるようにその手の平に頬を寄せて、サキは微笑んでみせた。触れたところが心地良く少しだけ楽になる。

「疲れたけど、ピアスのおかげで大丈夫」
「そうか」

 この衣装は皺になる前に脱いじゃおう、と言って複雑な衣装に手間取るサキを手伝って脱がせてやりながら、マティアスは今夜は一緒に寝るかと尋ねた。
 うん、と嬉しそうに答えるサキを見てマティアスは眉間に皺を寄せた。どうしたのと聞かれて何でもないと首を振れば、今日は早く寝てしまおうと手を引かれて階段を上る。

 マティアスの脳裏に浮かんでいたのは今日の入場前の一幕である。獣人王ムスタは皆の前でサキに愛情を示した、それは子供可愛さかそれとも花開く蕾を待つ愛か。
 ずいぶん若く見えるがムスタはエーヴェルトより年上である。若い頃に星森で伴侶と子供を失くして以来ずっと独り身を貫き、星森を次代へ預けヴァスコーネス王国で誰も供に付けず一人きり暮らしている。
 
 獣人王の人となりをよく知るマティアスは、ムスタならばサキのことを誰よりも安心して任せられるとわかっている。だが親としての心がムスタとサキの年齢差に待ったをかけているのである。

 ベッドにラミを呼び寄せれば相変わらずへにゃりと寝たまま笑っている。いそいそと横になって目をつぶるサキの額にキスを落とし、ラミの頬にキスをしておやすみと呟く。

 悩んだところで結局はすべてサキが自分で決めることだ。サキの成長が嬉しいような、まだこのまま自分の腕の中に小さくあって留めておきたいような複雑な心境である。親になるとは何と大変なことかと大きく息を吐き、だがそれが全く面倒とは思わないことには気づかずにマティアスは目を閉じた。





 暗闇の中金色の瞳を光らせてムスタファはまだ起きていた、明かりの灯らぬ館は人間には暗闇でも獣人には見えるので一人でいるのならば問題はない。今日は請われて久々にパーティに参加し存分に楽しんだ。獣耳と尻尾を付けて緊張に固まったサキは思っていた以上に可愛らしく、思わず鼻を擦り合わせてしまった。
 
 サキのような子供を抱きたいと思ってした行為ではないし、今とて幼い身体をどうこうするつもりは全くない。しかし久方ぶりに張り詰めて宥められぬ腰の付け根の昂ぶりに、ムスタファはどうしたものかと前髪をくしゃりとかきまぜた。

 しばし考えて寝室の机の引き出しから小さな鈴を取り出す。鈴を幾度かリズムを持って振ると引き出しに戻し下衣を脱ぎベッドに腰掛けて待つ、やがて獣耳のついた影がベッドの脇にそっと現れた。鈴は獣人の耳にだけ聞こえる特殊なもので、聞こえた音は閨を申し付ける合図であった。

 獣耳の影はひと言も話さずそっとベッドに上がりムスタファの胸をそっと押した。押されるままにベッドに仰向けになったムスタファの身体を影は唇で手でなぞり、しかし接吻だけはせずに愛撫した。張り詰めた腰の付け根の昂ぶりを咥えると、それはよいから早くせよと声を掛けられた。
 
 影はするりと衣服を剥ぎムスタファの腰を跨ぐと、自らの尻を掴んで開きムスタファの雄を穴にあてがい自重を掛けて飲みこんでいった。最奥まで到達すると擦れた快感で影も勃った。膝を起こし上下に動いてムスタファに奉仕をする、ムスタファの閨では決して声を上げてはいけない。

 目を閉じて快楽を享受するムスタファの脳裏に、かつての伴侶が蘇った。あれは親に決められた黄色い髪と獣耳の女だった、冷たい顔をして笑うことなどなく閨でさえ声を上げなかった。黄色い髪と獣耳の子供を義務として産むと、閨にはもう呼ぶなと言われた。
 伴侶として過ごすことすらなくなったある日、星森が襲撃され多くが死んだ。手引きした者の一人が黄色い髪と獣耳の女であった、女と一緒に子供も死んだが里の再生が先と哀しむ暇はなかった、たぶん愛などなかったのだろう。

 星森のすべてを血を分かつ次代へと預けたときに、ムスタファ自身は引退をしたはずであった。王としての資質がそれを許さぬと占星が告げたため、逃げるように旧知の友を頼って遠いヴァスコーネス王国へとやって来て今に至る。星森の次代はいまだに自らが王とはならず、宗主はムスタファであると頑固に言い続けているので、ムスタファは故郷には戻らない。



 影に己を包まれながら、幻影が浮かぶ。

 裸の背中を流れる長い黒髪に白い肌、つと振り向いた瞳も黒い。
 指が掛かるような場所もないするりとした若い男の身体だが、美しかった。
 背を向けて座る彼は、肌を晒しこちらに顔を向けた若者を膝に乗せ抱いている。
 若者が大きく喉を反らし彼はその喉に唇を寄せる。
 彼の両肩を掴む若者手に力が入り長いこと痙攣した。
 やがてぐたりと彼の肩に力なく顎を乗せたのが見える。
 彼は若者の頭を撫でている。

 自身も同時に吐精したムスタファは今みた幻影の主が誰か気づいた。ムスタファの見る幻影は未来である。おそらくこの力があるから占星が次代の王を認めないのであろう。
 
 面白いことになりそうだとムスタファは暗闇でくつくつと笑った。影はすでに下がっている。見届けるまでは離れられんの、とムスタファは今視たことを脳裏に浮かべ、もう一度はじめから反芻した。
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