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ついに皇国へ
76. よく晴れた景色の意味
しおりを挟む絶対に恥をかかせはしませんから、ご安心ください! と確約したことで安心してくれたのか、アロイスは気を取り直した様子で話を続けた。
「お次はあちらだ。見てみろ」
先ほどは国境の壁を示していた指を、彼は正反対の方角へ向けた。
隊商がずっと進んできた古い石畳の道、丈の短い草の生えた大地、さらに向こうには険しい岩山がぼんやりと見える。
変わったものがないかと目をこらしてみたものの、特にない。
首を傾げつつアロイスを見上げたら、こちらを見下ろす紫の瞳と目が合った。
「何が見える?」
「おかしなものがあるようには見えませんけれど……古くてまばらな石畳の道、生えて間もない草の平原、わたくし達が通って来た道のある岩山、ですわね。ほかに何かありますの?」
「向こうまで、よく見えるだろう?」
「ええ、それはもちろん――」
ハッと息を呑んだ。
そうだ。ずっと遠くまで晴れた視界。
だけどここには以前、真っ黒なもやが大地から天を覆うほどに溢れていたのではなかったか。
私は国境を振り向いた。
「アロイス様……あちらには、見張りの方などがいらっしゃいますの?」
「常駐している。確実に騒ぎになっているだろうな」
断言され、自分の頭を軽く殴りたくなった。
簡単に想像がつくことなのに、どうしてそこに頭が行かなかったのか。
……いや、必ずしも自分のうっかりとは言い切れない。
多分、実際に目にしたことがなかったからだ。
ここに何があったのかは説明されていたけれど、こんなに素敵な風景ばかりずっと続いていたものだから、実感が湧かずに失念してしまったのだろう。
「推測だが、今は調査隊を出すかどうか中央に問い合わせ、様子見をしている段階だろうと思うぞ。独断で調べようとするには、あまりに危険だからな。……本来なら」
ある日急に、向こうの山が見えるほどに視界が晴れた。
恐怖を掻き立てるものが消え失せて喜ばしいことには違いないけれど、その直後に「じゃあ調べに行ってみよう」とはならない。
消えたのはほんの一時的なことかもしれないのだから、慎重になるのは当たり前だった。
そしてそんな大地を、のんびり歩いて来る隊商の姿。
おまえ達は何者だ、この事態がどういうことなのか心当たりはあるか――そんな風に問い詰められるのは必至だった。
そこで私、登場。
ウェルディエ皇国に移住して自活したいのだから、あの国境で隠れることなんてしない。
白髪に白い肌の、明らかにロラン王国の聖女である。
あら、私、やばい?
大ごとになる?
ただ瘴気の中を進んでくるだけなら、同行者が普通の神官でも何とかなったろう。
でも、私が「こんな国出てやるぁ!」と決意して飛び出てきたタイミングで、これだ。
まるで聖女のために消えてくれたようではないか?
いやそんな、まさか……。
ペラペラ王子が追って来た時、前触れもなく噴き出てきたと聞いたし、それで瘴気の『流れ』があちらに移りこちらの瘴気が薄まった……ということもあるのだろうか?
――ですけれど、アロイス様が目になさったものは、こちらのそれと比較すればささやかなものだったようですし。量が違い過ぎて、その考えはあまり現実的ではありませんわね。
何にせよ、こちらが「ただの偶然なんです! たまたまなんです!」と叫んで、あちらが信じてくれるかどうか。
もしやこれは、逆の意味で聖女廃業の危機ではないか?
アロイスが話を今日にした理由がわかった気がする。確かに、実際に目にしたら説明が早い。
国境がどれほど近く、そして私達の通って来た道が、どれほど安穏として見晴らしがよくなっているのか。
「アロイス様。お願いがありますの」
「なんだ?」
「これですとわたくし、引退の危機ですわよね? 逆の意味で……」
「そうだな。逆の意味で」
辞めたいです。
私、辞めるんです。
そう訴えても簡単に辞めさせてもらえない、それもまたブラックの特徴……!
「どうかお願いですの。寄ってたかってわたくしを神格化し、引退を阻止しようとされる方々には、わたくしを引き渡さないでくださいまし……!」
騙す気はない、利用する気もない、悪いようにはしない。
彼がどうしてそんなことを言ったのかもわかった。この流れだと、私はどうあっても必要以上に注目されてしまい、どこかに囲い込まれそうな未来しか見えないのだ。
「その手の奴らには渡さんさ。約束する」
アロイスは軽く頭を撫でてくれた。
彼は絶対にやりたくないことや、どうしても無理なことで安請け合いはしない。
それを聞けて、その場でしゃがみ込みそうなほどの安堵と歓びが胸に満ちた。
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